堀 佐々木さん、実は1つ打ち明けないといけないことがあるのです。実は僕、とても頭が悪いんです。
佐々木 文字通り受け取るのが難しいカミングアウトですが、とりあえず続けてください。
堀 いや、そうとしか思えないことはよくありますよ(笑)。普段、僕は科学者という仕事をしているのですが、その肩書きでは考えられないほど容量が悪いんです。複雑な計算とか、プログラミングとか、苦労して作成したものをEvernoteにテンプレートを置いておいて、それをコピーするだけで仕事をしている感があります。「思考の力を強められたらもっと手際がよくなるのでは?」というのは、よく感じる悩みなんです。そこで質問なのですが、脳の力、特に多くの人が興味あるのは思考の力を高める方法だと思うのですが、それはトレーニング可能なものなのでしょうか?
佐々木 可能だとは思いますが、どのようなトレーニングであれ、その効果を実感するにはとても時間がかかると思います。「3歳児神話」という表現がありますね。今では成人の脳も「成長する」と考えられるようになりましたが、そうは言っても乳幼児の精神の発達はとても速く見えるので、「3歳児までに脳の発達は終わる」といった言葉が鵜呑みにされたりもするのでしょう。でも乳幼児を抱えているとわかりますが、手を使えるようになる、歩けるようになる、言葉を使えるようになるまでには、長い長い道のりがありますよね。同様に、脳というものも1日や2日で「成長」が実感できないと思うのです。
堀 なるほど、お手玉をすることや計算を繰り返すことで脳が鍛えられるとよく言われますが、「お手玉」や「計算」が大切なのではなく、ある一定上の作業を繰り返しているという点が本質なのでしょうか?
佐々木 お手玉も計算も脳に悪くはないと思いますが、たぶんその効果はお手玉や計算でしか実感できないような気がします。「脳を鍛える」目的は、仕事ができるようになることでしょうから、自分の専門の業務を繰り返すなかで、脳を鍛えるほうが効率的ではないでしょうか?
堀 それなら、僕がEvernoteで仕事の「型」を保存しているのもあながち間違ってはいないということですね。例えば、僕は普段繰り返すプログラミング作業をEvernoteの中にコードの断片もろともフローチャートとして保存しておいて、常にブラッシュアップしつつ、そのノートを起点として仕事をしています。
佐々木 間違っていないというか、そのほうがいいと思います。脳は、何事もパターン化して処理するのが得意です。私たちの記憶は決してコンピュータの記録のようではなく、「佐々木正悟」と記憶したとしても、それを「悟正木々佐」と逆から読むのは難しかったりします。コンピュータにはどちらが読みやすいなどということはありませんよね。ですから、仕事についても繰り返し現れるパターンを自分のものにし、そのパターンに習熟していけば、自然と「仕事脳が極度に発達した人」になれるはずです。
堀 あと、時間当たりの頭の回転が速いように見せかけるためのハックとして、食堂まで歩く時間などのちょっとした隙間時間に「考えること」や「検討すること」を1枚の情報カードに書いておくことで、机の前で考えるだけでなく、歩いている時間をも活性化するということをしています。頭はよくなっていないかもしれませんが、ちょっとした仕組みで思考の速度を速くできるなら、同じことかなと思いまして。
「脳の力」というと、思考の歯車の性能だと考えてしまいがち。でも思考の近道を作る仕組みが普段からできていれば、実質的な「脳力」は向上します |
佐々木 そうですね。私は以前、「考える時間」と「検討する時間」と「書く時間」をそれぞれ分けて確保していたのですが、経験的に「考える時間」が仕事の大半をとっているとわかってきたので、ひたすら書きながら考えるという方法に切り替えました。書いていれば考えるしかなくなるので。マインドマップでもタスクの階層化でも、とにかくどんどん書いているうちに、書きあぐねている空白だけが残る。そこが「いちばん考えるべきところ」だと。これも考えることを減らしているという意味で、頭が素速く働かずとも、結果として速く動いたことになるので、同じことになりますよね。
堀 実は仕事こそが、脳トレだったというわけですね。これは目から鱗かもしれません!
対談後記(堀 正岳)
「脳をトレーニングしたい」という欲求は、普段僕らがしている仕事や活動をもっと軽快にこなしたいという欲求から生まれているように思います。ですが今回の話題は、トレーニングを先にしてからやりたいことをするのではなく、やりたい仕事と活動を通して思考の力を高めてゆくということだったと思います。
ここでも重要なのは、5%-10%の時間的な余裕を作り出すことで仕事のルーチンを見直して、繰り返すたびに改善できるようにしていくことなのだと思います。「何を繰り返しているのか?」「その繰り返していることをもっと効率的にできないか?」――こうした問いかけが、実際的な脳トレなのかもしれませんね。
佐々木 正悟(ささき しょうご)
心理学ジャーナリスト
「ハック」ブームの仕掛け人の一人。専門は認知心理学。 1973年北海道旭川市生まれ。97年獨協大学卒業後、ドコモサービスで働く。2001年アヴィラ大学心理学科に留学。同大学卒業後、04年ネバダ州立大学リノ校・実験心理科博士課程に移籍。2005年に帰国。 著書に、ベストセラーとなったハックシリーズ『スピードハックス』『チームハックス』(日本実業出版社)のほかに『ブレインハックス』(毎日コミュニケーションズ) 『一瞬で「やる気」がでる脳のつくり方』(ソーテック)などある。
堀 E. 正岳(ほり まさたけ)
ブロガー・気候学者
1973 年アメリカ・イリノイ州エヴァンストン生まれ。筑波大学地球科学研究科(単位取得退学)。理学博士。地球温暖化の影響評価と気候モデル解析を中心として研究活動を続けている。その一方でアメリカでライフハックが誕生したころからその流行を追い続け、最新のハックやツール、仕事術や自己啓発に至る幅広いテーマをブログ Lifehacking.jp で紹介している。 著書に、「情報ダイエット仕事術」(大和書房)、「英語ハックス」(日本実業出版社、佐々木正悟氏との共著)、Lifehacks PRESS vol2(技術評論社、共著)がある。ブログ「Lifehacking.jp」を主催