自動化や効率化といった工場のスマート化が進み、製造業を取り巻く環境は大きく変わってきています。そんな製造業に焦点を当てサイバーセキュリティやデータ保護について、さまざまな角度から解説する本連載。

第3回は、スマートファクトリー化が製造過程や経営にどのような影響を与えるのか、それに伴って需要が高まるクラウドストレージとはどのようなメリットがあるかなどをみていきます。

変わる工場

工場のスマート化はさまざまな利点をもたらしています。IoT機器やAIなどにより、幅広いデータ収集が可能となり、一つ一つの部品の供給元までトレースできるようになりました。

例えば、〇日の〇時に製造された製品に欠陥が見つかったことがわかれば、ピンポイントの回収が可能となり、大掛かりなリコールを避けられます。また、情報は各部門でシェアされ、連携がより深まり、データをサプライヤーと共有することで、どのタイミングで何をどれだけ納品したらいいいかも分かります。

これによって、サプライヤー自身の経営の効率化も図られます。1日の生産量も的確にコントロールされることで、余分な製品を集荷することも避けられ、効率的な在庫管理が可能となります。

こうした管理体制や技術は、特に従業員の数が少なく1人の従業員がマルチタスクをこなしている中小企業にとって特に有効です。製造の進捗状況や作業のモニタリングを任せられることで、少ない人数でも効率よく作業を進めることが可能になるからです。

工場のスマート化は適切に行えば、製品の品質向上にもつながります。例えば、『ポケモンGO』などで有名になった拡張現実 (AR) 。この技術を使った機器を従業員が装着し、実際の製品に必要なイメージを重ねれば、どこの部分からネジを締めていくのかなど、経験の浅い従業員でも短時間でトレーニングできます。

求められる意識改善

では、工場のスマート化に際して何が必要となるのでしょうか。

まず、従業員のリスキリングは大切なステップです。今は溶接ロボットにしろ、選別機にしろ、コンピューターで操作するものがほとんどであるため、基礎的な知識・操作を覚えてもらう必要があります。

昨今は、トレーニングもオンデマンド形式のものが増えており、従業員が好きな時間や場所で受講することができます。また、ChatGPTのような生成AIを使ったチャットボットにより、従業員の質問に対応することも可能です。恥ずかしくて同僚や上司には聞けないという従業員でも、AIが相手なら気軽に質問ができる環境が作れます。

一方で、リスキリングはもっと包括的な訓練の一部であるという認識も必要です。これまでインターネットにさらされない環境で稼働してきた工場が、スマート化でインターネットに接続されて外部環境と接点を持つことにより、サイバーセキュリティーリスクは増加しています。

2020年にホンダがサイバー攻撃を受け海外生産システムに影響受けたのは記憶に新しいところです。サイバーセキュリティの知識を含め、マネジメントレベルの広い視野で経営を捉え、なぜこうしたスマート化が必要なのかを考えられる人材を育てる必要があります。

経営層も計画性と柔軟さが求められます。先述したように膨大なデータが収集され、それをうまく活用していかなければなりません。例えば、ある素材の供給が来週難しくなった場合、別の製品を生産ラインに当てるようにするかメンテナンスを早める、といったように、先へ先へとプランニングをしていく必要性が高まってきます。

従業員の意識改善にも経営層は注意を払わなければなりません。スマート化により、新システム導入に伴う精神的負担やIT化で仕事を奪われるのではないかといった従業員の不安を払拭することも、経営陣の大事な仕事の一つとなってきます。

増えるクラウドストレージ

スマート化を行うことは、工場運営がデータ中心になっていくことを意味します。製造業者は製品のスペック、製造スケジュール、在庫管理、顧客や注文の管理など、大量のデータを扱います。こうした情報を管理し分析していく上でも、データ管理にクラウドストレージを活用する企業が増えています。

クラウドストレージを使うメリットは、以下のように、いくつか挙げられます。

  • 権限を与えられた人のみが、どこにいてもデータにアクセスすることができ、部署を超えた協力体制が整うため、供給先や仕入れ先とのコラボレーションも可能となります。

  • IoTを通してリアルタイムのデータが収集され、製造過程のモニタリングができることにより、問題をすばやく察知し、メンテナンスの必要性を予知する事で不意のダウンタイムを避けられます。

  • 蓄積されたデータから将来の品質管理アルゴリズムや需要予測モデルなどが開発できコストカット、品質向上や顧客の満足度の向上などに役立てることができます。Emerson社の公開している情報によれば、無計画なダウンタイムによって製造業にかかる損失コストは年間500億ドルにもなると言われています。

他方で、クラウドストレージの導入には注意点もあります。特にこれからクラウドストレージの活用を考えている企業は、使っている自社のシステムとどう組み合わせるかなどを、慎重に考慮して導入を検討するべきです。

次回はクラウドストレージのメリット、デメリットに付いて解説し、実際に導入した企業の例を見ながら、サイバーセキュリティを保ちながらどのようにクラウドストレージを活用していくべきかを見ていきます。

著者プロフィール

キャンディッド・ヴュースト(Candid Wuest)Acronis プロダクト担当バイスプレジデント

IBM 、シマンテックなどで20 年近くにわたってサイバーセキュリティの脅威分析などに携わる。2020 年3 月から、スイスとシンガポールに本社を持つサイバーセキュリティ企業であるアクロニスのサイバープロテクション研究所担当バイスプレジデントを務めている。2022 年3 月からは、アクロニス リサーチ担当バイスプレジデントとして日々情報収集にあたっていた。現在はプロダクト担当バイスプレジデント。