「ありがたみ」がある著者略歴でブランディングを

本を出版するにあたり、著者の略歴を記載するというので、当時ホームページで公開していた原稿をコピペしてメールしました。すると、編集者が文章を削りたいというので理由を尋ねると、遠回しな表現ながら「ありがたみがない」とのこと。数ミリ唇を尖らせましたが、任せて仕上がった「略歴」を見てなるほどと唸りました。そこに「ありがたみ」があったからです。

コピペした略歴は「卒業できたことが奇跡のような成績で高校を卒業し」から始まり、卒業後の職歴を面白おかしく仕上げたと自負していました。しかし、楽屋ネタのように説明不足なギャグが多く、何より私が執筆したのは「お笑い作品」ではなく、読者を笑わせる必要はありません。

一方、編集者がまとめたものは「作品」に絡む経歴だけがピックアップされており、「ありがたみ」が浮かぶ仕上がりです。そこに「宮脇睦」という著者を「ブランディング」しようという姿勢が見てとれたのです。

中小企業や零細企業でも「ブランディング」は欠かせません。なぜなら「ブランド」とは、商品やサービスの品質の代弁者であり、価格戦略や交渉を有利に運ぶカードになるからです。

「バカになれ」と叫ぶバカ

もちろん、ホームページでもブランディングは重要です。仮にあなたの会社が通信販売を行っていて実際の社屋が傾きかけたボロ屋だとしても、ホームページを訪問する客は知りません。また、加齢臭の漂う団塊オヤジがファンシーグッズを売っていたとしても、客が知ることはないでしょう。

つまり、ホームページの出来で客の印象を左右できるバーチャルな世界だからこそ、「ブランディング」が必要なのです。

K氏は「経営者よバカになれフォーラム(仮名)」を主催しています。これは若手IT関係者が集う勉強会で、ここでいうバカとは、「改革ができるのはよそ者、若者、バカ者」という田中康夫新党日本代表の長野県知事時代の発言からの引用で、日本の改革を目指す経営者集団という意味です。K氏自身は「バカ代表」として、さまざまなイベントを開催して「改革するバカ」というブランディングを目指しています。

さて、このK氏。昨年は「世界をジョークで埋め尽くそう」というコンセプトの下、ジョークグッズの販売に注力しており、一部商品は情報番組で紹介されたこともあります。この時はバカのバの字も語っておらず、「ジョーク」でのブランディングを追いかけていました。

変化という無節操

K氏の会社はホームページ制作が本業で、収益の柱は業界のツテでもらう下請け仕事です。「CMS構築」「地域SNS」「ブログ引越」と、さまざまなパッケージプランにより、会社のブランディングを狙っていたのですが、どれも鳴かず飛ばずで、というより、他社が手がけている二番煎じばかりでした。おまけに、K氏の会社は「売り」になる技術力もないので当然のことと言えば当然のことで、「ジョーク」や「バカ」によるブランディングは「非IT事業」への転換が狙いなのですが、どちらも事業として成立するほどの収益は上げていません。K氏は「ブランディング0.2」です。

K氏が会社を創立した当初は「成功を目指す若手経営者」というブランドイメージ形成に務めていました。経営者との交流を頻繁にブログで発信し、理念やビジョンを熱く語っていました。その前の個人事業主の頃は地元の商店を紹介するサイトを立ち上げ、「地域活性化プロデュサー」を名乗っていました。

さらに起業直後は、「タクシードライバーから週末起業でIT企業社長に」 と高らかに「IT企業社長」を宣言。法人化していないので、正確には社長でないことなど気にしません。

バカに至るきっかけ

K氏はタクシードライバー時代にホームページと出会って「起業」を一念発起したと言いますが、出会ったのはホームページではなくホリエモンでした。「ホームページ制作で起業してヒルズの住民になった、かつての「寵児」である堀江貴文受刑者に感化されたのです。

そこで、乗務のかたわらホームページ制作の専門学校に通い、商売をしていた父親のコネで仕事を受注し「IT企業社長」を名乗ります。同じ頃、「週末起業」のブームが訪れ、参加した勉強会で自己啓発系の「ブランディング」を学びます。自己啓発系のブランディングとは「名乗ったもの勝ち」。そして「IT企業社長」に「週末起業」が加算され、以後、次々とブランドを変え続け「バカ」に至ります。途中、何故だか「グルメ評論家」と脇道に逸れたこともありました。

K氏にブランドを育てようという気持ちはありません。そのせいか、ブランドごとに立ち上げたサイトがすべてネットで公開されたままとなっています。彼の名前で「検索」するとつらつらと「色々なK氏」に出会えることでしょう。それを時系列で辿ったのが、今回紹介した変遷です。

「ブランド」とは、信頼や信用の上に冠する称号です。思いつきや流行の尻馬に乗っているだけでは「ありがたみ」など生まれるはずのない「ブランディング0.2」です。

ちなみに、私が拙著の発売日前に、自分のホームページのプロフィールを編集者がまとめたものに差し替えたのは言うまでもありません。

エンタープライズ1.0への箴言


「ブランドを育てるには時間がかかる」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「マスコミでは言えないこと<イザ!支社>」、ツイッターのアカウントは

@miyawakiatsushi