日本の林業を取り巻く環境は、近年厳しさを増している。戦後に拡大造林した木が育ち、現在は伐採時期を迎えているが、調達に大きなメリットがある輸入材原木に押されて国産木材の採算性は悪化し、森林所有者の多くは所有林経営に対する関心を失って、必要な森林管理が施されていないのだ。
こうした状況を打開すべく、農林水産省は平成23年に「森林・林業再生プラン」(以下、再生プラン)を策定し、林業の採算性向上に向けた改革に取り組んでいる。「外材に打ち勝つ国内林業の基盤を確立し、2020年までに木材自給率50%(2009年実績は28.2%)を目指す」としているが、乗り越えるべき課題は少なくない。
団地化施策の推進にiPadアプリケーションを導入
「これまで木を育てることに重点を置いてきた林業政策は、再生プランにより充実した森林資源を活かすべく、皆伐・間伐を進めて国産材を利用拡大していく方針に転換しました。そのためには、小規模な森林所有者から管理業務の委託を受け、団地化して大きな面積で一括管理し、高性能林業機械を使って集約的な作業を行うことによるコスト低減を図っていかなければなりません」と語るのは、北はりま森林組合 代表理事 組合長 池田順彦氏だ。
外材に対抗できる伐出コストを実現するには、最適なルートの林業用路網を作り、高性能林業機械を導入して効率的に伐採・搬出を行う必要がある。ところが多くの小規模所有者が入り組んだ山林では、団地化に合意を得られない所有者が1人でもいると、山全体を効率よく利用するための林業用路網を作れなくなり、結果的にコストの押し上げ要因になってしまう。
森林を効率よく管理するには50~60ヘクタールの面積を団地化する必要があるのだが、北はりま森林組合の管内では1ヘクタール未満も含め小規模の所有者が大多数を占めるため、数十人の所有者全員から団地化への合意を取り付けなければならない。
「今までは所有者に集まっていただき説明会を実施したり、あるいは個別に訪問して団地化のメリットを説明してきましたが、全員の合意を得るのは非常に時間のかかる難しい仕事でした」(池田氏)
多くの所有者から短期間に合意を取り付けるには、森林組合の職員に営業力・提案力が要求される。ところが従来の営業手法は、数十枚にもおよぶ紙の分厚い資料を使って説明するスタイルで、林業経営に関心の低い所有者になかなか団地化の意義やメリットを伝えられなかったという。
そんな森林組合の提案営業を支援する目的で、岐阜市のシステム開発会社インフォファームは団地化施業のメリットを写真や動画、グラフなどを使って効果的に説明できるiPadアプリケーション「スピリット・オブ・フォレスター」を開発した。北はりま森林組合は、さっそくこれを導入し、合意率の向上、合意までの期間短縮に大きな成果を上げているという。
スピリット・オブ・フォレスターによる提案画面。森林の現状を地図や写真、データで分かりやすく表示している(左)。利用間伐の提案をする画面(右)では、グラフ部分を指でスライドさせるだけで間伐率を変更した提案を行える |
写真や動画を駆使した営業スタイルにより、合意までの時間を短縮
兵庫県多可郡在住の森本氏は、実際にiPadによる説明を受けた印象を次のように語る。
「北はりま森林組合からの提案内容は、iPadによる写真や動画を使った説明だったので、よく理解できました。山のどこに道を作ったら伐採した木を運びやすいか、伐採・搬出に使う機械は軽トラックの通れる程度の道幅で十分だということも分かりました。広い道を作るために木をたくさん伐採して山を荒らされるのではないか、という不安を持っていましたが、iPadで写真や動画を使って機械の動きを見せてもらうと、山を傷めるのは最小限に済むと分かり安心しました」(森本氏)
所有する山の近隣に住む森本氏でも、山に入って木の状態を見に行く機会は年に1回もないという。ましてや近年、増加傾向にある不在地主ともなれば山の現状はほとんど把握しておらず、そもそも林業についての知識もないのが普通だという。そうした所有者に対し、森林組合の職員が現地調査をして撮影した写真をiPadで見せ、山がどれだけ荒れているのかを伝える。そして、どのような施業を行えば山を健全な状態に戻せるのか、施業前と後の比較写真なども駆使して説明していく。
「今回、私どもに提案いただいた個所は、既存の路網に新たな路網を追加するだけで、機材を搬入して伐採から搬出まで作業を行えることを、iPadの説明だけで十分理解できました。現地に行かなくてもどんな施業をするのか分かるのはとても助かります」(森本氏)
実際に提案を担当した北はりま森林組合 造林課 係長 金高健作氏によると、以前の紙ベースでの説明では森林所有者は施業の具体的なイメージが湧きにくく、その作業にどんな意味があるのかを、なかなか理解してもらえなかったという。
「iPadを使った説明では、現状の写真をお見せして、『木々の枝同士がつかえている状態です。光が差し込まず、草や柴が生えていない状況なので雨が降ると土が流れてしまいます。また過去10年くらい森林管理が行われておらず、立ち枯れを起こしています。今回の施業を行うと、混み合った木を間伐することにより、健全な森林になっていきます』などと、具体的に説明できます。山の現況写真や機械の動作を動画で見てもらうことで、納得していただきやすくなりました」(金高氏)
スピリット・オブ・フォレスターを提案営業に使うメリットは、所有者の自宅に居ながらにして、伐採する木の割合を自由に変化させ、それに応じた売却金額の変動を何度でもシミュレーションできる点だ。例えば、混み合った森林を間引いて健全な森林にするための間伐を実施する場合、伐採した木は適度な長さに玉切りにして木材市場で売却する。この施業で所有者に返せる損益金額をiPadで逐一計算できるのだ。もし金額が所有者の意に沿わなければ、伐採する木の量や、種類(太い木か細い木かなど)の割合をiPad上のスライダーで変更すれば、直ちにその変更を反映した金額に更新される。
「間伐率を何%にするとどれくらいのお金になるか、どれくらい太い木を切るか、自分でスライダーを操作してシミュレーションすると納得感があります」(森本氏)
以前は1つの提案しか提示しなかったので、所有者から提案内容の変更を依頼されるたびに資料作成をやり直し、あらためて所有者に面会日を設定してもらう必要があった。iPadならその場で何度でも提案内容を変更できるので、1回の面談で合意まで進めるようになったという。
森林施業プランナーの育成にも効果
森林・林業再生プランでは、「林業経営の推進に必要な技術および知識を持った人材の育成」を重要課題と位置付け、森林組合の森林施業プランナー(以下、プランナー)による提案型集約化施業を推進するとしている。しかし現状では、団地化施策を提案できるプランナーの絶対数は不足している。iPadとスピリット・オブ・フォレスターは、こうした人材不足を解決するためのツールとして、とても大きな効果があると、北はりま森林組合のプランナー 藤田和則氏は語る。
「従来のプランナー業務は、分厚いバインダーに収納するほど大量の提案資料を作成するところから始まりました。まずは山全体をくまなく歩いて、写真撮影やプロット調査(一定面積内の立木の本数、胸高直径、樹高、傾斜角などを測定すること)、境界の確認などを行い現況を紙資料としてまとめます。次に伐採した木の搬出道のルートを設計し、施業の結果で所有者さまにお返しできる金額の見積書を作成して、ようやく提案に移ります。ところが所有者に会える日が限られていて、提案金額に納得してもらえなければ提案書の作り直しが発生し、通常では調査開始から契約までざっと1カ月はかかっていました」(藤田氏)
これに対してiPadとスピリット・オブ・フォレスターを使った場合は、iPadを持って山に入り、iPadのカメラを使って現況写真を撮影。木の本数や生育状況といったデータもその場でiPadに入力していける。スピリット・オブ・フォレスターにはあらかじめ提案に必要な書類のひな型が組み込まれているので、必要な写真やデータを取り込むだけで簡単に提案書が完成するのだ。
「標準的な山の状況であれば、現地調査から資料作成まで30分もかかりません。早ければ現地調査の翌日に所有者さまを訪問して、その日のうちに契約をもらえるようになりました。以前は紙ベースの資料作成から契約までと比べ、iPadになって期間も労力も1/5に短縮された感覚です。しかも成約率はこれまで100%、iPadで提案してから断られたことは一度もありません」(藤田氏)
同組合の実際の活用方法は、以下の動画の通りだ。
従来の書類作成は現地に行って、写真を撮影しプロット調査をするなど、足で稼いで作るものばかりだった。若手にプランナー業務を教える場合にも、いきなり煩雑な書類作成を任せると相当の負荷になる。また森林組合の職員は営業ノウハウを学んだ者はいないので、大量の紙資料を駆使して所有者を納得させる営業トークは望むべくもない。
「スピリット・オブ・フォレスターは資料作成のノウハウが組み込まれているので、経験の少ない職員でも手順に沿って作業していけば簡単に提案資料を作成できます。またiPadで写真や映像を見せながらの提案では、所有者さまと自然な会話ができるようになり、口下手な我々でもしっかり相手に提案内容を伝えられます」(藤田氏)
高齢化や代替わりによって森林所有者の林業に対する関心が低下していく中、森林組合には時代の変化に対応した提案力が強く求められている。紙ベースの資料で毎回違う提案を持ってくる従来型の営業スタイルを改め、山林の状況をデータ化して管理した上でビジュアルな提案を行う北はりま森林組合のような取り組みが全国に広がれば、林業再生に大きな効果をもたらすだろう。
「プランナーとしてiPadを使うようになって嬉しかったのは、『こうした先進的なツールを使いこなす森林組合が自分たちの山を守ってくれていて安心します』と地域の人から言ってもらえたことです」(藤田氏)