自社の商品やサービスを「その企業ならでは」と認識してもらう企業ブランディングへの注目が集まっている。その背景には、国内外の競争激化や物価の上昇などがある。しかし、大企業と違い、中小企業がブランド戦略を打ち出すのは容易ではないとされる。こうした中で、インターネットを活用してコストを抑制しつつ、効果的なブランディングを実施する中小企業やB to B(企業間取引)企業も出始めている。本連載では、ITなどを活用してブランディングを行っている事例を紹介する。

第26回は、これまで多くの企業のネットブランディングやマーケティングを手掛けてきたZenkenの本村丹努琉(もとむら・たつる)取締役に、成功のカギを聞いた。本村氏は「ブランディングに成功している中小企業は、自社の『理念』や『使命』を明確にし、社員に伝えている」と強調する。聞き手はジャーナリストの日高広太郎。

  • Zenken株式会社 取締役 eマーケティング事業本部長 本村丹努琉氏

Zenken株式会社 取締役 eマーケティング事業本部長 本村丹努琉氏
通信機器販売やエネルギーコンサルティングなどのベンチャー企業3社で営業責任者として組織構築に従事。1人のカリスマだけに頼らない組織営業スタイルを確立し、収益増に貢献した。2009年に全研本社株式会社に入社し、ウェブマーケティングを担当する「バリューイノベーション事業部(現:グローバルニッチトップ事業部)」の立ち上げに参画。コンテンツマーケティング黎明期から、オウンドメディアを基軸としたWEBブランディングを提唱し、14年間で約8000社のインサイドセールスを構築した。

ポイント

①ブランディングに成功する企業は自社の理念や使命を明確にして社員と共有
②ブランディングはファンを増やすことが目的、持続性も大事
③インナーブランディングで社内浸透を図ることが失敗しないカギ
④「ニッチトップ」の明確化でブランディングを強化

日高:本連載では、中小企業24社のブランディングについてインタビューをしてきました。これまでの経験から、ブランディングは企業にどのように貢献すると考えていますか。

本村:ブランディングの目的は、企業や商品のイメージをユーザーに根付かせてファンになってもらうことです。それによって、ユーザーは繰り返し商品を買ってくれたり、率先して商品を紹介してくれたりします。自社の商品やサービスの特徴をターゲットユーザーに分かりやすく示して、問合せ数や販売数といった集客成果を目的とするマーケティングとは異なります。

インターネットの普及を背景に、現在はITブランディングの重要性が高まっています。WebサイトやSNSなどを駆使して商品やサービスを市場に浸透させ、「顧客をどう満足させられるのか」を明らかにしていくことが重要です。

日高:これまでのインタビューで、特に印象に残る企業ブランディングの事例はありますか。

本村:ブランディングに成功している中小企業は、自社の理念や使命を明確にし、社員に伝えていると感じます。例えば、デジタルプロダクトの受託開発を行っているビビッドソウル(東京都 文京区)は「思いやりのモノ作り」という企業理念を掲げ、顧客はもちろん社員や取引先も笑顔でいられる世界を創造することに重きを置いています。大手企業と比べてネームバリューが低い状況でも、そんな「企業理念」に引かれて、一緒に仕事をしてみたいと多くの新規取引先が開拓できているそうです。

  • ビビットソウルは「思いやりのモノづくり」という企業理念を掲げる

    ビビットソウルは「思いやりのモノづくり」という企業理念を掲げる

医療向けの遠隔画像診断サービスを提供しているワイズ・リーディング(熊本県 熊本市)は、「医療の質を守る、人の命を守る」という企業使命を明確に打ち出しています。ブランディングが社内で浸透していることから、社員は同社の仕事に携わっていることを誇りとしています。ブランディングが社員のモチベーションの向上や人材採用に良い影響があると感じました。

  • ワイズ・リーディングでは社内ブランディングが浸透している

    ワイズ・リーディングでは社内ブランディングが浸透している

日高:中小企業へのインタビューではブランディングの失敗例も聞いてきました。失敗するパターンはありますか。

本村:ブランディングの失敗例と聞いて多くの人が頭に思い浮かべるのは、大金を出して広告を出したが認知度が向上しなかった、というケースだと思います。しかし、実際にはブランディングは社内浸透がうまくいかずに失敗する例が多いと考えています。

ITを駆使してブランドイメージを社外に打ち出しても、実態が伴わなければ、消費者の信頼を損ねてしまいます。企業姿勢を明確にし、営業現場や経営サイドにそれを浸透させる仕組みづくりが重要です。

例えば、音声合成ソフトの制作などを手掛けるエーアイ(東京都 文京区)では「Next10推進室」という部署を設置。PRや営業、研究、開発など社内を巻き込み、事業開発やブランディングをしています。中小企業ではPRやIRの担当者が孤立してしまうケースも多いのですが、全社で横断的にブランディングを形成する仕組みができていることが強い推進力を生んでいるのだと思います。

  • エーアイは社内横断的なブランディングの専門部署を設置している

    エーアイは社内横断的なブランディングの専門部署を設置している

また、振動乾燥機の国内生産約8割のシェアを誇っている中央化工機は、インナーブランディングに力を入れています。当初はなかなか社内に浸透しませんでしたが、状況を打開するために経営者が自ら陣頭指揮をとったことが奏功しました。経営陣が旗振り役となってブランディング形成に取り組んだ結果、社内に参加意識が高まったそうです。

日高:Zenkenのブランディング戦略について教えてください。

本村:当社はこれまで8000社以上のコンテンツマーケティングを支援してきましたが、残念ながら全ての企業を成功に導いたわけではなく、中には、費用対効果が合わず、満足した結果を提供できなかったところもあります。

価値提供できなかった顧客には大変申し訳ない思いですが、同じ失敗を繰り返さぬよう、どのようなパターンが成功するのか徹底的に検証を繰り返しました。

そこで行きついたのが、「ニッチトップブランド」という考え方です。マーケティングやブランディングを手掛けていく上で、商品力やサービス力が高いに越したことはありません。しかし、全ての企業が明確な強みを持つわけではありません。

そうした時に必要なのは、「誰のための商品か」「誰のためのサービスか」を明確にし、その「誰」かにとってナンバーワンになるための企業努力を続けることです。それがニッチトップブランドを形成していく第一歩だと考えます。

当社は全ての企業がまずはニッチな領域でトップになるべきだと考えています。人口減少が加速しているこの国では、大量生産・大量販売のスケールビジネスは難しくなってきています。対して、特定領域におけるナンバーワン戦略は日本の得意とするところです。

100年以上続く長寿企業は世界中で約7400社ありますが、その半数である3700社ほどは日本企業で、その多くがニッチ領域におけるトッププレイヤーです。当社はこのニッチトップ企業を輩出すべく、グローバルニッチトップという考え方を広げていきたいです。

(編集協力 P&Rコンサルティング)

日高 広太郎

ジャーナリスト、広報コンサルタント

1996年慶應大学卒業後日本経済新聞社に入社。東京本社の社会部に配属。その後、小売店など企業担当、ニューヨーク留学(米経済調査機関のコンファレンス・ボードの研究員)を経て東京本社の経済部に配属。日銀の量的緩和解除に向けた政策変更や企業のM&A関連などをスクープ。シンガポール駐在を経て東京本社でデスク。2018年に東証一部上場のBtoB企業に入社し広報部長。2019年より執行役員。2022年に広報コンサルティング会社を設立し、代表に就任。クライアント企業のメディア掲載数を急増させている。ジャーナリストとしても多くの記事を執筆。