今回のテーマは「3Dプリンタ」である。

何を今更、な話だが、私はいまだに3Dプリンタを使ったことも見たこともない。ブームと言われてはいたものの、意外と多くの人が自分で3Dプリンタに触れることなく「今更」なコンテンツになってしまったのではないだろうか。

私の関心のほとんどが2次元にあり、むしろそちらが現実、逆に3次元での出来事は全部夢であってほしいと願っている人間だからかもしれないが、話題になっていた時でさえ、あまり興味をそそられなかったのも事実だ。

そもそも3Dプリンタとはなんなのか

3Dプリンタ:3Dプリンタとは、立体物を表すデータをもとに樹脂などを加工して造形する装置のひとつです。 旧来のプリンタは、デジタルデータに基づいて紙などの平面上にインクを吐出して文字や図形を印刷します。これに対して3Dプリンタは、空間に樹脂などを何層にも積み重ね、デジタルデータを立体造形物として実体化・可視化できるようにするための装置です。(引用:abee Webサイト内「3Dプリンタの基礎知識」より)

カレー沢薫、3Dプリンタブーム収束の理由を考察

「デジタルデータを立体造形物として実体化・可視化」というのは、2次元を3次元に持ち込みたい人にとって夢がある話だ。そういう需要で爆発してもよさそうなところだが、では何故、3Dプリンタはいまいち普及しなかったのか。

もちろん、日本人のうち全員が私のように2次元の中をさまよっているから、というのが不発の理由ではないと思う。まあ、国民の6割ぐらいだろう。

多分、ヒットしなかった要因は「素人を『すげえ」と思わせることができなかった』せいではないだろうか。

どの業界でも、素人、知識がない奴というのはムチャクチャを言うものである。全く知識がないクライアントが、プログラマーやデザイナーに「こんなの切り取ってぺターっとやればいいんでしょ?」などと、貴様の首を切り取って山中にペーストしてやろうかと思わせることを言い出すように、「3Dプリンタで立体物が作れます」と言われたら、「えっ、清楚でありながらどこか扇情的な表情をした俺の嫁キャラが、2次元さながらのハイクオリティなフルカラー仕上げで出てくるんですか!?」となってしまうのである。

だが、実際に家庭用の3Dプリンタで作られたものは樹脂感丸出しであり、色も基本的には素材の色そのまま、割と表面がデコボコしていたりするらしい。知識がある人から見れば「これはすごい技術だ」とわかるのだろうが、全くない人間からすると「大したことない」となってしまうのだ。

しかし一般に普及するものというのは、何の知識も技術もいらず、高い成果が出せるものなのだ。VRなんかは専用の機械さえあれば、チンパンジーでもすごい映像を見ることができるだろうし、機械を自分で買わなくてもテーマパークとかに置いてあるから、まだ伸びていくだろう。

もちろん3Dプリンタ業界も、「思ったほど伸びなかったのでやめます」と、雑なソシャゲ運営みたいなことをしているわけではない。データを素人が簡単に作るためのアプリも出ていて、3Dプリンタの出力を外注できるサービスもある。 最近では、出力した物の表面を滑らかにできる方法の研究が進められているようだ。

しかし、これもその道に精通している人なら「確かに前より滑らかだ」「やべえ滑らかだ」「はわわ…滑らか…」と感嘆するだろうが、やはりまだ素人的にはわかりづらい。

何にもわかってない奴が一目で「SUGEEEEEE! 買ううううう!」と取り乱し、クレカと間違えて「春の天ぷら定期券」と書かれたうどん屋のカードを出してしまうぐらいの新機種が出来たときに初めて3Dプリンタはホビーとして一般家庭に普及していくのではないだろうか。

ちなみに家庭用3Dプリンタの価格は、ピンキリではあるが、やはり10万円ぐらいはするようだ。私も着色済みのソーキュートな嫁キャラがご家庭で作れるならいくら出してでもほしいが、現状は元々立体物製作や機械に興味があった人が買うに留まっているようだ。

一般普及の壁は「飽きっぽい人」にあり

ちなみに、俺たちのディアゴスチーニ(※編集注:正しい表記は「デアゴスティーニ」)が「3Dプリンタキット」を発売していたらしい。「3Dプリンタで物をつくるキット」ではない、「3Dプリンタを作るキット」だ。もう一度言う、パーツを組み立てて3Dプリンタを作るキットだ。

3Dプリンタで立体物を作る前にまず3Dプリンタを自分で作るという、美味いラーメンのために小麦から育てるようなTOKIOの精神である。

ディアゴスチーニキ(ディアゴスチーニの兄貴)のことだから、1号ですべてのパーツがそろうわけではない。1年ほどの歳月をかけてパーツを集め3Dプリンタを完成させるのだ。

気が長い。「3Dプリンタ」という21世紀の機器でありながら、朝顔を育てるより気を長く持たなければならない。意外と雅な趣味だ。

3Dプリンタを買う奴すらそこまでいないのに、1年かけて3Dプリンタを組み立てたい奴がいるのか、と思うが、やはりいるのだ。1年かけて3Dプリンタを完成させ、しかも普段使いしているという人が存在するらしい。

正直今まで、ディアゴスチーニキのことを侮っていた。これを完成させた奴は実在するのか、そもそもちゃんとこの完成形になるのか、パケ詐欺ではないのかと思っていた。

だが、それは違った。ディアゴスチーニキはしっかりしていて、ただ、ニキを途中で投げ出すボンクラがダメなだけだったのだ。

しかし、一般普及というのは、そういう飽きやすい連中をどれだけ繋ぎとめるかにもかかっているのだ。


<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集「ブス図鑑」(2016年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2017年5月9日(火)掲載予定です。