アゲるテレビがアガらない理由

2013年4月からフジテレビではじまった『アゲるテレビ』の視聴率低迷がネットで話題になっています。急性白血病により『めざましテレビ』を降板した、大塚範一キャスターの復帰後初レギュラーという触れ込みでしたが、病気の再発による出演見合わせという逆風の船出となりました。ただし、逆風も話題の1つ。ところが、視聴率は深夜放送より悪く、放送開始直後から「打ち切り」が囁かれています。

MCは元日本テレビの朝の顔だった西尾由佳理と、フジテレビアナウンサー中村光宏。テーマソングはKPP(きゃりーぱみゅぱみゅ)。コメンテーターを番組名にちなみ「アゲメン」と呼び、「メンズ=メン」だったはずが、10日でネタが尽き女性が登場します。ウィキペディアによれば、『アゲるテレビ』のコンセプトは「イノベーション」。

イノベーションとは、没後60年を超えたいまも名高い経済学者のシュンペーターによるものです。「革新」や「刷新」を意味するものですが、『アゲるテレビ』においては意欲の全てが上滑りしています。

シュンペーターのくちぐせ

この時間帯の主な視聴者は家庭の主婦です。ところがMCのふたりに「生活感」はありません。つまり、視聴者との接点がないのです。また、子育てに忙しい世代は、じっくりテレビを見て過ごす時間も少なく、毎日欠かさずみてくれるコアユーザーは若干高い年齢層です。そこにKPPをぶつけます。さらにアゲメンを敬称略で何人かアゲれば、ライフネット生命の副社長岩瀬大輔、はらドーナッツ代表 岡井健、くまモンのデザイナー水野学などなど。まるでTBSのビジネスを切り口としたバラエティー番組『がっちりマンデー』の人選です。主婦が「誰? こいつ?」とつぶやくのは自明です。シュンペーターの有名な言葉に「創造的破壊」があるのですが、アゲるテレビからはセオリーの「破壊」しか見えてきません。

製造機械メーカーのK社長も「イノベーション」を座右の銘としています。西日本から単身赴任で東京に乗り込み、ほぼひとりで日本全国へと販路を広げた経験をもち、50才で独立後も、常にイノベーションを目指しています。そして「健康グッズ」へと進出します。

ゆびたまごの町内

製造機械と健康グッズ、一見ミスマッチのようですが、「ゆびたまご」という美容グッズをご存じでしょうか。AKB48前田敦子(元ですが)さん、篠田麻里子さんが、公式ブログで紹介したという美顔ローラーで、製造しているのは「株式会社ミツワ」。旧社名を「株式会社ミツワ樹脂工業所」といい、プラスチック成形部品の製造会社としてスタートしています。そこで培った技術を駆使して生まれたのが「ゆびたまご」。培ったノウハウから商品を作りだし、新しい販路を開拓する姿は正しく、シュンペーターの唱える「イノベーション」です。余談ながら筆者と同じ町にある会社です。

K社長も同じ目論見です。最近開発した健康グッズは「真鍮製手のツボ用マッサージ器」。破損することなく、金色の輝きのゴージャスさと、適度な重さにより手のツボを心地よく刺激し、そのまま足つぼマッサージにも転用でき、その気になればフェイスマッサージに利用できなくもないという触れ込みの、丸みを帯びた金属片です。発表から二年が経過しましたが売り上げ実績は、取引先がお付き合いで買ってくれた数個のみ。製造機械メーカーということから、金属片…もとい「マッサージ器」は自社で制作できることから、在庫がないことが唯一の救いです。

思いつきとアイデアの違い

K社長は原発事故による電力不足が叫ばれてからしばらくは「省エネグッズ」をイノベーションの柱に据えていました。そこから2年ほど遡ると「ペットグッズ」、さらにその2年前は「美容グッズ」でした。K社長は自分のアイデアを過大評価する「イノベーション0.2」です。美容→ペット→省エネ→健康という変遷も、彼の中では正当化されています。それは「社会貢献」。売れる商品とは、社会が求めているものであり、それを「製造」することこそ我が社の使命と強弁します。

『アゲるテレビ』に通じます。端的に言えば、思いつきをアイデアと勘違いした価値観の押しつけです。K社長が画期的と世に送り出した、真鍮製の「手のツボ用マッサージ器」は、ボールペンや万年筆で充分に代用でき、イノベーションとはほど遠いものです。「アゲメン」として登場させる新進気鋭の経営者は、前掲の『がっちりマンデー』どころか、ビジネス系のネタとして各所に既出で新味はなく、そもそもビジネスに興味を持つ主婦が、平日の午後にノンビリとワイドショーなど見ていません。あるいは、年若い成功者達と、自分の旦那を比べてイラッとするかもしれません。

これは最近のフジテレビ全般に言えることですが「おしゃれでしょ? ぼくたち。知っているでしょ、賢いモン!」って匂いがプンプンするのです。自分たちの感性だけを信じるのはイノベーションではありません。それはマスターベーションです。

エンタープライズ1.0への箴言


「思いつきはイノベーションではない」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」