敵軍が使用しているレーダーや通信機器を妨害すれば、敵の探知能力やコミュニケーション能力を阻害できる。すると、相対的な自軍の優位につなげることができる。ということで、妨害を実現する電子戦は現代戦において死活的に重要である。

電子情報収集用のアンテナ

ところが、妨害しようと思っても簡単な話ではなくて、相手がどんな種類の電波を出しているかを知る必要がある。だから、電子戦の第一歩は電子情報の収集、いわゆるELINT(Electronic Intelligence)であり、これは平時でも毎日のように行われている作業だ。

航空自衛隊の戦闘機がスクランブルに上がる対象は、戦闘機や爆撃機だけとは限らない。むしろ、情報収集機の方が嫌な存在だ。こちらがスクランブルに上がってレーダーや無線機を使うと、その情報を盗られる可能性があるからだ。というと正しくない。むしろ、ELINTの収集を目的として、わざと日本の領空に飛行機を接近させるというほうが正しい。

米陸軍のRC-12電子情報収集機。機体のあちこちからアンテナが突き出ていたり、翼端にアンテナ・フェアリングが付いていたりして、見るからに怪しい

さて。電子情報を収集するには受信機とアンテナが必要である。ところが、最初から用途が決まっているレーダーや通信機器と異なり、ELINT用の受信機はさまざまな種類の電波を対象にしている。周波数の違いだけでなく、変調方式の違いも関わってくる。

特にアンテナの場合、カバーすべき周波数の範囲が広いことが話を難しくしている。通信傍受だけなら、VHF(30~300MHz)やUHF(300MHz~1GHz※)を使用することが多いから、それに合わせればいい。ところがレーダーは話が違う。

一般的には、レーダーは通信機よりも高いLバンド以上、つまり1GHzを超える周波数を使用することが多い。ところが、レーダーによってはVHFやUHFを使用しているものもある。先日、岩国基地に飛来したE-2Dアドバンスト・ホークアイが典型例で、あの機体は先代のE-2Cともども、UHFレーダーを積んでいる。ロシアや中国では、VHFを使用する対空捜索レーダーをいろいろ作っている。

こういう事例もあり、レーダーといっても周波数帯の範囲は意外と広い。だから、「通信傍受用」と「レーダー傍受用」で別々の受信機やアンテナを設置するにしても、カバーすべき周波数の範囲が広くなる問題は、同様について回ることになる。

また、物理的なカバー範囲、つまり指向性の問題もある。傍受すべき電波がどこから飛んでくるか分からないから、指向性が強いアンテナでは取り逃がす可能性が高くなる。

しかし、どちらから飛んできた電波なのかがわからないと、それも困る。例えば、敵のレーダーサイトの位置を突き止めようとした場合、挑発行動を仕掛けて電波を出させて、そこにELINT機を飛ばして発信源の位置を突き止めるのが理想的なシナリオ。しかし、出させた電波がどちらから飛んでくるか分からなければ、レーダーサイトの位置がわからない。

解決策としては、複数のアンテナを用意して、受信の際に発生する位相差を使って発信源の方位を割り出す方法が挙げられる。航空機なら胴体の四隅や左右の主翼、水上艦ならマストの周囲、といった具合に複数のアンテナを取り付ける場所を確保できるが、問題は潜水艦だ。

潜水艦のマストはできるだけ細くまとめないと、水上に突き出した時にたちまち見つかってしまう。しかし、細くまとめたマストに複数のアンテナを付けられるのか、付けたとしても有意な位相差を生じるほどの離隔を確保できるのか、という問題がある。ただ、位置を突き止められなくても、周波数やパルス繰り返し数など、電波そのものに関する情報は手に入る。

※ 本来、UHFの上限は3GHzだが、電子戦の世界では1GHzで区切っているのでこうなる。

レーダー警報受信機のアンテナ

同じ受信機でも、レーダー警報受信機(RWR : Radar Warning Receiver)の方が、話はいくらかシンプルになる。一般的なELINTでは前述したように、電気掃除機のように広範な電磁波の情報をかき集めなければならないが、RWRは戦闘機や爆撃機にとっての直接的な脅威、つまりミサイルや砲の射撃管制レーダーを主な対象にしているからだ。

射撃管制レーダーは高い分解能が求められることから、高めの周波数を使用するものと相場が決まっている。だから、RWRがカバーすべき周波数の範囲は、ELINT収集用の機材と比べると狭い。したがって、それに最適化した設計のアンテナを用意しやすい。

戦闘機を例に取ると、RWRのアンテナは機体の全周をカバーできるように複数を設置している。よくある設置場所は、左右の主翼の端に前向きで、それと胴体や垂直尾翼の後端に後ろ向きで、といったもの。突起のようなアンテナ・フェアリング(要するにカバー)が突き出ているのでわかりやすい。

そのフェアリングの中に、コーン型のアンテナが入っている。円錐形の物体の表面にアンテナ線を巻き付けた形がポピュラーなようだ。例えば、F-15イーグルの場合、ランドトロン・アンテナ・システムズ Randtron Antenna Systemsという会社のRS-2アンテナを、主翼と垂直尾翼の先端に取り付けている。

こうして複数のアンテナを用意しておき、受信の際に発生する位相差を使って発信源の方位を割り出す。その情報をコックピットのディスプレイに表示して、脅威の向きを示すとともに警報を鳴らすわけだ。

妨害装置のアンテナ

では、敵のレーダーや通信を妨害する場合にはどうするか、本稿の主題はアンテナだから、どういう電波を出して妨害するかという話は措いておく。

妨害するからには、すでに妨害する対象が存在するとわかっているはずだ。そして、相手が出している電波を妨害できるだけのエネルギーが必要になるので、位置が判明した妨害対象に向けて、指向性が強いアンテナから集中的に妨害電波を叩き付けるのが、最もわかりやすい展開。

実際、米海軍のEA-6BプラウラーやEA-18Gグラウラーといった電子戦機で使用しているAN/ALQ-99電子戦ポッドは、指向性が強そうなホーン型アンテナを内蔵しているようである。電子戦機は僚機のために妨害を仕掛けるのが仕事だから、自ら脅威に向かいつつ、妨害電波を浴びせる形になるのだろうか。

ただ、戦闘機が自衛用に装備する妨害装置のアンテナは、そこまで凝っていない。下に写真を出したF-15Eの場合、尾端の左右にそれぞれ異なる種類のアンテナを取り付けているが、サイズや形状からいってコーン型アンテナかもしれない。

F-15Eストライクイーグル。エンジン排気口の左右・尾端に、AN/ALQ-135電波妨害装置のアンテナ・フェアリングが付いている。RWRのアンテナは垂直尾翼の先端部に付いている

ただ、脅威が「一点集中」とは限らないし、過度に強い指向性を持たせないで、広い範囲に妨害電波を発信する選択肢もあり得そうだ。例えば、艦艇の電子戦装置は対艦ミサイルを妨害する自衛用であり、脅威はどちらから飛来するか分からないから一点集中では困る。

だから、艦載電子戦装置のアンテナは全周をカバーする必要がある。よくあるのは、左右に1基ずつを設置して半分ずつ受け持つ形態。

米海軍の水上戦闘艦で広く使われている、AN/SLQ-32電子戦装置。表面に突き出た四角いフェアリングの中にアンテナが入っている(はず)

実のところ、電子戦関連の機材は秘匿度が高いので、ことにアンテナの実物を部外者が拝める機会はまず存在しないといって良い。だから本稿の記述も、どうしても隔靴掻痒の感がついて回るのだが、そこのところは御勘弁いただきたい。