Tribuneグループの「Newsday」が新たなターゲット

前回に続いて米連邦通信委員会(FCC)の規制緩和がテレビ界の寡占化にどのような影響を与えていったのか、歴史を振り返りたいと思っていた。しかし、昨年「Wall Street Journal」を買収したばかりのメディア王、News Corporationのルパート・マードック氏がまたもや新たな新聞買収に出た。その動きを緊急レポートしよう。

今回のターゲットは、ニューヨーク市で発行部数4位の「Newsday」。同紙を保有しているのは、シカゴに本社を置く全米第3位の新聞メディアグループTribune社だ。

Tribuneグループは、「Chicago Tribune」、「Los Angeles Times」(2000年にオーナーのチャンドラー一族から83億ドルで買収)、「Baltimore Sun」のほか、地方テレビ局23局、メジャーリーグの「Chicago Cubs」(2007年シーズンオフに売却)などを傘下に擁している。Tribune社自体、2007年4月に、不動産王のサム・ゼル氏に130億ドルで買収されたばかりだ。

今年に入ってマードック氏がゼル氏に、「Newsday」の売却を持ちかけた。この成否を決定するのが、「メディア所有」に許認可権を持つFCCの判断と、最近民主党のバイロン・ドーガン氏が米上院に上程した法案の行方である。

古典的自由主義の「マーチン・ルール」をも超えた買収提案

2007年12月、古典的な自由競争論の立場に立つ現在の共和党政権に近いケヴィン・マーチンFCC委員長は、FCC内外の強い反対を押し切って、「同一地域で新聞社とテレビ局を保有することは原則禁止」という1950年以来の大原則に風穴を開けた。

新ルールでは、「少なくとも8つの互いに独立した新聞社、テレビ局が存在する市場規模全米20位以上の都市においては、1社が新聞社とテレビ局を同時に保有できる。しかし、その規模は市場の4位以上となってはならない」とされている。

しかし、今回のマードック氏の合併提案は、この新しい「マーチン・ルール」の許容範囲すら超えている。彼の保有するNews Corporation傘下のニューヨーク市内のテレビ2局の規模は、4位と6位であるし、新聞社の方も、「New York Post」と「Wall Street Journal」を持っているからである。

この場合、合併を進める側は、FCCに申請してルール適用の「免除」を得る必要がある。この点に関し、マーチン委員長が保守的な政治的スタンスをとり、マードック氏が共和党の有力スポンサーであることから、FCCが同氏の申請を却下する可能性は薄いとみられている。

賛成、反対両派とも、主張の根拠に「言論の自由」

一方、ドーガン議員が提出した法案の趣旨は、基本的に、「同一市場で新聞社とテレビ局の同時保有は認められない」という旧ルールへの復帰を求めている。その狙いについてドーガン氏は、4月28日付の「International Herald Tribune」紙のインタビューで以下のように語っている。

「FCCの最近の結論は、米国民の利益に合致しない。なぜなら民意がどこにあるのかを知るためには、より多くの媒体や、機関を通して様々な意見をくみ上げることが必要だからだ。(FCCの結論を支持する)人は『今や様々な情報伝達手段があるではないか』と主張する。インターネット、テレビ、新聞、ラジオ…、もっとあるかもしれない。しかし、それは腹話術なのだ。問題は、わずか5つか6つの企業の利益によって、ほとんどの米国人が見、聞き、読むべき内容が決定されていることなのだ」。

ワシントンDCの複数のロビイストは、ドーガン法案が両院で可決される可能性が高い、とみている。ただマードック氏の友人であるブッシュ大統領は、その場合拒否権を発動する可能性が高い。

とはいえマードック氏の立場は微妙だ。ニューヨーク市で保有するテレビ局のうち1つは永続的な認可が取れているが、他の1局は時限条件付きで免許を受けている。

これに対し2006年以来、メディアの集中、寡占に反対する複数の市民団体が免許延長反対を上申しているから、マードック氏の新たな動きは、反対派の主張に油を注ぎかねないのだ。

News Corporation側の主張は、「ニューヨーク市は世界中で最も多様なメディアが混在しており、合併や集中の弊害を受けにくい。また、メディアの集中は、衰退する新聞産業の生き残りのためにも不可欠だ」というものだ。

賛成、反対両派とも、自派の主張の根拠に米憲法修正一条(言論の自由)を挙げており、これがいかにもアメリカ的だ。


執筆者プロフィール
河内 孝(かわち たかし)
1944(昭和19)年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。毎日新聞社政治部、ワシントン支局、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て2006年に退社。現在、(株)Office Kawachi代表、国際福祉事業団、全国老人福祉施設協議会理事。著述活動の傍ら、慶應義塾大学メディアコミュニケーション研究所、東京福祉大学で講師を務める。著書に「新聞社 破綻したビジネスモデル(新潮新書)」、「YouTube民主主義(マイコミ新書)」がある。