自社の商品やサービスを「その企業ならでは」と認識してもらう企業ブランディングへの注目が集まっている。その背景には、国内外の競争激化や物価の上昇などがある。しかし、大企業と違い、中小企業がブランド戦略を打ち出すのは容易ではないとされる。こうした中で、インターネットを活用してコストを抑制しつつ、効果的なブランディングを実施する中小企業やB to B(企業間取引)企業も出始めている。本連載では、ITなどを活用してブランディングを行っている事例を紹介する。
第14回は、音声合成ソフトの制作などを手掛けるエーアイを取り上げる。同社はソフトのキャラクターを生かして、ネット上とリアルの両面から企業の知名度や認知度を向上させている。 中谷友成・Next10推進室シニアマネージャーは「B to B企業のブランディングは難しいが、エーアイの次の10年の事業展開を見据えれば、マーケティングやブランディングは不可欠だ」と話す。聞き手は全研本社の本村丹努琉(もとむら・たつる)氏。
大手製造業に新卒で入社し、主に組み込み事業部門で開発者としてハードウェア / ソフトウェアをつなぐシステム開発を担当。2018年8月にエーアイに入社し、2022年度までは製品開発を率いていたが、今期より会社の次の10年を担うNext10推進室に異動。新規事業創出に向けてプロモーションから開発まで一気通貫した取り組みを推進。
ポイント
(1)企業ブランディングは自社の「信頼、安心、安定性」を知ってもらう重要な手段(2)BtoB企業は報道されづらく、長期的な視点でのブランディングも必要
(3)ファンが音声合成ソフトのキャラクターの声でネット動画を投稿し、拡散
(4)東京・高円寺の祭りや大阪の鉄道会社で、音声合成ソフトのキャラクターとのコラボも
本村:御社はAI(人工知能)を使った音声合成システム事業を手掛けています。概要や強みを教えてください。
中谷:当社が携わっている音声合成とは、パソコンなどに文章を入力すると機械が音声に変換する技術です。例えば動画投稿サイト「YouTube」や、テレビCM、電話の自動応答システム、カーナビの道案内、防災無線などの音声に使われています。現在は「ChatGPT」のような生成AIとの連携など新たな事業への進出も検討しています。
音声合成ソフトは大企業の一部門が開発していることも多いのですが、当社は専業で開発から導入支援、アフターサービスまで一気通貫で行うことが特徴です。その分、顧客企業に対して、要望に応じた柔軟なサポートを迅速かつ安定的に提供できるのが強みだと考えています。もちろん、声の再現性の高さなど開発技術にも自信があります。
本村:商品の品質はもちろん、顧客サポートでも差別化できているということですね。差別化は企業ブランディングの基本でもあります。御社にとってブランディングの意義とは何でしょうか。
中谷:当社は音声合成が主力事業ですが、最近は競合も増えてきました。無料サービスも出てきています。しかし、当社は言語の解析に強く日本語に特化していることもあり、正確性に自信があります。丁寧な顧客サポートにも定評があります。
中小企業から大手企業まで幅広く活用いただいていますが、特に中小ではIT担当者がいないケースも多く、サポートは非常に重要です。当社の場合、他社では対応しないようなソフトのインストールの仕方など基本的な操作から丁寧に対応するようにしています。顧客対応を通じてニーズを知り、開発につながることもあります。
こうしたサポート面も含めた「信頼、安心、安定性」という当社のイメージを外部の方々に知ってもらい、将来的には業績拡大にもつなげられるのが企業ブランディングだと考えています。
本村:御社の場合、丁寧な顧客対応がブランド力向上と商品開発の両方に大きく役立っているように思います。しかし、多くのB to B企業からは自社のブランディングが難しいという声を聞きます。
中谷:B to C(対個人取引)企業の場合は、広告や報道を見た人が意思決定者であることが多いと思います。例えば、シャンプーのCMを見た人がそのシャンプーを購入するといった具合です。しかし、B to B企業の場合は広告を見た人が意思決定者であることの方がまれで、直接意思決定者にブランディングやマーケティングを実施するのが難しいのが実情です。
当社の社員でもB to Cで広報担当をしていた人がいますが、その時はメディア側から取材を申し込んでくれることが多かったそうです。しかし、B to B の当社に移ってからは、残念ながらそうしたケースは無いそうです。B to Bのブランディングは短期的な成果にもつながりにくく、長期的な視点での取り組みが必要だと考えています。
本村:B to B企業にとって容易ではないブランディングですが、御社の施策で具体的な成功事例はありますか。
中谷:当社の製品でパソコンにインストールして使う「A.I.VOICE」 という商品があります。OEM(相手先ブランドによる生産)製品から発展させたキャラクターが表現力豊かな音声を再現してくれるソフトウエアです。設定したキャラクターは20弱あり、それぞれにファンがついています。特にキャラクターの一つである「琴葉 茜・葵」は、ある声優の声を基に製作したキャラクターボイスで、人気があります。
こうしたキャラクターの声を使って、ユーチューブなどに投稿された関連動画は約10万件に上っています。具体的には、キャラの声で料理のレシピなどを紹介する動画を投稿してくれています。
東京・高円寺の阿波踊りの祭りでは、「A.I.VOICE」のキャラクターのパネルを置いたり、カフェでパンやラーメンなどのコラボメニューを提供したりしてアピールしました。また、大阪の鉄道会社では社員にキャラクターのファンの方がいて、電車内のアナウンスをキャラの声にしてくれました。キャラクターが当社の企業ブランディングに果たした効果は大きかったと考えています。
本村:逆にブランディングで失敗した事例はありますか。
中谷:当社ではかつて、マーケティングや広報活動を実施するよりも、研究開発側でできたものを売っていくという傾向がありました。広報担当も他の部署との兼務だったために、十分な活動ができてはいませんでした。
しかし、次の10年を見据えた場合、マーケティングや広報は不可欠です。顧客のニーズが分からないようでは良い商品を開発できないし、良い商品を作っても多くの人に知ってもらわなければ普及しません。当社は新たに「Next10推進室」という部署を設置し、音声合成とその周辺領域の技術なども活用した事業展開を目指しています。PRや営業、研究、開発など社内を横断的に巻き込み、事業開発やブランディングの展開を目指したいと考えています。
本村:全研本社のサイトに御社の情報が掲載されています。
中谷:音声合成をビジネスに活用するという考え方は、まだ一般に十分浸透しているとはいえません。当社のWebサイトに訪れるお客様も、ある程度、能動的な音声合成の利用者に限られています。全研本社のサイトなど当社のWebサイト以外での情報発信は、これまで接点のなかった「新規のお客様」とつながるチャンスが増える利点があります。
本村:全研本社は御社のWebプロモーションを支援しています。具体的な効果はありますか。
中谷:ITブランディングの戦略立案や、基になるデータの提供に協力していただいています。支援をお願いしてから自社サイトに訪れるお客様数が月200件ほど増加しており、意義を感じています。
(編集協力 P&Rコンサルティング)