前回は、GPS(Global Positioning System)をはじめとする各種GNSS(Global Navigation Satellite System)への妨害、贋シグナルの送信といった行為に対処するための、GNSS側での対策を取り上げた。今回は違う発想からのアプローチで、「GNSSに頼らないPNT(Position, Navigation and Timing)手段は実現できないか」という話。
GNSSに頼らないPNT手段の開発
近年、GPSが使えない環境下で代替PNT手段として使用できる技術の研究開発案件が、いろいろと登場している。この手の代替PNT手段を、APNT(Assured Position, Navigation, and Timing)と呼ぶことがある。
旗を振っているのは、米海空軍あるいは米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)。なにやら、いろいろな組織が出てきて、見込みがありそうな話を手当たり次第に試してみている感がある。もっとも、いったん危機感を抱いた時にものすごいパワーを出すのは、アメリカの組織ではよくある話である。
そんな、APNT関連プログラムをいくつか、簡単ながら紹介する。
ASAF(All Source Adaptive Fusion)は米海空軍のプログラムで、担当メーカーはノースロップ・グラマン社。レーダー、電子光学/赤外線(EO/IR : Electro-Optical/Infrared)センサー、レーザー・レーダー(LIDAR : Laser Imaging Detection and Ranging)、天体の位置・角度測定、磁場計測、気圧など、多様なソースからデータを集めて測位を実現するソフトウェアを開発する案件。つまり、既存の情報源をうまいこと使えないか、という発想。
Micro-PNT(Micro-Technology for Positioning, Navigation and Timing)はDARPAの案件で、担当メーカーはこれまたノースロップ・グラマン社。こちらは高精度で小さくて電力消費が小さい、超小型慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)を実現するのが目的。
そこで、MEMS(Micro Electro-Mechanical System)技術を活用して、ペニー貨幣(1セント硬貨)ぐらいのサイズにジャイロスコープと加速度計を3個ずつ、それと高精度のマスター・クロックを搭載するのだという。
INS自体は古くからある手法。X軸、Y軸、Z軸のそれぞれについて、ジャイロスコープを利用して正しい向きに保持した加速度計を用意して、得られた加速度のデータを時間で2度積分する。それによって得られた3方向のベクトルを合成すれば、起点からどちらにどれだけ移動したかがわかる。
ただ、高精度のジャイロ機構と加速度計を必要とするため、それをコンパクトにまとめつつ高精度にしようというところが、Micro-PNT計画のキモ。INSは外部からの情報に頼らずに済むので、妨害のしようがないという利点がある。
A-PNT(Assured Positioning Navigation and Timing)計画は米海軍が担当で、こちらもINSを利用しようとしている。担当メーカーは、またもやノースロップ・グラマン社。このプログラムのうち、新型のINS用センサー・モジュール(ISM : Inertial Sensor Module)を開発する計画を特に、INS-R(Inertial Navigation System Replacement)と呼んでいる。
ノースロップ・グラマン社、日本では「グラマン社」と勝手に略されることがある。そのグラマン社、あるいはノースロップ社に対するかつてのイメージもあってか、航空機メーカーだと思われているかもしれない。
しかしそれは大間違いで、電子機器部門が事業の大きな比重を占めている。その1つが航法関連機材で、APNT分野でいろいろな案件を手掛けている背景にも、そうした実績の積み上げがある。舶用航法機材で知られているスペリー・マリン社も、実はノースロップ・グラマンの傘下にある企業の1つなのだ。
無線で基準信号を出す方式
風変わりなのは、超長波(VLF : Very Low Frequency)で基準信号を送信して、高精度の原子時計などと組み合わせて測位に活用しようというSTOIC(Spatial, Temporal and Orientation Information in Contested Environments)計画。
実は、GPSをはじめとするGNSSの泣き所として、地下や屋内、あるいは海中で使えないという点がある。衛星からの電波を受けられないのだから当然だ。
しかし、VLFは海中にもいくらか透過できるので、これがモノになれば、潜水艦やUUV(Unmanned Underwater Vehicle)の測位に利用できるかもしれない。外部からの情報を必要としないINSにも、同じことがいえる。だからこそ、潜水艦は早い時期からINSを搭載していた。
筆者の記憶では、アメリカ海軍が建造した世界初の原潜「ノーティラス」(SSN-571)が北極海潜航横断を企てた時に、新造時には搭載していなかったINSを後付けで搭載して行った。
北極は海面が氷で覆われているから、LORAN(Long Range Navigation)のような無線航法援助システムを利用しようとしても、受信用のアンテナ・マストを海面上に突き出せるかどうかわからない。そもそも、浮上してマストを突き出した時点で「潜航したままでの横断航海」ではなくなってしまう。INSは必須だったのだ。
おっと、VLFの話から脱線してしまった。潜航中の潜水艦に陸上から無線で一方通行の通信を送る際にも、VLFを利用している。STOIC計画の発想のベースには、そんな事情があったのかもしれない。
最後に補遺
前回、GPS受信機側の改良による妨害への対処を取り上げた。たまたま、GPS妨害対策とAPNTについて、International Defence Review誌の2019年4月号に面白い話が載っていたので、それに基づいて少し補遺を。それがCRPA(Controlled Radiation Pattern Antennas)。
普通、本来のGPS衛星からのシグナルよりも強力なシグナルが妨害装置から発せられていれば、そちらを受信して真に受けてしまう。ところがCRPAの発想は異なり、本来のGPS衛星からのシグナルよりも強力な発信源を探知すると、それを妨害波と判断した上でアンテナ利得を調整する。それにより、妨害波を受けにくくしようという考え方。
それを実現するために、複数のアンテナを組み合わせたアレイ型アンテナを使用しているという。なんだか「逆転の発想」で面白いと思ったのだが、いかがだろうか。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。