ドラッグデリバリーシステム挿絵

今回のテーマは「ドラッグデリバリーシステム」だ。

まず字面がヤバい、合法の香りが一切しない。しかしここで言うドラッグは「ドラッグストア」のドラッグの方で、見えないものを見ようとして本当に見えた、的効果をもたらすバンプオブドラッグのことではない。

「デリバリー」と聞いて、何を想像するかというと、まず有料セクシーサービスだと思うが、その他にはピザなど、昨今ではさまざまなものが自宅に直接届けてもらえる。

それと同じように「ドラッグデリバリーシステム」も必要な薬を自宅に届けてもらえるサービスでは、と推察した。飲む薬が多く、外出が難しいであろう老人も、これなら病院へ行く手間なく、忘れることなく、薬を手にすることができる

しかし、病院のロビーを見るに、老人というのは何故か病院に行く手間だけは惜しんでいないような気がする。タクシーで華麗に参上しているパイセンの姿に「か、かっこいい~」と、思ったことも一度や二度ではない。

そんなご老人方の「スタイリッシュ通院アクション」を「わざわざ来なくても薬を家に届けまっせ」などという余計なお世話で奪って良いものか、と思ったがどうやらこの「ドラッグデリバリーシステム」はそういうシステムではないらしい。

森の焼き討ちからゴルゴ式へ

ドラッグデリバリーシステム
薬を必要最低限の量で、必要な時間、必要な場所へ、狙い通りに届ける技術(大日本住友製薬「すこやかコンパス」より)

つまり、病院から家に届ける、とかいう話ではなく、飲んだ薬を体内の必要な場所に的確に届ける技術が「ドラッグデリバリーシステム」である。

確かに、どれだけ華麗に病院にタクで乗り付けて薬をゲットしたところで、ちゃんと飲まなければ意味がない。しかしこの「薬をちゃんと飲む」というのは意外と難しく、加齢とともに難易度は上がっていく。現在、私は三十半ばだが「1日3回食後に飲む」という指示すら、すでに難易度トリプルXだ。

まず、飲むのを忘れるのはもちろん、飲んだことすら忘れる。「さっき薬を飲んだかどうか定かでない」ため、もう一回飲んでしまったりするのだ。

ダイエット食品を2倍食えば2倍痩せるかと言うと、むしろ太る。薬も二倍飲めばよく効くどころか、かえって体に悪いだろう。

几帳面な人は、事前に「これは今日飲む分」と薬を小分けし、飲み忘れ、飲みすぎを防いでいるのだろうが、誰しもがそんなマメなことが出来るわけではない。「全部飲めば、どれかが正しい」みたいな思想の奴もいるのだ。混乱を防ぐためには、飲む回数を減らすしかない。

そもそもなぜ1日3回飲まなければいけないかというと、薬の持続時間が短いからだ。

よって、同じ成分でも、すぐ効く粒と、遅れて効く粒を混ぜ、薬の効果持続時間を長くし、飲む回数を減らすといった技術も用いられている。これは「ドラッグデリバリーシステム」のひとつであるという。 また、薬には副作用がある。副作用とは、眠くなるとか、別のところが痛くなるとか、毛が抜けるとか、逆に猛烈に毛深くなるとか、治療にあたってなくてもいい作用のことだ。

何故副作用が起こるかというと、従来の薬は体全体に行き渡るため、患部以外にも影響を与えてしまっていたからである。つまり、森に逃げ込んだ奴を仕留めるために森ごと燃やすようなものだ。

特に抗がん剤などの強い薬は副作用も大きく、患者に強い苦痛を与える。自分がもしがんとかになったら、そんな苦痛に耐えてまで治療が出来るだろうか。割と早い段階で「くっ殺せ」と、同人誌の女騎士みたいなことを言ってしまうのではないだろうか。

ともかく、副作用というのは苦痛を与えるのみならず、治療への意欲まで奪ってしまうものだ。そこで現在、副作用を減らすため、今まで体中に作用していた薬の成分を、患部のみに届かせ、他にはいかないようにする「ドラッグデリバリーシステム」の研究が進んでいるという。

森ごと燃やす作戦から、ターゲットだけを狙い打つゴルゴ式になるというわけだ。ナノテクノロジーを使って届くべきところにだけ作用する薬を作る、あるいはこれまで薬が効かないとされてきた病気に対して、遺伝子に作用することで治療する「核酸医薬品」など、さまざまな取り組みが進められているそうだ。

もし今後、ドラッグデリバリーシステムの進化により、1日1回、一種類の薬を飲むだけでいい、となっても、それすらも忘れる奴は忘れる。

医学の進歩も大切だが、やはり病気を治すためには、本人の「治したい」という心構えも必要である。

<作者プロフィール>

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カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集、「ブス図鑑」(2016年)、「やらない理由」(2017年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2018年4月10日(火)掲載予定です。