「87%の企業が、AIエージェントを利用している」と聞くと、自社や周りの状況、自分の肌感覚からして驚かれる方も多いでしょう。しかし、これは当社が2025年5月に日本を含む6カ国・地域のIT責任者1,300名以上を対象に調査した結果をまとめたレポート「企業におけるAI利用の現状」における値です。

ただ、「87%」という数字に惑わされる必要はありません。その中身を見ていくと、AIエージェント利用の実態がわかります。

  • AIエージェント導入の進捗状況はどれくらいですか?

    AIエージェント導入の進捗状況はどれくらいですか?

AIエージェントの利用状況

一方で、企業によってAIエージェントの活用度には差があり、アプリに組み込まれた機能を一部利用している段階から、自律的な業務処理を行う段階まで、さまざまなレベルが存在します。

AIエージェントは、その機能と能力に応じて、以下の4段階に分類できます。

(1)基本的な統合型AIエージェント

ビジネスアプリケーションに組み込まれており、シンプルな対話型タスクを処理できるAIエージェント。スケジュールの管理、ドキュメントの分類、簡単な問い合わせへの対応など、事前に定義された単純なタスクを実行できる。

(2)集中型AIエージェント

複数のシステムや業務プロセスと連携する中間的なAIエージェント。問い合わせの優先順位付け、標準的なレポートの生成、システムの監視など、ある程度の判断と状況に応じた理解が求められるワークフローを処理できる。

(3)エージェント型AIシステム

自律的に計画を立てて実行し、重要な業務プロセスや複雑なワークフローに適応できるAIエージェント。契約書の分析、パーソナライズされた顧客対応、異常の調査など、専門知識を必要とし、状況に応じて高度な理解や適応が求められる複雑な業務プロセスを処理できる。

(4)完全自律型オペレーション

人間による最低限の監視のみで、業務全体を独立して管理し、処理できるAIエージェント。サプライチェーン業務の管理、マーケティングキャンペーンのパフォーマンスの最適化、投資判断のためのデューデリジェンスなど、相互に関連する複数の業務プロセスを処理できる。また、意思決定と成果の最適化を別々に行い、経験から学習することで、パフォーマンスの向上を実現できる。

  • AIエージェントの分類

    AIエージェントの分類

「基本的な統合型AIエージェント」は、アプリケーションに組み込まれているAI機能のことです。その代表格には、Microsoft 365 Copilot、Google Workspace with Gemini、Box AIなどがあります。

「集中型AIエージェント」は近年大幅な進化を遂げており、AnthropicのMPC(Model Context Protocol)やGoogle CloudのAgent2Agentプロトコル(A2A)の登場により、複数ベンダーのAIエージェントを相互接続して、業務を処理することが可能になってきています。現在、一般的に「AIエージェント」といった場合は、この「集中型AIエージェント」を指す場合が多いです。

本調査結果によると、利用中の企業のほとんどが初期段階または開発中であり、業務に本格的に利用している企業は約15%に過ぎません。87%もの企業がAIエージェントを導入しているにもかかわらず、多くの企業がPoC(概念実証)やパイロットの段階を抜けられないのは、なぜでしょうか。

AIエージェントは、まだ業務に使えない?

続いて、別の数字「58%」を紹介します。これは、AIエージェントが単純なタスクを正常に完了できた割合です。これは米国のコーネル大学の調査結果ですが、複雑なタスクでは、その成功率は35%までに下がります。米国のカーネギーメロン大学による別の調査では、成功率30%という結果になっています。AIエージェントがなかなか業務に浸透していかないことに頷ける数字です。

なぜ、AIエージェントは業務を正常に完了できないのでしょうか。AIモデルの性能がまだ低くて業務を処理できる能力がないから、と思う方もいるかもしれません。それもあるかもしれませんが、AIモデルベンダーがしのぎを削り、AIモデルは急速に進化を続けていることから、性能の課題は時間とともに解決していくでしょう。

注目すべき点は、コーネル大学の調査が汎用LLM(大規模言語モデル)エージェントを使った結果ということです。汎用LLMエージェントとは、業務に特化した特別なトレーニングが行われておらず、企業固有のデータにアクセスできない基盤モデルに基づいて構築されたAIエージェントです。業務の特性を理解しておらず、業務処理に必要な社内データが使えないのであれば、会社固有の業務を適切に処理できないのは当たり前です。新入社員にパソコンだけ渡して、適当に資料を作っておいて、と指示しているようなものです。

では、AIエージェントが正常に業務を処理するために、必要なものは何なのか考えてみましょう。

AIエージェントの精度を上げる「コンテキストエンジニアリング」

今、AIエージェントの精度を上げる手法として注目されているのが「コンテキストエンジニアリング」です。「コンテキスト」にピッタリと合う日本語がなく、一語で表すことができないので説明すると、コンテキストとは、ある事柄の背景、状況、文脈、前後関係のことです。簡単な例で表すと、文章に「オレンジ」という単語があった場合、果物のオレンジなのか、色のオレンジなのかを、ちゃんと理解するということです。

コンテキストエンジニアリングも、一言で説明するには難しい用語です。AIにまつわる「○○エンジニアリング」には、「プロンプトエンジニアリング」もあります。プロンプトエンジニアリングは、AIから期待通りの正確で質の高い回答を得るために、AIへの指示(プロンプト)を最適化するテクニックです。コンテキストエンジニアリングも、AIから正しい回答を得るという目的はプロンプトエンジニアリングと同じですが、プロンプトエンジニアリングが単一のプロンプトの改善に焦点を当てている一方で、コンテキストエンジニアリングは、AIモデルに提供する情報を体系化して最適化するアプローチや概念のことを指します。

コンテキストエンジニアリングには、大きく分けて2つの側面があります。「技術で対処する側面」と「人間が対処する側面」です。技術で対処する側面は、さまざまなAI技術や手法を利用してAIモデルに提供する情報を最適化することです。メモリやRAG(検索拡張生成)、ツール、構造化出力といったAI技術や、書き込み、選択、圧縮、分離といった手法を利用します。

人間が対処する側面の1つは、プロンプトです。AIエージェントが正しく業務を処理できるように、実行すべきタスクを具体的に指示します。プロンプトエンジニアリングは、コンテキストエンジニアリングの一部ということです。

そして、もう1つ重要なものがあります。それが、AIエージェントに提供する情報です。AIエージェントに提供する情報自体が正しくなければ、技術や手法でいかに情報を最適化したとしても、AIエージェントは正しく動作しません。

  • コンテキストエンジニアリングの2つの側面

    コンテキストエンジニアリングの2つの側面

次回は、AIエージェントに正しい情報を提供するにはどうすればよいかを解説します。