ソフトバンクは2025年2月21日、東京科学大学(旧・東京工業大学)と研究を進めている「システム間連携与干渉キャンセラー」の屋外実証実験に成功したと発表しています。→過去の「ネットワーク進化論 - モバイルとブロードバンドでビジネス変革」の回はこちらを参照。
これは5Gのネットワーク整備で大きな問題となっている、3.7GHz帯における衛星通信との干渉の問題を解消する研究として注目されていますが、技術を確立しただけでは問題解決が難しい、電波の「一次利用」と「二次利用」の壁もあるようです。
3.7GHz帯の衛星干渉影響を50キロメートルから1.5キロメートルに低減
国内でも5Gが主流のモバイルネットワークとして普及が進みつつありますが、その5Gのサービス開始以降、ネットワーク整備で非常に大きな課題となっていたのが3.7GHz帯の衛星通信との緩衝です。
携帯4社に割り当てられている3.7GHz帯は、帯域幅が100MHzと非常に広く5Gらしい高速大容量通信ができる「サブ6」と呼ばれる周波数帯の1つです。
一方で、この周波数帯は衛星通信と一部が重複しており、衛星と地上とで通信する「地球局」の周辺では、衛星通信が電波干渉で通信できなくなるのを避けるため、ルール上100キロメートル以上距離を離し、基地局からの電波出力も大幅に弱めることが求められていました。
その後、距離の条件が50キロメートルに緩和されたことで影響は小さくなり、最も影響が大きいとされてきた首都圏でも2024年以降、ようやく3.7GHz帯を本格活用できるようになっています。
それでもなお、地球局から50キロメートル離れているところは3.7GHz帯を有効活用することができず、地球局のある茨城県や山口県などではその影響が大きいとされています。
そうしたことから、ソフトバンクと東京科学大学は5G基地局からの電波と、衛星からの電波の干渉を抑える「システム間連携与干渉キャンセラー」の研究を進めてきました。これは地球局と5G基地局のシステムが連携することで干渉を抑える仕組み。この研究自体は2023年10月に発表(「次世代移動通信システム「5G」とは」第106回参照)されており、当時はまだ屋内での実験にとどまり、電波も有線のケーブルを通じて送る形が取られていました。
それからおよそ2年が経過した2025年2月21日に両者は屋外で実際に電波を射出しての実証実験に成功したことを明らかにしており、同日には報道陣にその様子が公開されています。
実証は東京科学大学のグランドで行い、グランドの端にある建物に衛星と5G基地局を模したアンテナを設置。3.3GHz帯の周波数を用いて電波を双方から射出し、その反対側に設置された、地球局を模したアンテナでそれを受信します。
他方、5G基地局から分岐した信号を光ファイバー経由で地球局に送信。それを用いて衛星と5Gの信号で干渉が起きている電波から衛星の信号だけを取り出し、正常に通信ができている様子が示されていました。
そのほかにも両者で2年間のうちに技術改良を進めたことにより、このシステムを導入すれば5G基地局と地球局との距離を1.5キロメートルにまで近づけても通信ができる性能を実現したとしています。
それゆえ、将来的にこのシステムが導入されれば50キロメートル以上距離を離すことが求められている現状と比べ、距離を大幅に近づけられることで多くの場所に3.7GHz帯の基地局を設置できるものと考えられます。
後発だが需要が大きい携帯電話が抱える二次利用問題
両者は実フィールドでの無線通信による実証に成功したことから、システム間連携与干渉キャンセラーは実用化に大きく前進したといえるでしょう。ただ、技術が確立されたからといって、システムの導入が進むかというと、それはまったく別の話となるようです。
理由は衛星通信事業者側の事情にあります。確かにこの技術は、携帯電話会社側からすると3.7GHz帯の有効活用につながる非常に大きなメリットのあるものですが、衛星通信事業者からするとシステム導入に手間とコストがかかるにもかかわらず、提供できるサービスは変わらないので得られるメリットは何一つありません。
加えて、3.7GHz帯が先に割り当てられているのは衛星通信事業者側であり、後発の事業者の都合で環境を変えられたくないというのが本音でしょう。それ故に技術が確立しても、衛星通信事業者の側がシステム導入を拒めば導入自体が進まず、問題解決には至らないのです。
そして、携帯電話事業者はここ最近、先に電波が割り当てられた事業者による「一次利用」がある周波数帯を割り当てられ「二次利用」するケースが増えています。3.7GHz帯もその1つではありますが、より明確に二次利用が求められているのが、2023年にKDDIに割り当てられた2.3GHz帯です。
この周波数帯は元々放送用のFPU(無線中継伝送装置)が先に使用していることから、放送事業者がFPUを使っていない場所と時間帯だけ利用してよいという、二次利用を前提とした割り当てがなされています。
そのため、KDDIは2.3GHz帯の運用にあたり、放送事業者が電波を使用する時間と場所をデータベースに登録し、それをもとにシステムが自動で電波を止める「ダイナミック周波数共用」という仕組みを導入しています。
なぜ二次利用が増えているのかといえば、1つに携帯電話が電波を使用するシステムとして後発の存在であること、そして無線通信で利用しやすい周波数帯には限りがあることが挙げられます。
とりわけ携帯電話が用いているプラチナバンドやサブ6などの周波数帯は、電波の中でも遠くに飛びやすく利用しやすい周波数帯なので、携帯電話より先に放送や業務用無線、衛星通信などさまざまな用途で使われていることが多いのです。
こうしたことから、システムとして後発の携帯電話が電波を使用する際には、従来既存の無線システムを別の周波数帯に移行する措置が取られていたのですが、それでは割り当てに時間がかかってしまいます。そこで最近では既存システムとある程度共用できることを条件として、携帯電話向けにスピーディーに周波数割り当てをするケースが増えているのです。
とはいえ、優先されるのはすでにシステムが動いている一次利用側なので、二次利用の携帯電話会社がそれに合わせることが求められ、ニーズが大きいにもかかわらず不便を強いられるなど、両者には“壁”が存在するのも確かです。
それ故、東京科学大学工学部 藤井・太田研究室の藤井輝也氏は、今回の技術によって衛星通信事業者と交渉のテーブルに着くことを目指し、一次利用と二次利用の壁を取り払うたたき台にしたいと話しています。
一方で、利害のある事業者同士の話し合いだけでは解決が難しいことも考えられることから、行政、ひいては電波を管理する総務省が動く必要があるとの見解も示していました。
とりわけ今回の研究は、情報通信研究機構(NICT)の委託研究課題として採択された研究の一環でもあるだけに、国が音頭を取って有効な技術の導入や活用を進めることも期待される所ではないでしょうか。