OTC医薬品(一般用医薬品)の「チョコラBB」や「セルベール」で一般にも広く知られているエーザイは、医療用医薬品の現場にもいち早くiPadを導入。現在ではオンラインストレージサービス「PrimeDrive」なども活用し、全MR(医薬情報担当者)がiPadで質の高い提案を行っている。

昭和16年創業のエーザイは企業理念であるヒューマン・ヘルスケアのもと、アルツハイマー型認知症治療剤「アリセプト」やプロトンポンプ阻害剤「パリエット」、抗がん剤「ハラヴェン」などの医療用医薬品事業を主体とする研究開発型のグローバル製薬企業である。

東京都文京区にあるエーザイ本社

製薬業界において、2011年2月にiPadをいち早く導入したエーザイでは、既にiPadを使った提案スタイルが確立されている。

事業戦略部 総合戦略室ICTマネジメント担当 担当課長 開發寛氏

「医師と話をするMRの営業は、攻めと守りのスタイルで臨んでいます。攻めは、新製品のプロモーション。守りは、尋ねられたことに即座に答えられるよう、添付文書をはじめとする製品関連、学術資料などを持ち歩くことによる情報武装。このどちらにも、iPadは不可欠です」と語るのは、同社 事業戦略部 総合戦略室ICTマネジメント担当 担当課長の開發寛氏だ。

同社ではiPad導入当初から、PDFなどを一斉配信できるソリューション「Handbook」を利用している。管理者側で一括して資料の差し替えができるので、短期間で随時更新される製品関連資料の配付に最適だ。医師からの質問に、常に最新の資料を用いて回答できるようになり、「資料がいま手元にない……」といった機会損失もなくなった。

約1,400人のMRのほか、MRを学術的に支援する学術担当者など、あわせて1,900台のiPadがエーザイでは運用中だ。

「攻め」の提案強化のため、オンラインストレージサービス「PrimeDrive」を導入

製薬会社が扱う情報には機密性の高いデータも含まれるため、システムセキュリティ上の厳しい規制がある。PCへのソフトのインストールが許可されていないため、iTunesも使用できない。そのため提案したい資料をiPadへ格納するには、iTunesで同期する代替としてPCからのメールに添付して送付、そのメールをiPadで開いてファイルを保存していた。しかし、容量の大きな資料はメールに添付できなかったため、確実にiPadへファイルを格納する手段を模索していた。

システム企画部 辻弘太郎氏

そこで同社が導入したのが、法人向けオンラインストレージサービス「PrimeDrive」。ほかのサービスと比較して、ID単位ではなく、全体容量での料金体系である点が決め手となった。

システム企画部の辻弘太郎氏は「弊社では約1,400人のMRの人数分だけIDを発行する必要があるため、IDごとの契約となると費用がかさんでしまいます。ですので、全体容量に対して金額設定されていたPrimeDriveは、弊社の運用方法にマッチしました」と、導入の経緯を話す。

また、システム企画部 課長の秋山嘉保氏はセキュリティ面での効果を次のように説明する。

「PrimeDriveは保存されているデータに対して有効期限を設定することが可能です。設定した期限を越えたものをiPadから自動的に削除でき、『端末にデータを残さない』運用が可能になりました」

システム企画部 課長 秋山嘉保氏

PrimeDriveでは、柔軟なセキュリティ設定ができる。サーバ上に資料をアップロードすると、その資料を送付するための「送付キー」と呼ばれるURLが発行される。このURLをメールで送れば、MR全員への資料送付が可能だ。この際、送付キーにパスワードを設定し、ダウンロードの期限や回数も設定できる。こうしてセキュアに、大容量の資料をiPadへ送ることができるようになった。

主に新製品のプロモーション資料が、PrimeDriveを使ってPCからiPadへと送られる。製品の説明資料では、必ず薬の効果のほか副作用についても説明しなければならない。こうした性質の資料のため、MR個人がその一部を削除したり、加工することは一切禁止されているという。可能なのは、資料にアジェンダを付けることと、資料の順番を入れ替えることのみだ。

「医師の専門性に合わせて、理解してもらいやすいよう資料の順番を入れ替えることはよくあります。この作業をPCで行ったあと、PrimeDriveを使ってスムーズにiPadに資料を送れるようになったおかげで、提案の質はぐっと上がりました」(開發氏)

現場のアイディアを全社展開し、全MRがiPadをフル活用

製薬業界ではiPadを使った営業スタイルが定着しつつあるが、社内でのiPadの活用率は個人によって差が出るものだ。せっかく導入するからにはMR全員にその便利さを知ってほしいという考えから、エーザイでは1つの取り組みが行われた。

「弊社には13の支店があります。そのうち1つの支店のiPad活用率が非常に高いことが分かりました。そこで理由を聞いたところ、社内で年間何度も行われるMRの試験を実施する際、試験範囲資料をPrimeDriveで配付しているとのこと。これはいいと思い、すぐにこの方法をほかの支店へ展開しました。本社が考えた施策を強制するより、こうした現場の試行錯誤でうまくいった試みを横展開することで、活用度が深まっていくと実感しました」(開發氏)

試験に関する資料をPrimeDriveで展開することにより、紙での配付と比較して印刷や持ち運びの手間が省けた。それだけでなく、iPadからの参照が進んで行われるようになったため、その利用促進にもPrimeDriveが役立ったのだ。

正確で迅速な情報共有を実現、ペーパーレスによるコスト削減効果も

「新たに参入したがん領域においても、医師に対して他社に劣らない情報提供ができているのは、HandbookやPrimeDriveを駆使してiPadを活用しているおかげです」と、開發氏はその効果を実感している。

Handbookを通じて、更新された製品関連資料をいち早く配付できるようになり、情報共有のスピードが格段に上がった。また紙の資料と違ってiPad上で確実に更新されるため、情報の正確性も担保されている。そしてPrimeDriveを活用したことで、より多くの資料を手軽にiPadへ格納し、機会を逃さず医師の専門性に応じた質の高い提案ができている。

薬が安全かつ適切に患者へ投与され、患者のベネフィットを上げることを目標に掲げている同社では、iPadがここに寄与していることを高く評価している。

また、製品関連試料やMRの試験範囲を紙で配付していたときと比較して、紙や印刷代にかかるコストが大幅に削減された。特に製品関連資料は更新頻度が高いため、その都度印刷していた手間や費用がなくなったコスト削減効果は大きい。こうして同社では、ペーパーレス化も実現している。

説明するだけの使い方から、コミュニケーションツールへ昇華

導入時から今までは、「説明するツール」として使われてきたiPad。「今後は提案の質向上やインパクトを与えるだけでなく、コミュニケーションツールとして活用したいと思っています」と、開發氏は今後の展望を語る。

医師の知りたいことと、MRの説明したい内容が同じ場合もあるが、ギャップが存在するときもある。医師のニーズに応えた提案をするには、一方的に説明するだけでは納得してもらえない。

「ギャップを埋め、医師の理解を得るには、新製品のプロモーションも行いながら、医師の質問にも的確に回答できなければなりません。iPadは、そんな双方向のコミュニケーションを実現できるツールになると思います」(開發氏)。

こうした医師とのコミュニケーションを図るうえで必要な情報をより多く身につけておくこと、それを実現するツールがPrimeDriveとiPadなのである。