Microsoft Azureについて学ぶ前に、そもそもクラウドとは何か、その概念的な部分から始めましょう。

Microsoft Azureがカバーする範囲は、あまりにも広く、今後も拡張され続けます。クラウドの荒波の中で迷子にならないように、基本を押さえることは重要です。古典的な内容に思えるかもしれませんが、多くの概念は現在のクラウドにも適用されるものです。

今更かもしれませんが、NISTのクラウド定義

クラウドの教科書の導入部は、米国のNIST(National Institute of Standards and Technology、国立標準技術研究所)によるクラウドコンピューティングの定義「The NIST Definition of Cloud Computing」(2011年9月、https://csrc.nist.gov/publications/detail/sp/800-145/final、日本語訳)から始めるのが適切でしょう。

NISTによる定義は、次に示す5つの基本的な特徴、後述する3つのサービスモデル、および4つの展開モデルからなります。

  • オンデマンド・セルフサービス(On-demand self-service)
    利用者がセルフサービスでリソースを設定し、自動的にリソースが割り当てられ、利用可能になること

  • 広域のネットワークアクセス(Broad network access)
    さまざまな種類のクライアントデバイスから、ネットワーク(インターネット)を通じて標準的な仕組みで接続可能であること

  • リソースの共有(Resource pooling)
    サービスの提供者はリソース(ストレージ、コンピューティング能力、メモリ、ネットワーク帯域など)をプール化し、その共有リソースから複数のユーザー(マルチテナント)にリソースが割り当てられること

  • 俊敏なスケールの伸縮(Rapid elasticity)
    コンピューティング能力を需要に応じて自在にスケールアウト/スケールインできること。それは、場合によっては自動的に行われることもある

  • サービスの計測と監視(Measured Service)
    リソースの利用状況はモニター、制御され、使用に基づいて課金されること。

クラウドの特徴と言うと、クラウド事業者が提供するハイパーバイザーの仮想環境をイメージする人が多いかもしれません。しかし、NISTのクラウドの定義には仮想化は含まれません。クラウドの普及や発展に、仮想化が重要な役割を果たしてきた(いる)のは間違いありませんが、仮想化はクラウドの必須要件ではなく、実装手段の1つに過ぎないのです。

最近では、ハイパーバイザーとは別のコンテナ技術の地位が急速に拡大しています。その代表例がDockerおよびその周辺技術であり、Microsoft Azureはもちろん、Windowsでの対応も始まっています。

サービスモデルによる分類-SaaS/PaaS/IaaS

クラウドはサービスモデルによって、次の3つに分類されます。

  • サービスとしてのソフトウェア(Software as a Service:SaaS)
  • サービスとしてのプラットフォーム(Platform as a Service:PaaS)
  • サービスとしてのインフラストラクチャ(Infrastructure as a Service:IaaS)

これらの用語は、よく目にすることがあるでしょう。これらの違いは、どのレベルのサービスを利用するか、利用者側の責任範囲(提供者側の責任範囲)の境界です(図1)。

  • サービスモデルによるクラウドの分類

    サービスモデルによるクラウドの分類

公道(クラウドのインフラストラクチャ)を走る車に例えるなら、SaaSはタクシーに乗るだけ(もちろん、配車と行先、ルート指示は必要)、PaaSはレンタカーを借りて運転だけを担当、IaaSは車を所有しメンテナンス(車検、修理)まで行うといったイメージです。つまり、クラウドを活用できるかどうかは、それを乗りこなす技術(運転技術、メンテナンス技術など)にかかっています。

また、クラウドの提供者と利用者の関係は、次の展開モデルによる分類によって変わってきます。クラウドの提供者は、大手のクラウド事業者である場合もあれば、企業のIT担当部署の場合もあります。後者の場合、利用者は社内の各部署、あるいはグループ企業などということになります。

展開モデルによる分類-Public/Private/Hybrid

クラウドはその展開モデルによって、次の4つに分類されます。

  • パブリック(Public)クラウド
  • プライベート(Private)クラウド
  • ハイブリッド(Hybrid)クラウド
  • コミュニティ(Community)クラウド

パブリッククラウドは、クラウド事業者が提供するマルチテナント型のクラウドです。規模の経済が働く、Microsoft Azure、Amazon Web Services(AWS)、Google Cloud Platform(GCP)といったグローバルの大手が得意(コスト的な優位性が高い)とするところです。

プライベートクラウドは企業や組織専用のクラウド(専用ホスティングを含む)、ハイブリッドクラウドはパブリックとプライベートの両者を併用するモデルです。WindowsやHyper-V、.NET Frameworkといった一貫性を提供できるMicrosoft Azureは、特にWindowsベースのシステムにおいて、ハイブリッドクラウドの構築が容易であることは簡単に想像できると思います。

コミュニティクラウドは、共通の関心ごとを持つ複数の組織(例えば、行政機関、広域な医療ネットワーク、業界団体など)で専用に使用されるクラウドのことです。

クラウドに対して「オンプレミス(On-Premises)」という用語が用いられることがあります。これは「オンプレ」「自社設置型」「自社運用型」と呼ばれることもありますが、自社で保有するハードウェアやシステムを自社内(自社データセンターを含む)に設置・導入し、自社内で管理、運用する形態のことを指します。

そこにクラウドの技術を持ち込めばオンプレミスのプライベートクラウドになりますが、1台しかサーバがなくてもそれもまたオンプレミスと言うことができます。こちらも例えるなら、私有地(会社)の構内(企業内インフラストラクチャ)を走る乗り物と考えればいいでしょう。

それは、自転車かもしれませんし、定期運用のマイクロバスかもしれませんし、セグウェイかもしれません。あるいは最新の無人運転の電気自動車かもしれません。オンプレミスの方法は規模やニーズ、予算によって自由です。さて、クラウドに対する共通認識を持ったところで、次回からMicrosoft Azureについて学びましょう。


山市良
Web媒体、IT系雑誌、書籍を中心に執筆活動を行っているテクニカルフリーライター。主にマイクロソフトの製品やサービスの情報、新しいテクノロジを分かりやすく、正確に読者に伝えるとともに、利用現場で役立つ管理テクニックやトラブルシューティングを得意とする。2008年10月よりMicrosoft MVP - Cloud and Datacenter Management(旧カテゴリ: Hyper-V)を連続受賞。ブログはこちら。

主な著書・訳書
「インサイドWindows 第7版 上」(訳書、日経BP社、2018年)、「Windows Sysinternals徹底解説 改定新版」(訳書、日経BP社、2017年)、「Windows Server 2016テクノロジ入門 完全版」(日経BP社、2016年)、「Windows Server 2012 R2テクノロジ入門」(日経BP社、2014年)などがある。