過去2回で、装備品の調達に際して「自国企業限定」といった制限を設ける事例を取り上げた。しかしその一方、業界再編や経済のグローバル化から工業製品の「国籍」という考え方が怪しくなっている事例が少なくない。今回取り上げる「米国空軍の次期空中給油機商戦」は、こうした状況が原因で、メーカー同士が激しい口論を展開した上、議会まで巻き込んでゴタゴタする事態になった。

民間航空機をベースに化ける軍用機!?

意外に思われるかもしれないが、特に航空機の場合、軍用機もすべて新規開発しているわけではない。用途によっては民間機の転用で済む場合もあるからだ。それであれば、すでに実績がある旅客機やビジネス機を転用して、搭載する機材だけを軍の仕様に合わせれば、少なくとも機体の開発コストは抑えられ、導入後のメンテナンスにかかる手間やコストも軽減できる。

例えば、米空軍のE-3セントリーAWACS(Airborne Warning and Control Systems)機は、ボーイング707旅客機をベースに、レーダー、通信機器、指揮管制装置などの機材を搭載する形で造られている。戦場監視機のE-8Cジョイントスターズに至っては、機体は中古のボーイング707を買ってきて、そこに必要な機材を搭載して製造した(E-3セントリーは機体も新造している)。

航空自衛隊のAWACS機・E-767や空中給油機・KC-767も同様で、これらはボーイング767旅客機をベースにした機体を新造している。ボーイング767なら日本のエアラインで大量に使われているから、整備補給の負担を軽減する効果が期待できる。

こうした大型旅客機だけでなく、ガルフストリームのビジネスジェット機が早期警戒機や電子情報収集機に化けた事例や、小型のリージョナル旅客機が早期警戒機に化けた事例もある。世界各地で使われている哨戒機・P-3オライオンも、元をたどるとロッキードのスーパーエレクトラという旅客機だった。

空中給油機は旅客機をベースにするのが普通

このように、民間向け旅客機をベースに造られることが多い軍用機に「空中給油機」がある。空中給油機とは、簡単に言えば空飛ぶガソリンスタンドだ。といっても、実際に給油するのはガソリンではなくケロシン、つまり灯油の親戚なのだが。

空中給油機の機体はさまざまだが、大型の空中給油機では、ボーイング707と同系列のKC-135ストラトタンカー、あるいは、マクドネルダグラス(現ボーイング)DC-10と同系列のKC-10エクステンダーといったアメリカ機が主流だった。

そこに殴り込みをかけたのがエアバス社と、その親会社のEADS社だ。ベースモデルはエアバスA330-200で、これに所要の機材を搭載した「空中給油機・A330MRTT(Multi Role Tanker Transport)」を開発して売り込みをかけたのだ。

その結果、イギリス空軍を皮切りに、オーストラリア、サウジアラビア、アラブ首長国連邦から相次いで受注を獲得している。こうした商談の多くで、米国からもボーイング社が767ベースのKC-767を売り込んだのだが、結果ははかばかしくない。現時点でKC-767が受注を獲得した事例は、日本の航空自衛隊とイタリア空軍だけにとどまっている。

そうした中、1950-1960年代にかけて導入した米空軍のKC-135ストラトタンカーがいよいよ老朽化して、代替機が必要になった。そこで米空軍はKC-Xという計画名称で後継機の調達に乗り出したのだが、ここでもボーイング社のKC-767とエアバス/EADS社のA330 MRTT(アメリカ向けにはKC-30という名称を使用)が一騎打ちということになった。そして2008年2月に、米国防総省はKC-30を採用すると発表し、ここから騒動が始まった。

米空軍が掲げる「グローバル・リーチ」を支えているKC-135空中給油機。さすがに老朽化が進んできているため、同機の代替は焦眉の急になっている(Photo : US Army)

Buy "American=ボーイングKC-767" の大合唱

平たく言えば、米国で唯一残った大型旅客機メーカー・ボーイング社の提案が、ヨーロッパからやってきたエアバス/EADS社の提案に敗退したわけだ。これでは大型旅客機のNo.1を自認する米国のメンツが丸潰れになる。しかも、最初の179機に加えて追加調達しようという大口案件だけに、このままいけば大量のエアバス機が米空軍のマークを付けて飛ぶことになる。

選に漏れたボーイング社は、会計検査院(GAO : Government Accountability Office)に異議申立を行い、後にこれが認められてKC-X計画は仕切り直しになった。これ自体は合法的な手続きであり、何も問題はない。その一方、議会ではボーイング社の地元であるワシントン州を地盤とする議員だけでなく、他の州を地盤とする議員も加わり、「KC-Xには、"米国の機体" であるボーイングのKC-767を採用すべし」の大合唱になった。メンツの問題だけでなく、雇用の問題も関わってくるから議員としては大問題なのだ。

もちろん、エアバス/EADSもこうした事情には気を遣っている。そもそも、米空軍が掲げる「グローバル・リーチ」の根幹を成す空中給油機が輸入品というわけにはいかないので、ノースロップ・グラマン社を主契約社とし、さらに米南部のアラバマ州モービルに組み立て工場を開設する方針を示していた。

米企業が受注する形を整えて、さらに米国で組み立てやコンポーネントの調達を行うことで批判をかわそうとしたわけだ。そうした事情もあり、「KC-Xにボーイング機を」の声が強い議会でも、アラバマ州選出の議員だけは例外的にKC-30を推す発言をしているのだから、わかりやすい。

そして、議会に加え、当事者であるボーイング社とノースロップ・グラマン社が互いに凄まじい舌戦・宣伝戦を展開する騒ぎになっている。そうした中で浮かび上がってきたのが、「そもそも米国製の機体って何だ?」という論点だった。

米国企業の機体 = 米製?

この騒動が発生する以前から、ボーイング社もエアバス社も旅客機の生産体制はすでにグローバル化している。KC-767のベースになったボーイング767・777や787ドリームライナーの機体の一部は日本で製造しているし、エアバス機も仏独英西辺りを主要な生産地域としているが、それ以外の国にも生産体制が拡散している。エアバスA320のごときは中国製の機体まである。つまり、ボーイング機もエアバス機も、看板はともかく、中身は万国博みたいなものだ。

さらにこの両社とも、ロシア企業(VSMPO-Avisma)と契約してチタン素材やチタン製部品の供給を受ける状況になっている。あまり知られていないが、ロシアは世界でも有数のチタン供給国だ。かつてロッキードがSR-71ブラックバード偵察機を製造した時、CIAがダミー会社をいろいろ作って、チタン素材を旧ソ連から入手した話は有名だ。

ともあれ、このように旅客機の製造体制がグローバル化しているため、その旅客機をベースとする軍用機も同じ状況になる。すると、「そもそも米国製の機体って何なんだ?」という話になる。確かにボーイング社は米企業だが、そのボーイング社が製造・販売している767旅客機には日本製、その他の国で作られたコンポーネントも混じっている。

したがって、ノースロップ・グラマン社が自社の優位性を訴える際、「ボーイング機が米機といっても、実体は米国以外の諸国で作られたコンポーネントの組み合わせではないか。当社の提案のほうが米機と言えるぞ」と攻撃している。もっとも、そのノースロップ・グラマン社が提案するKC-30にしても、主要なコンポーネントはヨーロッパから持ってきて米国で組み立てるわけだから、傍から見ていると「どっちもどっち」なのだが、とにかくそうやって「米国製品とは何ぞや?」論点になっているのが現状だ。

このKC-Xは、9/24に仕切り直しのコンペティションがスタートしたところだ。「どちらが勝っても揉めるのだから、2機種を同時並行調達してはどうか」という声もあるが、そうなると整備補給の負担が増え1機種当たりの調達数が減るため、導入・維持コストに響く可能性が高い。よって、ゲーツ国防長官は2機種同時調達には否定的だ。