茹でガエルになってはいないか?
小泉首相時代に繰り返し引用された寓話「茹でカエル」とは、ぐらぐらと煮えたぎる鍋に放り込んだカエルは慌てて逃げ出すのに、水からジワジワと熱していくとカエルは温度変化に気づかないまま茹で殺されてしまうというものです。もちろん、実際のカエルは限界温度になる前に逃げ出しますが、社会や組織においては意識的に「変化」を求めなければ、惰性に流され取り返しが付かない事態になりかねないという戒めです。
ところが「変化」は難しいものです。その理由は大きく分けて3つあります。まず、1つは人間が経験をもとに行動することです。変化しない「従来通り」という選択は、すでに経験済みのため不安は小さく、反対に変化しないことによりやってくるかもしれないリスクは「未経験」ゆえにイメージすることが困難です。2つ目の理由はすでに経験したことは、過去の自分の決断によるものが多く、それを繰り返す作業は自己肯定となり精神的満足を満たします。3つ目の理由は最後に。
そもそも「変化」とは、それを本当に望まない人までも口にするので厄介です。
運び屋ではなくロジスティクスの時代
K社長の率いるS社は「ロジスティクス・カンパニー」へと大きな変化を打ち出しました。S社はドライバー仲間が共同出資して創業した「運送会社」でしたが、バブル崩壊に始まった長期の不況は荷物を運ぶだけの存在でいることを許さなくなります。荷主に積極的に提案し、売上アップを手助けするといった、いわゆる「提案型営業」が求められるようになったのです。
例えば、今回の原発事故以降続く「節電」への対策としては、飲料メーカーの工場から店舗まで、冷蔵状態で配送できるシステムを構築することで、「冷やし直し」による冷蔵庫の消費電力を抑え、店舗の節電ができるといったような提案が求められるということです。
S社は創業30年を超えてこの課題に直面しました。そこで、50才になったばかりと、創業メンバーの中でもっとも若かったKさんに白羽の矢が立ったのは、時代の変化に対応するための「若手」の起用です。「ロジスティクス」とは食糧や武器などの準備や運搬を計画的に手配することで、『ローマ人の物語』の著者である塩野七生さんによれば、古代ローマ軍は「ロジスティクス(兵站)で勝つ」と言われていました。
つまり、戦局を左右する重大な役割を担うロジスティクス(・カンパニー)になるということは、ただの「トランスポーター(運び屋)」ではないという決意を意味します。
化けの皮がはがれたホームページ
社名ロゴを一新し、名刺や封筒も新たに作り直し、ホームページも作り替えました。そのホームページを開くと導入したばかりの最新のトラックが大写しされ、「未来を運ぶ」と文字が光るフラッシュ動画の上映が始まります。自社倉庫が映しだされ、ドライバーが汗を流し、トラックへ荷物を積み込み、疾走するトラックが映しだされ「ロジスティクス・カンパニーS社」と新しい社名ロゴでフィニッシュする――それは、まるでCMのような仕上がりでした。
トップページには、ロジスティクス・カンパニーとして主力になるはずの営業部門と同列に「配送部門」「管理部門」「電算部門」がそれぞれ同じ面積で並びます。この指示はK社長によるものです。
当初のリニューアル案ではトップページに「提案営業」の成功事例が並んでいたのですが、役員会議でカンプを見たK社長が口を開きます。
「配送があってのS社。よって、配送を支える管理や電算も同列に扱うように」
過去の良き時代に飲み込まれる経営判断
管理とは倉庫の搬出搬入、トラックの配車を担当し、電算は納品伝票の発行を行う部署で、配送を加えた三位一体で運送会社の完成です。かくして、「ロジスティクス」がなおざりにされた運送会社のホームページが公開されます。
そして、ホームページだけで終わりません。提案営業の内容も配送部門が反対すれば、社長裁定で却下され、クライアントの興味を惹きつけるであろうアイデアも、管理や電算が難色を示したものは「次回の会議に持ち越し」とペンディングされます。結局、「変化0.2」となり、S社は今も運送会社のままです。
S社も「茹でカエル」でした。主要取引先からの、度重なる値下げ要求に利益率は悪化しながらも、途切れることなく仕事は発注されており、いつか景気が上向けばと夢を見ながら苦境に耐えているのです。これが、3つ目の変化が難しい理由である「記憶」です。
景気の良かった時代の記憶を反芻して思考停止してしまうのです。過去の記憶は永遠に当時のままに、我が身を慰めてくれるのですから、どれだけ「変化」を叫んだとしても、行動が伴うはずもありません。しかし、ホームページをリニューアルしたことで、「変化」した気分だけ味わって悦に浸ります。
最後に「若さ」と「変化」はイコールではありません。古代ローマの話です。当時の体制派「元老院」に認められ出世したキケロが、変化を望んだカエサルを激しく批難し、その暗殺を喜んだように、「体制」に認められた若者は体制を守る側に走り、変化を嫌うものなのです。
若くして創業者の1人に加えてもらったK社長にとって、自分を社長にまで引き上げてくれた「運送会社」はキケロにとっての元老院と同じです。ある年の年賀状では「宝船を引っ張る大黒様」という図案が社員から提案された時、「宝船をトラックに替えろ」と指示が飛ぶほどの体制派。もっとも、社員もこれにはさすがに反発しました。
「引っ張られるトラックなんて、まるで故障車です」
エンタープライズ1.0への箴言
「変化を求めるなら、過去のすべてを否定する覚悟が必要」
宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。
筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは