「BJTビジネス日本語能力テスト」の中止は公式サイトで告知されている |
このほど日本漢字能力検定協会は、「BJTビジネス日本語能力テスト」(以下、BJT)を今年度限りで中止することを発表した。BJTは、日本語コミュニケーション能力を評価する外国人向けの試験で、その名の通りビジネスという観点では、国際交流基金と財団法人日本国際教育支援協会が主催するもう1つの「日本語能力試験」(以下、JLPT)に比べて実用性が高い。今回はBJT中止に関する筆者の考えをお伝えしたい。
明確な指針を打ち出しているBJTは新鮮だった
BJTは1996年からジェトロ(日本貿易振興機構)によって事業がスタート。2008年度をもってジェトロとしての事業は終了し、以降は事業の主体が漢検に移管されている。
筆者は昨年の4月、大連にある森ビル19階でエレベータを降りた際、ジェトロの関係者から大連におけるBJTビジネス日本語能力テストの話を伺う機会があった。
「この試験(BJT)はIT技術者には難し過ぎるのでは?」「ここまでの日本語能力が技術者に必要か?」「技術者同士のコミュニケーションレベルで十分ではないか?」……話を伺いながらあれこれ考えていた。しかし、JLPTに疑問を感じていた筆者にとって、日本語学習者の目指すべき方向性、指針を打ち出しているという点でBJTは新鮮であった。
筆者は、BJTをインドのチェンナイでも実施したいと考えた。チェンナイなら試験の実施主体を作るのは難しくない。当社の提携先であり、インド子会社の事務所の大家でもあるAOTS同窓会(日本で研修を受けて帰国した研修生が世界各地で組織しているNGO)がすでに日本語能力試験を当地で実施していたからだ。この同窓会のルートを使えばインドの他の街でも……と思ったわけだが、すでに遅かった。
もう1つの日本語能力試験「JLPT」の問題点
日本語教育の専門家からすれば門外漢の戯言に映るかもしれないが、ご容赦を。
JLPTは、現在では世界54ヵ国で実施され、昨年の受験者数が約77万人という最も受験者の多い日本語試験である。留学や在留許可などの判断材料ともなり、事実上の国家資格ともいえる。
JLPTの最大の問題は、受験者が多くなり過ぎて試験の目的が不明確になっていることである。だから、試験結果を利用する側が判断を間違ってしまう。
日本への留学を目標とした試験と考えるのであれば、JLPTは非常に明快である。しかし、この試験に合格したことによって、「日本の企業で働ける日本語力を有する」と判断するのは大間違いである。
多くの中国IT企業では、JLPTの日本語2級合格を目標とした教育を行っている。この2級に合格するのは大変であるが、実際には日本語で書かれた仕様書をもとにプログラミングが出来るレベルである。決して「日系企業で働けるような日本語力」を示すわけではない。
現地の日本語講師は、当然1級合格者である。しかし、現実には大学の先生を除き、日本語でコミュニケーションが取れる日本語講師は非常に少ない。筆者がある企業を訪問した時は、筆者と「通訳」との会話が成り立たず、その会社の経理担当者に通訳をしてもらうということがあった。
教える方がこんなレベルだから、学ぶ方が勘違いするのも仕方がない。「2級に合格すれば給料が上がる」……となってしまう。それどころか、「2級に合格したから日本でも働ける」となり、「2級に合格すること」が日本語学習の目標となってしまっている状況だ。
試験そのものにも問題がある。同じ試験を世界で実施し、同じ基準で判定しているにもかかわらず、合格者の日本語レベルがまったく違う。
筆者はインドでJLPT2級の試験会場を見学したが、受験生は各企業の通訳・翻訳担当者である。つまり日本語のプロである。筆者から見れば、インド人の3級合格者の方が中国人の1級合格者より日本語コミュニケーションレベルは上だ。しかし、インド人のJLPT3級合格者は、日本語でソフトウェアの仕様書を書けない。
BJTが目指そうとしたもの
BJTはビジネス面での日本語コミュニケーション能力を評価する試験。ジェトロが生みの親となっていることからもわかるように、「日本企業が外国人を現地で採用する時の基準」となることを目指したもので、この点でJLPTとは大きくスタンスが異なる。ビジネスのさまざまな場面を題材とし、そこでの課題に対して適切なコミュニケーションを行える能力を測定する。
試験は800点満点であり、評価は(低い方から)「J5」~「J1+」までの6段階に分けられる。JLPT1級でもBJTではJ2相当となり、BJTではJLPT1級より上位のレベルを測定出来る。
BJT民営化による破綻
BJTは昨年度から民営化され、入札により漢検が事業を買い取った。しかし、BJTはビジネス日本語に特化した内容であり、JLPTのように幅広い日本語学習希望者を対象にしているわけではないため、受験者数はJLPTと比較しようがない。昨年度の受験志願者数は7,000人弱である。また、日本企業の進出を前提としているため、日本以外では圧倒的に中国での受験者数が多く、まだまだ世界に浸透しているわけではない。そのため毎年、政府から数千万円の補助金を得て実施されていた。
そのような状況で民営化され、すぐに黒字化出来るはずはないと思うのだが、1年間の赤字で漢検は中止を決めてしまった。無責任極まりない話だが、漢検は「前執行部が原資の状況を確認しないまま買い取った」とまで言い出す始末である。
漢検が言う「赤字理由」は本当か?
BJTが漢検に移管される直前、昨年2月に漢検はインドを訪問する予定であった。インドでのBJT拡大を期待していたのであろう。筆者もこの件に関してチェンナイで対応する予定であった。
しかし、直前になって漢検のインド訪問はキャンセルされた。例の日本漢字能力検定での「儲けすぎ」事件のためである。
当時は「延期」との話だったが、その後漢検は混乱し、最終的には執行部が一新された。それは良いのだが、(筆者が知らないだけの話かもしれないが)以降は「インド訪問」の話を聞かない。
そして今回のBJT中止である。しかも報道によれば、今回の中止は「今年春の理事会で決定した」とのことである。現在の執行部は最初からBJT撤退を考えていたとしか思えない。
BJTは誰のものか
BJTは漢検がジェトロから買い取った。だから漢検のものなのか? だからといって漢検が中止を決めても良いものなのか? そもそもBJTの原資は税金である。そして、日本の経済界と日本語学習者が期待したものである。漢検が勝手に中止できるものではない。
BJTは多くの関係者の努力で生まれ、小さいながらも育とうとしている。里子に出した子供を路頭に迷わすわけにはいかない。早急な再開をお願いしたい。
著者紹介
竹田孝治 (Koji Takeda)
エターナル・テクノロジーズ(ET)社社長。日本システムウエア(NSW)にてソフトウェア開発業務に従事。1996年にインドオフショア開発と日本で初となる自社社員に対するインド研修を立ち上げる。2004年、ET社設立。グローバル人材育成のためのインド研修をメイン事業とする。2006年、インドに子会社を設立。日本、インド、中国の技術者を結び付けることを目指す。独自コラム「[(続)インド・中国IT見聞録]」も掲載中。