以前、本連載の第30回で「空の警戒監視」と題して、レーダー網や防空識別圏(ADIZ : Air Defense Identification Zone)を取り上げた。この時は「防空システム」の中身まで踏み込んでいなかったので、今回はそちらについてお話ししよう。

防空とは何か?

防空とは読んで字のごとく「空の護り」である。第1次世界大戦で飛行機が軍事作戦に使われるようになり、第2次世界大戦で地位を確立した。つまり、空を制することができなければ戦争に勝てないという話である。ただし、飛行機は地面を占領することができないから、空を制するだけでは戦争に勝てない」とも言える。

ともあれ、敵国の航空戦力が自国の空を制するようでは話にならない。米陸軍航空軍のB-29が上空を飛び回って爆弾の雨を降らせていた、太平洋戦争末期の日本のことを考えれば、このことは容易に理解できる。

したがって、そういう事態を招かないように、自国の上空に飛来する敵機を掃滅するか、せめて追い返す必要がある。これがいわゆる「本土防空」である。では、それ以外の防空があるのかというと、もちろんある。

例えば、本連載で何回も登場しているイージス艦。あれは、艦隊や船団を敵の航空機から守るための手段である。つまり「艦隊防空」だ。航空機だけでなく、対艦ミサイルも迎撃対象になる。

また、陸軍部隊が頭上から敵機に攻撃されるようでは仕事にならないので、これも防空を必要とする。敵国に攻め込むにしても、あるいは自国に攻め込んできた敵軍を迎え撃つにしても、同じことだ。これは「野戦防空」という。

では、防空任務を達成するには何が必要か。そこで必要と考えられる要素を以下に列挙してみた。現代の業界用語で言うと、防空任務を達成するための「C4ISR (Command, Control, Communications, Computers, Intelligence, Surveillance, and Reconnaissance。日本語にすると指揮・統制・通信・コンピュータ・情報・監視・偵察)」という話である。

  • Command, Control : 適切な判断・意思決定・指令を行う
  • Communications : 情報や指令の伝達
  • Computers : 彼我の状況を提示したり、情報や指令を伝達したりする手段
  • Intelligence, Surveillance, Reconnaissance : 敵襲を知る手段(レーダーや監視哨など)

そしてもちろん、迎撃の手段となる戦闘機、対空砲、地対空ミサイル(SAM : Surface-to-Air Missile)といったものも必要である。見つけるだけでは敵機は撃墜できない。

システム化された防空の嚆矢

さて。飛行機の特徴は、軍艦や戦車と比べて足が速いことである。ということは、迎撃に際して時間的余裕が乏しい。見つけたと思ったら、もう頭上まで来ているということになりかねない。

そうなると、「できるだけ早く、遠方で発見すること」(だからADIZを設けて、領空に侵入する前に怪しそうな飛行機を見つけ出すようにしている)、「発見したという情報を迅速かつ確実に伝達すること」、「その情報に基づいて、間違いのない意思決定をすること」、「その意思決定に基づく迎撃の指令を、迅速かつ確実に伝達すること」という課題がついて回ることになる。

極端な話、伝令を走らせて情報や指令を伝達していたのでは話にならない。少なくとも電話が必要である。探知手段にしても、目視では夜間や悪天候の際に使い物にならないし、聴音機でもどこまでアテになるか分からない。もっとも頼りになるのはレーダーである。

といったところで、時計の針を75年間巻き戻して、1940年夏のイギリスである。電撃戦によってフランスを制圧したドイツ軍が、そのフランスに進出した戦闘機や爆撃機を使って、イギリス本土に空襲を仕掛けていた。いわゆる「英本土航空決戦」(Battle of Britain)である。

なぜ、そんな話が出てくるかというと、当時のイギリス軍にはすでにシステム化された防空体制の萌芽が見られたからだ。

まず敵機の飛来を探知する手段として、CH(Chain Home)と呼ばれるレーダーが設けられていた。使用したレーダーは周波数20~50MHzの電波を使用する設計(実際に使用した範囲は22.7~29.7MHz)、送信出力は200kW~1MWといったところ。これで探知可能距離は64km(目標の高度1500m)、あるいは224km(同じく9200m)だったという。

なにしろ周波数が低いから分解能はたいしたことなさそうだが、それでも敵機が飛来したとわかれば役に立つ。仮に200km遠方で探知した場合、当時の戦闘機や爆撃機の巡航速度からすると、数十分から1時間近い余裕がある。その間に敵機がどちらからどちらに向けて飛来しているかを把握して、もっとも都合のいい場所にある戦闘機基地に対して、電話を掛けて迎撃の指示を出す。

フィルター室と地図と駒

そのための情報提示と意思決定はどうするか。まだコンピュータなんてものはない。そこで登場するのが、本連載の第28回でちょっと触れた「フィルター室」である。

レーダー・ステーションは複数存在するから、それぞれのレーダー・ステーションからの探知報告をフィルター室に集約する。監視哨や聴音機から報告が上がってくれば、その情報もフィルター室に上げる。

それらの情報源から得られたデータを、大きなテーブルの上に広げた地図上に示していく。ただし敵機は移動するものだから、敵機を示す「駒」を地図上に載せて、入ってくる報告に合わせて長い棒で移動させる方法をとった。

2カ所のレーダー基地からそれぞれ探知方向が上がってきた場合、(2次元レーダーだから)距離と方位の情報がもたらされる。それに基づいて地図上に駒を置く。同じ敵機を複数のレーダー基地が探知していれば、置かれる駒の位置や動きはだいたい同じになるだろうから、重複探知としてひとまとめにできる。そんな具合に探知報告を集約することで、状況を把握する材料ができる。

指揮官は、その地図上に置かれた駒の動きを見ながら全体状況を把握するとともに、指揮下にある戦闘機隊の状態(戦闘中、地上で整備補給中など)を壁の表示板に設けたライトの点灯状況によって確認する。

それに基づき、どこの基地からどこの敵に、どれだけの戦闘機を差し向けるかを決定して、戦闘機基地に発進の指令を下す。使える戦闘機がないのに「迎撃しろ」と指令を出しても空振りになるから、麾下の戦闘機隊の状態もわからないと困るのだ。