ビジネスパーソン、特に営業職の方の中には、顧客との関係強化の一環としてメールマガジンやSNSで情報を発信したいと思う方もいらっしゃるのではないでしょうか?そんな方にとって相手に刺さる文章や、相手の共感を誘う文章の書き方は気になるところだと思います。書籍『才能に頼らない文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン )の著者である上野郁江さんに、顧客に刺さる文章を書くためのコツを伺います。

読み手の立場に立って情報発信するスキル

上野郁江さん(株式会社エディットブレイン代表取締役、エディトリアル・コンサルタント)は、編集者の視点を持って文章を書くスキルを「編集執筆力」と呼んでいます。編集執筆力を高めると、相手の価値観に沿って文章を組み立てられるようになり、共感や信頼を得られる文章が誰でも短期間に書けるようになるそうです。

「編集者の視点を持つ」とは、具体的には読み手を常に意識することを指します。ビジネスパーソンの場合は、読み手である顧客を意識します。顧客のロイヤリティ向上を期待するなら、例えば顧客が属している業界のニュースついて事実のみを伝えるのではなく、顧客の状況にあわせて例を挙げながら具体的な影響を示す情報発信が有効です。また定期的に顧客に向けてプラスになる情報を届けることで、「放ったらかしにしていませんよ」という姿勢も伝えられます。

「編集執筆力は才能ではありません。後天的に身に付けられるスキルです。文章を書くことが苦手なビジネスパーソンでも習得できます。『顧客の感情に何らかの変化を起こす文章』を共感が得られる文章だとすると、顧客の価値観や欲求も考えながら書くことが求められます。そのためには、大勢を対象に情報発信する場合でも、ある特定の人物を念頭に置くことが大切です。そのほうが読み手の悩みや知りたいことが見えてくるからです」(上野さん)

顧客の価値観や欲求を知るうえで有効なツールとして、「共感マップ」と「カスタマージャーニーマップ」を上野さんは挙げます。

共感マップによるキーフレーズの洗い出し

共感マップは本来、サービスを提供する相手を観察し、実際の言動を書き留め、そのメモをもとに相手の感じ方や考え方を観察するために使います。そうすることで相手の人物像を掘り下げていくのです。ここではその使い方を応用して、読者である顧客がどのような状況にいるのかを把握し、文章に盛り込むべきキーフレーズを洗い出していきます。

具体的には、次の四つの切り口から相手の思考や感情について検討します。特定の人物像(ペルソナ)を設定すると、読者の思考や感情をよりリアルに把握することが可能です。

1.SAY:話したこと。顧客がふだん話していることや使っている言葉を記入します。
2.DO:行動したこと。顧客が取った行動を記入します。
3.THINK:考え方。顧客の考えていることや価値観を記入します。
4.FEEL:感じ方。顧客の感情を記入します。

例えば顧客を自分のSNSに招待し、定期的に情報発信を行うとします。その際、共感マップを用いて顧客が置かれている状況を把握し、その人に刺さる言葉や共感しやすい言葉を検討するのです。ペルソナは具体的であればあるほど良いので、「社員4名の会社を経営する40歳の男性で、お客様への対応と新人の教育に課題を持っている人」といった具合に絞ります。そのうえで1. ⇒2. ⇒3. ⇒4. の順に記入していきます。

  • 参考:『才能に頼らない文章術』

  1. と2. に当てはまるキーワードをもとに3. と4. を埋めていきます。そして3. と4. に出てきた言葉をもとに、文章に盛り込むべきフレーズを洗い出していきます。この例の場合、次のようなものがキーフレーズとして考えられます。

●お客様との雑談が上手にできるようになるには
●スタッフに頼られたいと思ったら

「キーフレーズを意識することで、自分の書きたいことではなく、顧客に共感されやすい文章を書くことができます」と上野さんは指摘します。

カスタマージャーニーマップによるキーフレーズの洗い出し

続いてカスタマージャーニーマップを用い、次のペルソナに対して刺さる文章がどんなものかを考えていきます。

●人物:設立3年目のBtroB企業の経営者。25歳男性
●性格:真面目だが、人前で話すのは不得意
●状況:新卒採用を行い、新人研修を自ら企画することになった

この社長にどんな文章を届ければ、共感を持って読んでもらえるでしょうか?まずは社長の立場に立って「行動」「思考」「感情」「気づき(表現)」の欄を埋めていきます。共感マップと異なるのは、フェースごとに項目を洗い出していく点です。

  • 出典:『才能に頼らない文章術』

その結果、例えば次のようなものが出来上がります。

  • 出典:『才能に頼らない文章術』

準備フェーズにおいて「時間がない」、リハーサルフェーズにおいて「自己紹介で何を話せば新人に好感を持ってもらえるだろう?」と感じていることから、次のようなフレーズを気づきとして挙げています。

●時短できるテンプレート集
●好感を持たれる自己紹介の仕方

いずれも、この社長にとってのキーフレーズと言っていいでしょう。こうしたものをタイトルや見出し、あるいは本文に用いて文章を構成すると、相手の興味に沿った文章が書けるようになり、共感を引き出しやすくなります。

正しい情報を書くことが自分の信用につながる

編集執筆力を高めるには、自分の書きたいことを書くのではなく、相手の立場に立って相手の感情に訴えかける表現を使って書くことが大切です。その前提として、工夫を凝らして書く文章は、当然ながら正しい情報でなければなりません。

最後に、文章の書き手に求められるリテラシー、すなわち「メディアマインド」について言及したいと思います。

報道や論評を社会に伝達する際には、次の二点が不可欠です。

1.報道を伝達するには真実性と客観性を持つ
2.論評を伝達するには1. に加え、判断や評価などの基準を持つ

これについて上野さんは、「1. と2. はマスメディアで仕事をする人には求められて然るべきものですが、個人のメディアがマスメディアと同等の規範を持つのは、現実には難しいと思います。ただ、情報発信を行うビジネスパーソンには、自分は社会に対して情報を発信する『メディア』であるという気持ち、すなわちメディアマインドを持ってほしいと思います」と指摘します。

根底にあるのは、WELQ事件だと上野さんは言います。

WELQ事件とは2016年11月から12月にかけて、DeNAが運営する医療情報サイト「WELQ」がコンテンツの正確性を問題視され、非公開に追い込まれた一連の騒動を指します。DeNAはこれを受け、同社が運営する9つのWebサイトを非公開にして対応にあたったのです。WELQには「肩こりの原因は幽霊」だと読み取れる記述もありました。

「肩こりの原因が幽霊というのは、誰がどう考えても誤りです。間違っているのに、それを原稿として納品してしまう書き手の意識、その原稿をチェックした編集部の意識は問題です。ジャーナリズムの精神を持ってくださいとまでは言いませんが、せめて発信者の責任として真実性は担保する必要があります。その姿勢を持たないと、良かれと思って発信していても、知らないうちにフェイクニュースを作り出す側の人間だと思われてしまうこともあるのです。そうなったらビジネスパーソンとしての信頼は失墜します」

読み手にメディアリテラシーを求める前に、書き手にメディアマインドが必要と言う上野さん。「信用商売」という側面のあるビジネスパーソンには、発信者としての責任が伴うのです。その責任を負ってでも、顧客に対して定期的な情報発信をしたほうがいい、と上野さんは続けます。

「真偽のわからない個人メディアは、雨後の竹の子のように乱立しています。それらとは一線を画し、正しい情報を発信することはビジネスパーソンとしての信用につながるだけでなく、顧客のロイヤリティ向上にも寄与します。相手の立場に立った正しい情報を積極的に発信していきましょう」

読み手の興味や共感を引き出すことは大切ですが、そもそも情報に誤りがあったのでは何にもならないどころか、むしろマイナスです。情報が瞬く間に拡散されるWebメディアでの発言は、その真偽を十分に検証したうえで行うよう心がけてください。それが信頼されるビジネスパーソンへの近道でもあるのです。

参考文献:
『才能に頼らない文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン )

『創造的思考のレッスン』(産業能率大学出版部)

株式会社エディットブレイン

著者:八鍬 悟志(やくわさとし)
Mikatus(ミカタス)株式会社 Lanchor(ランカー)編集部
複数の出版社に勤めた後、フリーランスライターへ。中小企業や職人を対象に取材活動を展開。2021年にMikatus(ミカタス)株式会社に入社し、税理士向けWebメディア「Lanchor(ランカー)」編集部として活動を開始。Lanchorは、「税理士としての真の価値」を提供することを志す、すべての税理士にエールを送りたいという想いを胸にスタートしたWebメディア。「税理士には日本の未来を切り開く力がある。」をタグラインとして、税理士に役立つ情報や、ビジネスに役立つ情報をさまざまな切り口から発信している。

本記事はMikatusが運営するメディア「Lanchor」からの転載です。