今回は「IT」の話からは少し離れて、情報の保全に関わる、より一般的な話を書いてみようと思う。情報の世界では基本的に、根気は必須なのである。

行動予定は非公開

例えば、海上自衛隊の人に、艦艇の行動予定について聞いても教えてはもらえない。特にそれがシビアなのは潜水艦である。これは日本に限ったことではなくて、他国の海軍にしても事情は同じ。否、海軍以外の軍種についても同様である。

軍事組織が持つ「秘密」というと、真っ先に武器の性能データや構造みたいな話を連想するし、それはあながち間違いではない。しかし実際には、日々の行動に関する情報も秘匿度が高い部類に属している。むしろ、そちらのほうが重要といってよいぐらいだ。

特に戦時の場合、不意打ちを仕掛けるには、行動予定の秘匿が大前提になる。いつ、誰がどこにいるのかが事前にわかっていたのでは、敵が回避行動をとったり、裏をかいて不意打ちを仕掛けようとしたりするかもしれない。それを防ぐには、こちら側が行動予定を秘匿しなければならない。

とはいえ、公開情報や、外から見てわかる類の情報を丹念に追っていけば、ある程度のことはわかってしまうこともある。

例えば、どこかの戦闘機基地の外周に陣取って、毎日、どの機体が何時頃に離陸して、何時頃に戻ってきたかを記録し続けるとする。

民航機でも軍用機でも、個体識別のためのシリアルナンバーがついているから、それを見れば機体の区別はできる。もしも可能であれば、エアバンドラジオを持ち込んで管制交信を聴取することで、コールサインまでわかる。

そうやって蓄積した情報を整理すると、当該基地に配備されている機体のリストや、個々の機体ごとの運用状況がわかってくるのだ。

機体によって、頻繁に飛び立っているものもあれば、たまにしか出てこないものもあるかもしれない。飛行任務の時間には長短があるかもしれない。飛び立つ時の編成が、単機のこともあれば、多数機による編隊のこともあるかもしれない。

戦闘機や爆撃機だったら、胴体や主翼の下に兵装などを吊していることが多い。それは任務の内容を示す重要な手がかりだから、それも記録すると大事な情報になる。

もしもスクランブルに飛び立つことがあれば、それも把握できる可能性がある。スクランブルを担当する機体は大抵、滑走路端に隣接するアラートハンガーに入っているものだから、そこから上がっていけばスクランブルの可能性が高いと判断できるはずだ。

飛行機に限ったことではなくて、艦艇も事情は同じだ。特定の艦に狙いを定めて出入港の情報を集めるとともに、寄港地についても把握する。寄港地が分かれば、寄港地と寄港地の間の距離は概算できるから、航行速力を推定する材料にもなり得る。

もしも、距離の割にむやみに時間がかかっていた場合は、速力が抑えられていた可能性だけでなく、人には言えないような場所に寄り道をしていた可能性も考えられる。

ITの普及はデータ整理を容易にした

ここまで述べてきたことは、ITがあろうがなかろうが関係なく共通する話である。そこでITが効いてくるのは、集めたデータの中から特定のパターンを見つけ出す場面や、集めたデータを整理・検討する場面だ。

紙にデータを書き込んで、手作業で勘定するのと、コンピュータ上にデータとして入力してコンピュータに勘定あるいは解析させるのとでは、かかる労力も所要時間も大差がある。

特に近年では、大量のデータを集めて解析して云々、という類の話がたくさんあるから、そのためのツールもノウハウも蓄積されてきている。それはビジネスだけでなく、その他の情報の解析にも活用できる可能性がある。

場合によっては、軍民共用の飛行場から戦闘機が飛び立つことがある。ある国が意図的に仕掛けをして、わざと防空識別圏(ADIZ : Air Defense Identification Zone)に自国の軍用機を接近させて、スクランブルに上がってくるように仕向ける。そして飛行場の側では、展望デッキ辺りで普通の見物人を装い、スクランブル機の発進を見守って記録する。

こうすれば、スクランブルをかける時の反応時間やその他の動向を把握できる可能性がある。1回こっきりでは大したデータにならないかもしれないが、何回もやっていれば、パターンや傾向がつかめるかもしれない。

行動予定以外の分野も同様

ここまでは行動予定に話を絞って書いていたが、他の分野でも事情は似ている。筆者が得意とするネタだと、契約情報やメーカーのプレスリリースがある。

これもまた、断片的なデータを1つ2つ見るだけでは、わかることは限られている。しかし、長年にわたってウォッチし続けてデータを蓄積していくと、例えば、新装備の開発・配備などに関わる「流れ」が見えてくる。

これもまた、データを蓄積するだけでなく、必要に応じて迅速に検索・抽出して活用できる仕組みを整えなければ、労力ばかりがかかってしまう。しかし、コンピュータが1台あれば、そこのところの負担を大幅に軽減できるのは事実であり、筆者はそれを日々の仕事で活用している。

保全担当者にとっては頭痛がするような話を書いてしまったが、こうした地道なデータ収集活動は、どこの国の情報機関でもやっていること。データの収集にしても、収集したデータの解析にしても、ITの活用は相当な助けになるのである。と、強引に「軍事とIT」というタイトルにつなげてみたところで、今回はこの辺で。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。