企業の人事を悩ませる課題の1つに、社員の離職がある。せっかくコストをかけて採用・育成をしても、退職されてしまえば、また一からやり直さなければならず、大きな損失だ。退職理由がポジティブなものだったり、やむを得ない事情だったりするならともかく、現状への不満だとしたら解消の余地はあるかもしれない。では、ネガティブな理由で離職を考え始めた社員に少しでも早く気付き、対策をとることはできるのだろうか。

本稿では、SmartHR 人事統括本部・人事データ活用推進部の六本木啓央氏に、離職リスクが高い社員の兆候や、離職防止のためのアプローチについてお話を伺った。

  • SmartHR 人事統括本部・人事データ活用推進部の六本木啓央氏

離職リスクが高い社員の兆候とは

六本木氏によると、離職リスクが高い社員にはいくつかの傾向があるという。

SmartHRでは、3カ月に1度、全45問からなる従業員サーベイ(アンケート)を実施している。その結果を分析すると、例えば、「『やりがいはあるか』という項目のスコアが下がってくると離職リスクが高くなる」「心と身体の健康状態を問う項目のスコアは離職の半年前が一番低く、退職を目前にするとスコアが上昇する」というような傾向がみえてくるそうだ。

同社が実施する従業員サーベイは、「組織のコンディションを見ること」と、「個人のコンディションを見ること」の2つを目的としている。離職に関しては後者の範囲となるため、見るのはサーベイ全体のスコアの上下ではなく、1人1人のスコアの動きだ。

「回答傾向として、常に満点に近い方もいれば、ずっと低いスコアをつける方もいます。絶対的なスコアで見るのではなく、個人のスコアの低下に注目すべきです」(六本木氏)

離職リスクの高い社員へ、SmartHRの対策とは

では、SmartHRでは従業員サーベイの結果をどのように生かして、対策しているのか。六本木氏は「正解にはたどりついていない」と前置きしつつ、「スコアが変化した理由を確認していくことが大切だと考えている」と話す。実際、同社では集計したサーベイ結果をまず人事部門と現場のマネジメント層が確認する。その後のアクションとして、現場のマネジメント層からメンバーに対して、実際に感じていることを確認するため1on1の実施などを推奨しているという。

ここで重要なのは「データに頼りすぎないこと」だと同氏は強調する。もちろんデータは重要ではあるが、それだけで判断するのではなく、サーベイ結果の裏側にある1人1人の声や考え方を聞き、コミュニケーションをすることこそが本当に重要なことなのだ。

同氏は過去に経験した象徴的な事例として、組織課題を定性・定量両面のアプローチで可視化したエピソードを語った。ある重要なプロジェクトで、会社としては適切な働き方の下、大きな事業成果を創出していると認識していたそうだ。しかし、サーベイ結果を見ると、担当メンバーには心身ともに大きな負荷がかかっている可能性があることが分かってきた。そこで、人事メンバーがプロジェクトメンバーや関係者にヒアリングを行い、状況を経営層にレポーティング。サーベイから得られたデータと、プロジェクトメンバーへのインタビューによる定性情報を組み合わせたことで、経営層の理解が得られ、状況の改善につながったという。

離職防止のためのアプローチ

では、企業として離職を防止するためにどのようなアプローチをとるべきなのか。六本木氏は「過去に退職した方の傾向を参考に、個別にアプローチするべき」だと言う。

そもそも一部の企業は自社の離職率が何%であるかということにしか注目していない場合もある。しかし、この数字が何%であれば、自社として許容できるのかは数字(=データ)だけでは判断できない。本来見るべきは、その中身なのだ。

同氏が一例として挙げたのは、どのような層が離職しているのかという点だ。例えば、人事評価の低い層が離職している場合、評価に何かしらの不満があると考えられるが、人事評価の高い層の離職率が高い場合、マネージャー層がうまくマネジメントできていないという可能性もあるだろう。

また、退職者面談を実施し、そこで得られた情報を基に退職につながった「理想と現実のギャップ」は何だったのかを総合的に分析してアプローチする、という手法も考えられる。SmartHRの場合は、入社3カ月のタイミングと退職時に人事による面談の機会を設けているそうだ。

「入社直後の“入口”と、退職時の“出口”の両方で話を聞くことができます。どこに魅力を感じて入社したのか、どこにギャップがあったのか。この2つを結び付けていくことで、課題の在りかが見えてくるでしょう」(六本木氏)

人事部門が介在する意義とは

離職を考える社員に最も近い存在は直属の上長だろう。彼らが積極的にコミュニケーションをとり、離職を思いとどまらせることができれば、人事部門が介在する離職防止のアプローチは必要ないのではないか。

六本木氏は「マネージャーは離職を考える人と直接やり取りができる人なので、しっかりとコミュニケーションをとり、モチベーションが下がっている原因がどこにあるのかを把握すべき」だとしつつも、「直接やり取りができるが故に、メンバーの言葉に引っ張られやすくなり、言葉の裏に隠れている本来の意図に気付きづらい場合もある」と指摘する。その点、人事であれば、より広い視点を持ち、離職を考える背景を理解することができるのだ。

またシンプルに、上司には言いづらい、上司自身に納得がいかない点があるという場合も、人事部門が介在することが有効だ。

人事部門が積極的にアクションをするメリットは他にもある。SmartHRでは従業員サーベイや人事データの活用事例をレポート化し、積極的に社内に公表している。

「(会社に対して)“本音を言っても無駄”と考える人をゼロにすることは難しいと考えています。しかし、サーベイをはじめとする人事データ活用の好例を発信し続けることで、実際に変化が生まれることを示し、人事が信頼に値する組織であることや、“だからあきらめずにサーベイに回答してほしい”というメッセージを伝えることも大切です」(六本木氏)

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企業が自社の離職率を把握することはもちろん重要だ。しかし、それ以前になすべきことは、離職の兆候を察知し、十分なコミュニケーションをとれるような仕組みや組織体制を整備することである。SmartHRでは従業員サーベイなどの人事データを活用し、離職防止のアプローチを続けているという。この例を参考に、改めて離職を考える社員への対策を検討していただきたい。