NHKの裏側になにが
一世を風靡したNHKの「プロジェクトX」。この番組が画期的だったのは、惜しまれつつも終了した「中学生日記」ではその昔、自動販売機から商品名が黒のビニールテープで隠されたコカコーラ風の奇妙な物体がでてくるなど、偏執的なまでに企業色を拒んでいた準国営放送のNHKが、民間企業を利する可能性のある内容を放送したところにあります。民間企業に近づくその裏側になにかあるのか…とは本稿の主旨ではないので掘り下げませんが、NHKは本体以外では営利活動ができることだけは指摘しておきます。
その「プロジェクトX」には放送当時からクレームが寄せられることも多々あったとウィキペディアにあります。事実誤認まがいの「演出」が理由です。もっとも「成功物語」とは結論から辿るもので、多少の「演出」が避けて通れないのは、「事実」のままでは「偶然」に説明を求めるしかなくなるからです。また、NHKのイメージから批判はやむを得ませんが、民放ではもっとえぐい実態がまかり通っています。企業の挑戦を取り上げる番組など、企業側が金を払って「制作」しているものがあるのです。実際にわたしのところにも
「30分番組を200万円で作ります」
という売り込みがありました。
花盛りのキャピタリスト
専門のPRライターによる脚本を用意し「プロジェクトX」風に仕上げるといいます。丁重にお断りしたのは、オンエアされるのが関東ローカル局だけだったからではなく、偶然、この会社が制作した「プロジェクトX」をみていたからです。
大手IT企業に勤めていたIさんは10年前に起業し、失敗しました。ITバブルが弾けたあおりをくらい、口約束がすべて反故にされたことが理由と語ります。再就職先でキャリアを重ねていると、捲土重来のチャンスがめぐってきました。知り合った社長の何人かがIさんの「ビジネスプラン」に出資を申し出てくれたのです。「起業経験」を買われての「ぷち投資」です。IT業界では「次の芽」になりそうな事業に、数十万円から100万円程度を投じる「ぷちベンチャーキャピタル」が花盛り。事業の伸び悩みを補うために、社長がポケットマネーを投じています。
ビジネスプランは、ネットギャラリー。インターネット黎明期にも「バーチャルギャラリーブーム」がきましたが、大容量のデータを送受信できるブロードバンドの普及と、インタラクティブを実現する最新技術使えば、当時とは比較にならないリアルな世界が展開できます。また、拡張現実(AR)を組み合わせることで、街中に1日だけのギャラリーを作りだすことも可能です。出資にゴーサインがくだり、サイト作りへと歩みをすすめます。
出会った劉備と義兄弟?
I社長のサイト「ARミュージアム(仮称)」に訪問すると、メインの「展示物」は、数点のサンプルが置かれているだけで、コンテンツ不足は一目瞭然です。不足を補うように、「誕生物語」というモニュメントがそびえ立ちます。このコンテンツによりミュージアム設立に掛けた情熱を伝えようという目論見なのでしょう。これは間違いではありません。独立起業したばかりの会社に実績はありません。海のものとも山のものともつかぬ新会社への理解を少しでも深めるために「成立趣意書」や「理念」を公開するというやり方ならば、ですが。
「誕生物語」をクリックするとI社長と出資を申し出た社長との「出会い」のシーンが描かれます。運命に導かれるかのように出資が決まったと"三国志演義"における「桃園の誓い」に重ねます。次の章に進むと時計の針が巻き戻され、前回創業時の「裏切り」のシーンで、中島みゆきを彷彿とさせる「恨み節」が全開です。ひとしきりの悪口が終わると、I社長みずからによる「俺たちは辿り着いた。現実というカベを殴りつけ、常識という名の大人に逆らいながら(筆者により意訳)」ではじまる「詩の朗読」の本人映像がYouTubeで流れます。佐野元春と浜田省吾と尾崎豊を足して10で割ったような青臭いポエムを語り終えたあとに続くコンテンツはすでに成功者のそれです。
企業広報番組の舞台裏
新会社を少しでも知って欲しいという願いからの「誕生物語」を否定するものではありません。しかし、生まれたばかりの会社の「桃園の誓い」は大袈裟すぎて白けます。また、恨み節に取引を躊躇する企業もでてくることでしょう。取引は相互責任なのに、不和の理由を一方的に公開する人間との取引は、後のリスクが高すぎます。そして「ポエム」は論外。I社長はポエムに「本気」を込めたつもりでしょうが、商売の「本気」は商品やサービスにこそ込めるもので、「ポエム」に込めるのは詩人や歌手の仕事です。I社長は自分の物語に酔った「プロジェクトX0.2」です。
先に紹介した「200万円」の企画書には「躍進する若手経営者 その栄光と挫折(仮題)」とありました。先に述べたように、この制作プロダクションの「番組」を、売り込みの直前に見ていました。そこではスタッフを引き抜くことで、元の勤務先を事業停止に追い込んだエピソードが、経営者の横暴に苦しむ元同僚を救った「美談」に仕立てられていたのです。こんな「プロジェクトX」に参加しては、わたしの物書きとしての信用が失われるので丁重にお断りしました。物語はマイナスプロモーションになることもあるのです。
そもそも本家「プロジェクトX」を筆頭に、すべての物語に共通するのが「後付け」です。つまり「成功」という結論から山や谷といった見せ場を作り「作品」に仕立てあげるもので、完成品を分解して組み上げる「リバースエンジニアリング」です。反対にI社長のような「未来のプロジェクトX」を一般的に「妄想」と呼びます。ちなみに全国ネットのキー局による人気番組でも、2000万円ぐらいから「物語」を制作し放送してくれる枠は実在するとかしないとか。
エンタープライズ1.0への箴言
「成功物語はつねに後付け」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。