意外と武器を輸出している永世中立国

永世中立国というと、スイスあるいはスウェーデンなどが広く知られている。どういうわけか、「永世中立国 = 平和的」というイメージがあるが、実はスイスもスウェーデンも武器輸出で古くから知られた存在である。しかも、これらの国で開発された製品が日本にも入ってきていることは、案外と知られていないかもしれない。

例えば、陸上自衛隊の87式高射機関砲が装備している35mm機関砲は、スイスのエリコン社が開発した製品だ。同じ陸上自衛隊では、スウェーデン製の84mm無反動砲カール・グスタフを装備しているという例もある。古くは、帝国海軍の零式艦上戦闘機もエリコンMGFF機関砲をベースとする20mm機関砲を装備していた。海上自衛隊の護衛艦では、スウェーデンのボフォース社が第2次世界大戦時に開発・製造していた40mm機関砲を装備していた。

現在、スイスでは航空宇宙分野を主力とするRUAG社、航空機を製造しているピラタス社、軍用車輌を製造しているMOWAG社などがメジャーどころだ。過去には、銃器を手掛けるSIGザウアーや、砲熕兵器・ミサイルを手掛けるエリコン社もあった。エリコン社は部門の一部がドイツのラインメタル社やRUAG社に買収されて現在に至っている。また、MOWAG社は米国のゼネラル・ダイナミクス社傘下になっている。

スウェーデンでは、航空機を手掛けるサーブ社、陸戦兵器を手掛けるボフォース社やHagglunds社といった辺りがメジャーどころと言える。ただし、ボフォース社とHagglunds社は業界再編の波に巻き込まれて、現在はBAEシステムズの傘下に入っている。同じ北欧諸国では、航空機や陸戦兵器を手掛けている、フィンランドのパトリア社も知られている。そのパトリア社は、ヨーロッパの航空宇宙産業大手・EADS社が株主に名を連ねている。

いずれの国も、武器以外に国際競争力のある商品がないわけではないが、武器がそれなりに大きな地位を占めているのは確かだ。ただし相手かまわず、買ってくれるなら誰にでも売る、というような無節操な真似はしていない。交戦当事国に対して輸出しないのは当然で、用途に制約が課されることがあるうえ、それが後になってモメ事の原因になることもある。

スウェーデン製の84mm無反動砲、カール・グスタフM3(Photo : DoD)

住民投票の結果は「禁止せず」

とはいえ、輸出した時は交戦当事国でなくても後から交戦当事国になる場合もある。そうなると結果として、スイスが輸出した武器が紛争で使われる事態になる。

こうした事情もあり、スイスで「軍隊のないスイス(GSwA : Group for Switzerland without an Army)」なる平和団体が音頭をとって、「兵器輸出禁止の国民投票を」と呼びかけた。スイスでは、10万人分の署名を集めると国民投票を実施できる制度があり、それを利用したわけだ。これはかなり厳しい内容で、兵器の輸出を全般的に禁止しており、ハードウェアだけでなく、ノウハウや知識などのソフト面も輸出規制の対象にしていた。

ところが、2009年11月に行われた投票の結果は、投票率53%、賛成票31.5%、反対票68.2%となり、兵器輸出禁止は実現しなかった 。

たまたま、国民投票を行ったタイミングが世界的な景気後退とかち合い、雇用面の不安が先行したために輸出禁止につながらなかった、という見方がある。実際、政界でも同様の意見が出ていた。一方、産業界は国民投票の結果に対して「独立と安定が保証された」と歓迎する声明を出している。ただし、Doris Leuthard経済相は国民投票の結果が出た後で、「兵器輸出案件ごとに、厳しく審査することにする」と言明している。

ちなみに、スイスの兵器輸出額をSIPRI(ストックホルム国際平和研究所)のデータベースで調べてみると、2007年で2億4,500万ドル、2008年で3億7,800万ドルとなっている。特に航空機の比率が高く、それ以外は防空システム、装甲戦闘車両、火砲、センサー類といった内容だ。

製品名 2007年の金額 2008年の金額 合計
Aircraft 132 235 367
Air Defence System 24 33 57
Armoured Vehicles 38 29 67
Artillery 21 21 42
Sensors 30 60 90
合計 245 378 622

スイスの兵器輸出額データ(SIPRI調べ、単位は100万ドル)

決して少額ではないが、上位に食い込んでくるほど巨額でもない。それでも、毎年数億ドルの輸出を実現している産業の存在は無視できない。

また、自国の需要が小さいなかで輸出に頼るスイスの防衛産業界にとって、輸出禁止が実現していたらダメージは極めて大きかっただろう。輸出禁止によってスイスの防衛産業界が消滅すれば、結果として自国向けの装備品も輸入に頼らざるをえなくなり、それは中立を脅かすことになるという見方も成立する。

道義的な問題だけでは決められない

このように、武器輸出は単に道義的な問題だけでなく、経済的な事情、あるいは自国の安全保障政策にも関わる複雑な問題をはらんでいるということを理解しておきたい。

こうした事情は他国も同様だ。輸出絡みでなくても、例えばカナダやオーストラリアの国防省が自国内で何かの契約を発注した時、大抵は「この件によって○○名分の雇用創出になる」という説明がセットになっている。こうなると、防衛産業は一種の公共事業みたいなものだ。

そもそも、スイスが他国に兵器を輸出するのを止めたからといって、それで世界が平和になるというものでもない。武器を求める側は何としても手に入れようとするし、ある国が売らないといっても、無節操に売り込みをかける国は必ずあるのだから。