今回は佐々木さんの著書『仕事脳を強化する記憶HACKS』をテーマに、ITツールを使って記憶力を高める方法を紹介します。
脳を鍛えない理由
堀 『仕事脳を強化する記憶HACKS』出版おめでとうございます!
佐々木 ありがとうございます。
堀 ただ驚いたのですが、心理学がご専門の佐々木さんなので、きっと「脳を鍛えて記憶を強化する」という話題が盛り込まれているのかと思ったら、『記憶HACKS』は記憶力を強めるための話になっていないんですね?
佐々木 「脳力」という意味では、なっていません。記憶の「能力」は、ツールを使って強化できますが、脳の「力」を「鍛える」というのは、計測しがたいですし、可能かどうかも曖昧です。なにより、ビジネスに活かすほどの「脳力開発」となると時間がかかりすぎる、と懸念します。
堀 つまり記憶というと、個人の「頭の性能」というとらえかたが多いですが、ビジネスに必要な情報が引き出せるなら、ツールを使おうがOK ということですね。たしかに暗記力の修行が目的ではないのですから、使える情報がタイムリーに手に入る仕組み作りをするのは現実的です。そうした記憶の補助ツールとして、この本では、Remember The MilkやOmniFocus、Gmailなど数々のツールをとりあげて、どんなワークスタイルの人にどんなツールが向いているかという視点で紹介していますね。ふだんからこうした向き不向きを意識するのは、とても大事だとお考えですか?
自分にあうITツールを
佐々木 ワークスタイルごとにツールを羅列したのは、日本の会社の事情では、使いたくても使えないツールというものが幾多も存在するからです。もうひとつは、高機能なツールになってくると、RTMであれ、OmniFocusであれ、よほど使い込んでいない限り、だいたい同じ事がやれますから、その「同じ事」をそれぞれのツールで、どのように操作したり表現されているのかを比較してみると、自分に合う、感性的な使い勝手というものが、見えてくると思ったのです。
堀 ああ、あります! Remember The MilkとOmniFocusは非常に似ていますが、それでいて、まるでカッターとはさみのように同じことをするにも、アプローチが違うんですよね。そのアプローチの微妙な違いが、その人にジャストフィットしているかどうかはたしかに大事ですね。
この本では、Windowsアプリケーション、Mac OS Xアプリケーション、ネットを使うもの、使わないものなど、いろいろなツールが「どのように記憶を外部化するか」という視点で、これでもかと紹介されていましたので、とてもお買い得だと思いました。
佐々木 本書で1つだけ注意していただきたいのは、すべてのツールや記憶HACKSをやった方がいいなどと思わないで欲しいのです。自分にあったものが1つ見つかれば、それだけに集中した方が、ずっといい結果になります。
「メタ記憶」を強化する
堀 ところで、本の中にでてきた「メタ記憶」、つまりは「思い出したいことを思い出せるか」という話題についてもっと聞かせてください。これは数回前の、Evernoteの回で、思い出すときのことを意識してタグをつける、というのと似た話かもしれないと思ったのです。「思い出したくても、何を思い出したいのかよくわからない」ということが僕にもよくあるのですが、こうした「メタ記憶」を鍛えるにはどうすればいいのでしょう。
佐々木 一言で言うと、「失敗を徹底活用する」ということになります。「思い出すべきだったのに、思い出せずに失敗した」という経験が、その失敗を防ぐ方法を要求し、それを可能とする機能を備えたツールを利用しようという発想に至ります。そして、一般的には(個人差はありますが)、未来のことを思い出すきっかけになりやすい順に、
「人」で思い出す→
「場所」で思い出す→
「時刻」で思い出す→
「何時間後」に思い出す
という傾向があります。ですから、「何時間後」などは、特に失敗しやすいと自覚しておいたほうが、安全ですね。カップラーメンなどは、わずか「3分後」のことでも、タイマーを利用したりしないと忘れますね。「一週間後にある人と池袋で会う」ということなら大丈夫な人もです。
堀 そうか。なので、時間だけで何かを記憶しようとしても、失敗する傾向が強いんですね...。ならばそうした時間に関連したものは、IT ツールやiPhoneに任せて、タイムリーなリマインダを発信するようにしておくのがスマートというわけですね。ありがとうございました。
佐々木さんから今回うかがったのは、記憶を強くするには、脳の力としての記憶力を鍛えるよりも、ツールを利用して「忘れにくく」「思い出しやすい」環境作りをする方が楽だし現実的だという話でした。「よい記憶を作るには、記憶にたよるな」という考えかたは見事にライフハックになっていて、目から鱗が落ちた感覚です。
人気の仕事術「GTD」でも頭ですべてを覚えておくのではなく、タイムリーに思い出せる仕組みを作ることが大事とされています。そうすることで「今」に集中して、ストレスを減らしつつ能率を上げられるのです。
これ以外にも、『記憶HACKS』には学習のための記憶を高めるための方法や、記憶からアイディアを作り出すための方法についても紹介されていますので、書店でみつけましたらぜひ手に取ってみてください。
佐々木 正悟(ささき しょうご)
心理学ジャーナリスト
「ハック」ブームの仕掛け人の一人。専門は認知心理学。 1973年北海道旭川市生まれ。97年獨協大学卒業後、ドコモサービスで働く。2001年アヴィラ大学心理学科に留学。同大学卒業後、04年ネバダ州立大学リノ校・実験心理科博士課程に移籍。2005年に帰国。 著書に、ベストセラーとなったハックシリーズ『スピードハックス』『チームハックス』(日本実業出版社)のほかに『ブレインハックス』(毎日コミュニケーションズ) 『一瞬で「やる気」がでる脳のつくり方』(ソーテック)などある。
堀 E. 正岳(ほり まさたけ)
ブロガー・気候学者
1973 年アメリカ・イリノイ州エヴァンストン生まれ。筑波大学地球科学研究科(単位取得退学)。理学博士。地球温暖化の影響評価と気候モデル解析を中心として研究活動を続けている。その一方でアメリカでライフハックが誕生したころからその流行を追い続け、最新のハックやツール、仕事術や自己啓発に至る幅広いテーマをブログ Lifehacking.jp で紹介している。 著書に、「情報ダイエット仕事術」(大和書房)、「英語ハックス」 (日本実業出版社、佐々木正悟氏との共著)、Lifehacks PRESS vol2 (技術評論社、共著)がある。「ブログ Lifehacking.jp を主催」。