タレスはフランス、オランダ、イギリスなど複数の国に拠点を構える多国籍企業だが、艦載レーダーを手掛けているのは、主としてオランダのタレス・ネーデルランドである。
実は日本にも馴染みがある会社
筆者ぐらいの年代だと、むしろ旧社名の「シグナール」のほうがピンとくるかも知れない。
海上自衛隊の「しらね」型護衛艦が同社の射撃管制レーダーを載せていた時期があったし、「ひゅうが」型ヘリコプター護衛艦や「あきづき」型護衛艦などが使用しているミサイル誘導レーダーも、この会社との関わりがある。実は意外と、日本とも縁がある会社なのだ。
そのタレスの艦載レーダーというと、ベストセラーは対空三次元レーダーのSMART-SとSMART-S Mk.2。ミリタリー・バンドでいうE/Fバンド(IEEEバンドだとSバンド。2-4GHzの範囲)を使用する製品で、回転式アンテナを使用する。ただし上下方向は電子的にビームの向きを変える仕組みで、それによって探知目標の高度を測定する。
探知可能距離はアンテナ回転数によって変わり、27rpmで150km、13.5rpmで250km。ゆっくり回す方が探知距離が長い。仰角は70度までカバーできる。
SMART-SとSMART-S Mk.2はベストセラーだが、いつまでもそれに安住しているわけにもいかない。ということで、新型のE/Fバンド・レーダーも繰り出してきている。それがNS100とNS200。
NS100も、E/Fバンドを使用するAESA(Active Electronically Scanned Array)レーダーだが、いずれもアンテナは回転式。外見はよく似ているが、よく見るとNS200のほうがアンテナが大きい。縦方向に拡大しているようだ。
当然、その違いは探知能力の差に現れる。NS100は最大探知距離280kmだが、NS200は400kmある。AESAレーダーを構成する送受信モジュールの数が多く、その分だけ性能が上がるということだろう。対水上レーダーとしても使用できるが、そちらの探知距離は両方とも80kmで変わらない。どのみち水平線以遠は見えないのだから、これで用が足りる。
「じゃあ、性能がいいNS200だけあればいいのでは」と思いそうになるが、NS100は1,300kg未満、NS200は1,550kgと、甲板上に据え付ける機器の重量に違いがある。小型艦では少しでも小さくて軽いレーダーの方がありがたいので(そうしないと、重心が上がって転覆しやすくなる)、小型のレーダーもラインナップしておく方が、営業上は好都合。
明言はしていないが、使用する送受信モジュールやソフトウェアの共通化は図っているものと思われる。コストとリスクを抑えながら製品ラインナップを拡大して多様なニーズに対応できれば、その方が商売になる。
ちなみに、送受信モジュールはどちらも窒化ガリウム(GaN)を使用しており、アンテナの回転数は30rpmで変わらない。機材が水冷式になっているところは艦載レーダーらしい。
4Dレーダー
このNS100やNS200で面白いのは、「4Dレーダー」といっているところ。4Dといっても、Macintosh用のデータベース「4th Dimention」とは関係ない。
普通、三次元レーダーというと「距離、方位、高度がわかる」という意味である。タレスがいう4Dレーダーではさらに「角速度」という要素が加わる。それが個艦防御に重要なのだという説明だ。
ちょっと考えてみれば、それは容易に理解できる。飛来する対艦ミサイルをレーダーが捕捉・追尾しているとき、自艦に向かってくるミサイルは角速度が少なくなる。他の艦など、明後日の方に向かっているミサイルは角速度が大きくなる。
その差を知ることは、脅威評価、つまり「自艦に向かってくるヤバいミサイルの識別」でモノをいう。極端なことをいえば、個艦防空では自艦に向かってくるミサイルだけが問題で、他の艦に向かうミサイルは「そっちでなんとかしてくれ」である。
角速度を割り出すには、「目標を一回探知して終わり」ではなく、連続的に捕捉・追尾しなければならない。そのデータを積み重ねて幾何学的な計算処理を行うことで、角速度を割り出すことができる。これはデータ処理を受け持つソフトウェアの領域である。
固定式レーダーと統合マスト
SMART-Sシリーズも、あるいはNS100もNS200も回転式アンテナを使用するレーダーだが、四面固定式のフェーズド・アレイ・レーダーもラインナップしている。それが「シーマスター400」。
これもまたE/Fバンド(Sバンド)を使用するレーダー。コロコロ変えずに、特定の周波数帯を使用するレーダーを継続的に開発・改良しているところは、以前に取り上げたロッキード・マーティンと同じである。
探知距離は対水上で70km、対空で250kmだから、NS200とおおむね同等。ただしこちらは四面固定アンテナで回転式ではないから、全周を同時に見るという点では優位にある。
実装に際しては、I/Jバンド(Xバンド)を使用する対水上レーダー「シーウォッチャー100」や各種通信用の平面アンテナ群とともに、塔型の統合マスト「i-MAST 400」に組み込む。これはフットプリント8m×8m、高さ13.6mの四角錐で、その表面に、上から順に「シーウォッチャー100」「通信アンテナ群」「シーマスター400」の平面アンテナを並べる。その塔型構造物の中がレーダー機器室になっている。
ただ、サイズもさることながら、一式が56tもあるので、それなりに大きな艦でなければ搭載できない。もちろん、アンテナが4面もあるのだから、1面しかないレーダーと比べれば値段も上がる。その代わり、各種レーダーと機器一式を塔型構造物の中にひとまとめにしてしまえば、フネに搭載する際の艤装は楽になると思われる。
同じ基盤技術を活用して、コストとリスクを抑えながら製品ラインナップを広げることで商機を増やさなければ、事業として成立しない。昔から輸出でメシを食っているヨーロッパのメーカーは、自国の需要だけ考えていれば済む国のメーカーと比べると、そこのところの考え方がシビアだ。
いくら「うちの製品は優秀です」といったところで、相手が求める仕様のものを用意できなければ商売できない。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。