前回は、経理財務DX(デジタルトランスフォーメーション)を本格的に進めるには決算業務の変革が必要であることと、その課題解決のポイントについて解説しました。そして、欧米企業ではそうした決算業務の課題を解決するために“決算プラットフォーム”を活用していることを紹介しました。
最終回となる今回は、この決算プラットフォームを活用しながら経理財務DXに取り組んでいる日本企業の事例を交えながら、変革を推進するステップについて解説します。
決算プラットフォームの特徴
初めに、決算プラットフォームについて簡単に紹介します。決算プラットフォームがカバーする領域のイメージは下図の通りで、ERPや従来の会計システムではカバーできていない決算処理や監査対応での手作業をデジタル化するもので、ERPや会計システムと組み合わせて使用します。
BlackLineが提供している決算プラットフォームでは、決算業務をデジタル化するために、「タスク管理」「勘定照合」「仕訳入力」「差異分析」といった機能を提供しています。
変革のステップ:“Small Start, Quick Win, & Big Picture”
当社は変革の最善手として、“Small Start, Quick Win, & Big Picture”を提唱しています。これは、目指す姿(最終ゴール)を明確にした上で、小さく始めて早期に成功を体験し、その小さな成功を積み上げながら、ステップバイステップで着実にゴールを目指すという意味になります。そのステップをイメージで表すと下図のようになります。
最初に着手するのが、決算業務の可視化と関連情報の一元化(1st Step)です。
決算プロセスが、関係者全員がアクセスできるプラットフォーム上に定義されることで、他の担当者のタスクも含む進捗状況がリアルタイムに共有され、標準化を進める基盤も同時に整備されます。その後、システムに対する理解や習熟度を高めながら業務の標準化を進め、自動化のステップ(2nd Step)に取り掛かります。
自動化がある程度進んだ頃には、経理財務部門にシステムの導入や設定変更のナレッジやノウハウも蓄積され、その後のグループ会社への展開(3rd Step)はユーザーである企業主導で行うことができます。なお、決算以外の業務への適用では、新しいスキルが必要になる場合があるので、外部専門家のサポートを受けることが一般的です。
上図の導入ステップ以外にも、グループ全体での可視性の向上と内部統制の強化を早期に実現するために、可視化・一元化を終えた段階でグループ会社に展開するケースもあります。
いずれの形にせよ、BlackLineを活用するほとんどの企業が部分的な導入からスタートしてメリットを早期に享受し、利用範囲(業務範囲、利用部門/会社、導入モジュール)を広げながら、ステップバイステップでより大きな成果を得るという進め方に変わりありません。部分的とはいえ、新システムのメリットを早期に享受することで、システム導入の成果を早い段階で社内にアピールできますし、プロジェクトメンバーのモチベーションの維持高揚につながります。
大手消費財メーカーの取り組み
それでは、BlackLineをスモールスタートで導入した大手消費財メーカーの取り組みを紹介しましょう。
A社の経理財務部門では、EVAやSAP ERP導入、IFRS適用等を積極的に続けてきた一方で、決算業務や請求書払いなどには手作業や紙での処理が多く残されていました。コロナ禍でテレワークの推進も急務となり、決算業務のデジタル化のためにBlackLineの導入を決定しました。
A社はSmall Start & Quick Win を掲げ、導入プロジェクトを2つのフェーズに分けて以下の概要で進めました。
第1フェーズ:本社の決算業務の可視化と一元化、一部業務の自動化
A社で決算に関わる担当者は80名以上いますが、まずはユーザー数を30名に絞り、プロジェクト期間を約3カ月に定めて実施しました。
第2フェーズ:導入モジュールの追加による自動化の対象業務拡大とグループ会社への展開
第2フェーズのプロジェクト期間は約6カ月でした。ここまでの導入プロジェクトで、経理財務部門の在宅率は90%を達成し、押印をなくしたことで紙印刷をすべて削減しました。現在はグローバルへの横展開を見据え、さらなる効率化とガバナンスの強化に力を入れていく計画を進めています。
A社で数多くの経理関連システムの導入に携わってきたプロジェクトリーダーは、Small Start & Quick Win の重要性について次のようにコメントしています。
「これまで数多くのプロジェクトに関わってきましたが、プロジェクトを成功させるには、参加するメンバーが高い視座を持ち、期日を設けて取り組むことが大切だと思います。今回のプロジェクトでも、第1フェーズは3カ月という期間を設けて導入しました。まずやってみて評価し、改善して計画しまた実行する。このDCAPサイクルを回すことが大切だと、あらためて実感しています」
経理財務DXにおける決算プラットフォームの役割
下の図は経理財務の現状と目指すべき姿を図で表したものです。左が現在の経理財務部門の姿で、右側が目指すべき姿です。経理財務に期待されている新たな役割を果たすためには、右側の逆三角形の形に姿を変えることが必要なのです。そして、経理財務部門の姿を左の現状から、右側の目指すべき姿に変えるのが経理財務DXのゴールです。
組織(人)という点では、ビジネスパートナーに必要なスキルと経験が求められ、スペシャリストとして専門性を強化するためのスキルや経験が求められます。
システム(データ)という点においては、より早く、よりリアルな経営情報を収集するためシステムの整備が必要です。グループ企業であれば、各社の会計データを標準化するためにシステムだけではなく、ルールの整備も必要です。
しかし、多くの経理財務部門が、左の三角形のように決算や開示などの数字をまとめる仕事、いわゆるスコアキーパー的な業務に多くの時間を費やしており、経理財務DXを本格的に推進する余裕がありません。
経理財務DXにおける決算プラットフォームの役割は、このスコアキーパー的な業務をデジタル化によって極限まで効率化することで、経理財務部門が本格的にDXに取り組み、ビジネスパートナーやスペシャリストとしての機能を高めるための余力(時間)を創出することにあります。
また、先に紹介した大手消費財メーカーのように、経理財務DXの取り組みを進める中、決算プラットフォームによって部分的にでも早期に変革の成果を享受し、小さな成功体験を重ねることは、メンバーのモチベーションの維持高揚と社内へのアピールという点で経理財務DXプロジェクトを推進させるエンジンとなります。
今、ビジネスの世界では“人的資本経営”が注目されています。経済産業省によれば、人的資本経営とは“人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方”と定義されています。
決算プラットフォームは、経理財務の人材をERPの周辺にある“手作業”から解放し、経理人材が持つスキルとポテンシャルを最大限引き出すための時間や余力を創出する、言い換えれば、経理財務部門における人的資本経営の実践の第一歩でもあるのです。
年々厳しさを増す企業経営を支える存在として、経理財務部門への要求は今後も高まり続けることが予想されます。決算プラットフォームなどのデジタルテクノロジーを活用しながら、期待される役割を果たすことのできる経理財務部門へと、一歩ずつ業務改革を進めていきましょう。