AIエージェントで業務処理の時間が8分の1になりました――これは冗談ではなく、本当の話です。ある金融機関におけるAIエージェントの導入効果の実例です。また、AI導入で先行している企業は、生産性が37%も向上しています(出典「企業における AI 利用の現状」<Box, Inc., 2025/6>)。しかし、時代の潮流に乗り遅れまいと焦ってAIエージェントを導入しても、プロジェクトは成功しません。

最終回となる今回は、AIエージェントの導入が目的ではなく、AIエージェントで業務を効率化するための導入ステップを解説します。

GIGO問題とは

「Garbage in, garbage out」、略して「GIGO」。この概念はコンピュータの黎明期から存在していました。直訳は「ゴミを入力すると、ゴミが出力される」です。この古くからある概念がAI時代の現在、あらためて注目されています。

AIにおける「入力」は、ユーザーが入力するプロンプトとAIが参照するデータです。「出力」は、AIからの回答です。AIから期待通りの回答を得るためには、詳細かつ具体的なプロンプトで指示を出す必要があることは広く認知されており、その手法は「プロンプトエンジニアリング」と呼ばれます。個人で使う対話型AIでは、プロンプトの質が回答の質に直結します。それは、AIが参照するデータの情報源がインターネットであるため、ユーザー自身では参照するデータを制御できないからです。

一方で、企業で利用するAIの情報源は社内の情報です。これは制御可能です。そして、AIに渡すデータを最適化する概念が「コンテキストエンジニアリング」です。ここで重要なのは社内の情報とは何なのかということです。

「データ」というと、データベース、データレイク、データウェアハウスなどを思い浮かべる方が多いと思います。こういったシステムに保存されているデータは「構造化データ」と呼ばれます。この構造化データは、行と列で構成され、データ形式が明確なため、古くから分析や活用が行われてきました。しかし実は、この構造化データは、企業内の情報のたった10%なのです(出典「The Future of Data: Unstructured Data Statistics You Should Know」<Congruity360 、2023/9>)。

では、残りの90%のデータは何でしょうか? 企業内の情報の大半を占めているのは、「非構造化データ」です。非構造化データとは、テキスト文書や、Word、Excel、PowerPointといったOfficeファイル、PDF、画像、動画といった、いわゆる「ファイル」のことです。つまり、企業で利用するAIの情報源のほとんどはファイルなのです。

ファイルは構造化されていないので、今までは作って保存しておくだけで、活用は進んでいませんでした。しかし、AIの登場により状況が一変しました。非構造化データであるファイルを活用できるようになったのです。AIでファイルを活用できるようになって表面化した問題が「GIGO」です。AIが古いファイルや書き掛けのファイル(Garbage)を取り込んで(In)しまうと、AIは役に立たない回答(Garbage)を返します(Out)。したがって、企業で利用するAIに適切な情報を渡す必要があることから、コンテキストエンジニアリングが注目されているのです。

まず始めるべきは「適切なファイル管理」

AIエージェントを使用する上で最も重大なセキュリティリスクの一つが、機密情報の漏洩です。ファイルの分類自体はAIが登場する前からありましたが、AIを利用する上ではとても重要です。

具体的には、ファイルに機密度に応じたラベルを付けます(例えば、極秘、関係者限り、社外秘、公開)。重要なことは、分類の仕組み自体はシステム部門で構築できますが、ファイルの機密度を決められるのは、そのファイルを作成した当事者(部署または担当者)だということです。しかし、その当事者がファイルを分類する意識が必ずしも高いわけではありません。分類の仕組みを導入して全社に展開しても、分類作業は思うように進まないでしょう。そこで、協力が得られそうな部署から着手していきましょう。

そして、ファイルへのアクセス権が正しく設定されているかを確認しましょう。AI導入前は、厳密に管理しなくてもあまり問題にはならなかったのですが、AIはアクセスできる情報をすべて利用します。特に機密情報のアクセス権の確認は不可欠です。

さらに、古い情報、書き掛けの情報と最新版を区別できるようにして、AIが最新のファイルのみを参照できるようにしましょう。

  • コンテキストエンジニアリングの基盤を作る

    コンテキストエンジニアリングの基盤を作る

AIエージェントを導入する前に、こうしたファイル保護やファイル管理ができているのか、そして現在のシステムでできるかどうかを確認することをおすすめします。AIに渡す情報を適切に管理できていない状態では、間違った回答や誤った処理結果となるだけでなく、情報漏洩のリスクも負うことになります。

AIエージェント導入のポイント

AIエージェントの導入を成功させるには、慎重な計画と戦略的な導入が必要です。

まず大事なのは、「小さく始めて、大きく育てること」です。AIエージェント導入は業務を変革する野心的なプロジェクトです。しかし、全社を挙げて取り組みたいという気持ちは抑えて、小規模から始めます。小規模で始めることで、AIエージェントのリスクを軽減でき、PDCAのサイクルを短縮できます。

そして、AIエージェントの「目標を明確に」します。AIエージェントが何を達成すべきかを明確かつ正確にするということです。参照すべきデータと期待する結果を明確に定義し、具体的な成功基準を設定します。これは、新入社員向けに業務手順書を作成するようなものです。明確な仕様書があれば、AIエージェントの誤作動を防ぎ、トラブルシューティングが容易になります。

AIエージェントには、ビジネスに大きな影響を与える可能性がある「重要な意思決定の権限は持たせない」ようにします。人間の介入が必要となる閾値を定めて、最終的な承認は常に人間が下すようにします。このヒューマン・イン・ザ・ループの仕組みを導入することで、AIエージェントによる自動化のメリットを享受しながら、AIエージェントの誤動作のリスクを低減できます。また、AIエージェントが業務のすべてを処理するのではなく、人間の判断が入ることで、AIが仕事を奪うツールではなく、業務を助けてくれるツールであることを従業員が認識してくれます。

「透明性とセキュリティ」も確保します。透明性とは、AIエージェントのすべてのアクションを記録することです。AIエージェントがどのように結果を導き出したかがわかることで、人間はAIの結果の妥当性を判断できます。コンプライアンスや監査の観点からも、証跡を残しておく必要があります。セキュリティに関しては、本連載で説明してきた通り、ファイルの適切な管理、AIエージェントのアクセス権の適切な付与、AIエージェントの権限を最小限にすることです。

AIエージェントの導入は一回限りではなく、「継続的な改良」が必要です。AIエージェントを利用するユーザーからのフィードバックを収集し、AIエージェントへの指示や評価基準をブラッシュアップしていきます。改良を継続的に行っていくことで、より重要な業務をAIエージェントに任せられるようになり、人間の介入を最小限に抑え、人間はより高度な業務に集中できるようになります。

  • AIエージェント導入のポイント

    AIエージェント導入のポイント

AIエージェントに最適な業務の見つけかた

最後に、AIエージェントに最適な業務を見つけるポイントをまとめます。

1つ目は、「反復可能な大量処理」であることです。大量処理を自動化することで、AIエージェントの導入効果を早期に実現できます。

2つ目は、「文書処理」を伴う業務であることです。要約や分析、読み取り、データ抽出といった文書の処理はAIの得意分野です。今までは手作業で行っていた作業を自動化することで、AIの恩恵を最も受けられます。

3つ目は、「業務ルールを明確にできる」ことです。業務手順を明確に文書化できる業務なら、AIエージェントの仕様書も簡単に作成できます。

4つ目は、「測定可能」であることです。AIエージェントの導入効果を業務時間の削減や処理速度の向上、リスクの低減といった定量的な指標で評価できる業務を選択することで、AIエージェントの導入効果を明確にできます。

AIエージェントの効果的な導入は、単なる業務効率化ではなく、企業の経営戦略の一部になります。確実なステップを踏み、継続的に改善を重ねることで、AIは企業の成長を支える重要なパートナーになるでしょう。