欧州委員会(EC)は4月14日(ベルギー時間)、英国政府に対し、欧州のプライバシー保護指令「ePrivacy Directive」などの欧州連合(EU)法に遵守していないとして、欧州司法裁判所(ECJ)に提訴する可能性を明らかにした。問題となっているのは、英Phormが提供するオンライン広告技術の利用に関する同国の対応だ。

Phormは、インターネットユーザーのオンラインでの行動をスキャンすることで、ターゲット広告を配信するオンライン広告技術サービス事業者。ディープパケットインスペクション(DPI)技術を利用した「webwise」といわれる同社のサービスを利用することで、ISPはユーザーの好みをカテゴリ別に分類し、それに合う広告を打てる。Phorm側は、収集するデータはあくまでも匿名である点を強調しているが、Wikipediaによると、Phormの前身である121Mediaが提供していた技術はスパイウェアと分類されていたとのことだ。

Phorm導入を検討するISP側には、インターネット広告市場を米Googleなどインターネットサービスに独占されているという現状がある。自社のターゲットオンライン広告技術を取り入れることで、ISPのオンライン広告事業拡大を支援するというのがPhormの売りだ。

このPhormが問題になっているのは、英国のISPにおけるPhorm技術の実装だ。Phormは英国最大手のISPであるBT、それにVirgin Mediaなどとの提携を明らかにしているが、このうちBTは2006年と2007年、2回にわたってPhormのトライアルを行った。この際、ユーザーに明確に通知しなかったという。

これを知らされたBTユーザーは、プライバシー保護団体の呼びかけもあり、英国政府に苦情を出した。だが、英国政府は詳細な調査を行わなかったようだ。たとえば2008年9月、市民の苦情を受けてBTへの調査を開始していたロンドン市警は、「犯罪的意図がみられない」という理由から調査を打ち切っている。同時期、BTは3回目となるトライアルを、今度はユーザーの合意の下に行った。

EUのデータ保護指令では、ユーザーの明確な合意なしに通信傍受や監視を行うことを禁じている(加盟国はEU指令を自国法に取り入れなければならない)。そこで介入を開始したECは2008年より過去数回、英国政府に対し、PhormとBTのトライアルに関する調査結果の詳細や説明を求めた。だが、英国政府は適切な形でECの要求に応じなかったという。ECは発表資料で、「通信の機密性を維持することを目的としたEU指令を実装する方法において、英国には問題があるという結論に達した」としている。

具体的には、

  1. 英国では「意図的な」通信の傍受のみが犯罪となること
  2. 通信傍受への合意が得られたと思われる十分な根拠があれば合法となること
  3. 通信傍受を取り扱う独立した機関がないこと

などを問題点として挙げている。

Phorm側は同日にコメントを発表、この件はECと英国政府間の問題であるとしながらも、Phormの技術は英国法とEU指令の両方に従っていることを強調した(英国では、英国ビジネス企業規制改革省(BERR)と規制当局から承認を受けているという)。

事実、今回の手続きではPhormの技術そのものを審議するわけではない。EUの情報社会/メディア政策委員、Viviane Reding氏は、「インターネットの行動ベースの広告技術などの技術は、企業と消費者の双方にとって便利なこともある」と述べている。

だが、セキュリティ専門家をはじめ、プライバシー保護団体Open Rights Group、情報政策リサーチ財団(FIPR)らは、Phormの技術はプライバシーを侵害するものとみている。World Wide Web(WWW)の父、Tim Berners-Lee氏も、DPIを商業的な目的で利用することに関して否定的な見解を発表、"オンラインの探偵行為"と形容している。Berners-Lee氏は公開討論で、"インターネットのトラフィックを詮索されることを許すことは、自室にTVカメラを設置するようなもの - TVカメラよりもさらに悪質だが"と述べたという。

EC側は、侵害訴訟手続きの第1段階として、英国政府に対して2カ月の回答期間を設ける。回答がない、もしくは英国政府が提出した報告が満足がいくものではない場合は、第2段階として意見書を発行し、最終的にはECJで争うことになる。

ECの法的手続きが今後、どのように進むかは別として、Phormのサービスそのものが骨抜きになる可能性もでてきた。Open Rights Groupらが今年3月、米Google、米Yahoo!、米Amazon、米Facebook、米eBayといったインターネット企業のプライバシー担当者に宛てた公開書簡を発表、BTがPhormを実装する前にオプトアウトするよう呼びかけたのだ(PhormのCEOは、BTが2009年中に正式ロールアウトすると述べていた)。すでに、Amazon、Wikipediaらがこれに応じる姿勢を公式に表明している。また、当初広告主としてPhormに参加する意志を示していたThe Guardian、The Financial Timesなどが参加を撤回している。