デジカメのせいで子どもの写真が見つけられない!?
知り合いの主婦が溜息を漏らしていました。それは、今年10才になった長男の学校行事「2分の1成人式」に使う「写真」が手元にないからです。「2分の1成人式」とは、二十歳の2分1である10才に成長したことを祝う学校行事です。中学生になった長女の時は幼い頃の写真を持ち寄り、アルバムを制作しました。
中学生の長女の頃は、使い捨てカメラが主流で、プリントした写真をアルバムで整理していたのでよかったのですが、長男が生まれた頃からデジタルカメラが急速に普及しプリント写真が激減してしまっていたのです。
デジタルファイルをプリントアウトすれば済むことですが、問題はどこに何が入っているのかを思い出せないことです。入学式や卒園式など日時の特定できるものは探すことができても、息子の一世一代の「変顔」を納めた写真があるという記憶だけで検索してくれる管理ツールはいまだ開発されていません。
また、デジカメはすでに3代目となり、それぞれ別のメーカーを購入したことで、複数の種類のメモリカードに分散しているところに、機種変更した携帯の本体にしか残されていない日常のスナップショットが加わります。
写真とは過ぎた時を思い出すためのツール。小春日和の土曜日の朝、自宅に届いたPCショップのチラシには4TBの外付けハードディスクが2万9,970円とあります。4TBのハードディスクをいっぱいにするには1枚2MBの写真を毎日10枚ずつとり続けても574年。ノルマを1日100枚に増やしても57年。さて、4TBの写真を撮り終えた時、一枚いちまいを振り返る時間が残されているのでしょうか。
しかたなく、写真データの整理を始めた主婦がつぶやいた台詞が耳に残ります。「便利って何だろう?」
新しいモノが大好きだけどデジタルはダメ
機械製造業のN社長は新しい機械が大好きです。機械が進歩することで、日本人の生活が豊かになるという信念は、戦後の混乱期から復興、成長と共に歩んできた人生が裏打ちします。還暦をとっくに過ぎ体力はいささか落ちてはいますが、気力とアイデア、そして好奇心は衰えてはいません。同規模の企業の中でいち早くマシニングセンターを導入したのもテクノロジーへの信仰からです。
マシニングセンターとはコンピュータ制御による工作機械で、数値を指定するだけで望みの形に金属などを加工してくれます。今でも精密な金型づくりなどでは、「職人」の技に「機械」は勝てません。しかし、こうした「腕の良い職人」の減少は深刻で、下手な職人を雇うより、設計通りに動く機械に任せると決断したのは、ある意味「機械屋」らしい決断でしょう。
しかし、N社長、「デジタル」は苦手でした。マシニングセンターはコンピュータ制御とはいえ、パネルを外せば中では歯車が回り、チェーンが動いています。一方、「デジタル」は目に見えません。N社長は目に見えないものを信じず、お化けと同様にデジタルを否定していたのです。
USBメモリが火を着けたIT化
ある日、取引先が資料として持ってきた「写真」がデジカメからプリントアウトしたものだと聞きました。しかも、「データはこれに入っている」と見せられたのは、100円ライターぐらいの大きさのUSBメモリです。完成した機械に分解部品、設置前後の現場写真など、写真は重要な資料です。
今までは「写ルンです」などを使っていましたが、フィルムが余り、手ぶれやピンぼけ写真まで現像しなければならないというロスも多く、現像した写真を別の機会に資料として提出するには、その度に「焼き増し」が必要となり写真だけでなくフィルムも管理しなければなりません。デジカメならこうした問題を解決できるうえに、100円ライターで保存できるなら目に見えて手に取ることもできます。納得すれば、新しい機械好きの血がたぎります。すべての写真をデジカメで納めました。
そして、「デジカメ化」から1年、問題が顕在化しました。オフィスではこんな会話がやり取りされているのです。
「あれどこだっけ? ほら、例のアレだよ」
解決策はデジタルファイルのプリントアウト
デジカメで撮り貯めた写真は画面で確認でき、資料として提出する場合にのみ印刷するのでロスがなくなったと喜んだのは1年前です。しかし、デジカメのデータがたまればたまるほど、どこに何の写真があるかがわからなくなっていったのです。現場ごとにUSBメモリに移し替えラベルを貼って管理していますが、その必要な写真がどの現場のものかを思い出すのに苦労するのは年齢的な理由もあるのでしょう。
そして、「アレ」や「ドレ」「コレ」「ソレ」がオフィスに飛び交う「デジカメ0.2」です。焼き増しの時間はなくなりましたが、必要な写真を探す時間が増えただけでなく、指定した写真が「あった」「なかった」という論戦が社内の空気を悪化させることもしばしば。また、使い捨てカメラと比較して、膨大な枚数を撮影できるデジカメにより、どうでもよいカットまで撮影する行為が事態を悪化させています。
写真の普及により、出生から遺影まで、人は生きた証を残すことができるようになりました。そして携帯電話のカメラとデジカメの発展がこれを加速させるかと思われました。しかし、冒頭の主婦のように、デジタルデータの洪水の中でひとひらの記憶を辿ることが困難となりつつあります。クラウド化によって情報を一元化したとしても、思い出せなければ記憶は永遠に雲の中に埋もれたままです。
N社長は結局、デジカメで撮り貯めた「デジタルデータ」の「アナログ化」、すなわちプリントアウトしてからファイリングすることで事態の収拾を図ったようです。
エンタープライズ1.0への箴言
「増えすぎたデジタルデータは管理という至上命題に直面する」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは