AI導入の取り組みを進める際、多くの企業はPoC(Proof of Concept、概念実証)の実施を考えるだろう。まずは狭い範囲で実証実験を行うことで、そのAIが期待通りに機能するかどうかを確認したり、問題のある部分を特定して本番導入前に解消したりすることができるからだ。

一方で、PoCを行ったものの、思ったような成果が得られず、頓挫してしまうケースが多いのも事実だ。

では、PoCを効果的に実施し、現場への本格的なAI導入につなげるために押さえるべきポイントはどこにあるのだろうか。

今回は、さまざまな企業や自治体にAIソリューションを提供するAVILEN(アヴィレン) 執行役員 D&Aソリューション担当の満野翔氏に、AI導入のためのPoCでつまずかないコツを伺った。

  • AVILEN 執行役員 D&Aソリューション担当の満野翔氏

PoCをするべき理由

満野氏によると、一般的なAI導入のプロセスでは、PoCが実施されることが多いという。その場合、まずビジネス課題を洗い出してその解決を可能にするAIシステムのプロトタイプを設計し、PoCを行う。このPoCの結果を踏まえて要件を定義し、MVP(Minimum Viable Product)開発と進み、現場導入、改善を繰り返す……という流れだ。PoCは新しいアイデアが実際に機能するかどうかという「実現可能性を探る場」とも言える。同氏はPoCを実施すべき理由として、以下の2つを挙げた。

プロジェクトの全体感を整理する

1つは、AI導入に必要なデータを整理するためである。「AIを導入したい」という思いが先行し、いきなりシステムをつくってしまっても、足りないデータが続出し、上手く進まないという話はよく耳にする。そこでまずはPoCで問題点を洗い出し、「全体感の整理をすることが大切」だと同氏は話した。

ステークホルダー間での共通認識を形成する

もう1つは、経営層から現場担当者までAIの役割と到達可能な成果を“共通言語”で理解するためだ。AIを“万能の魔法”と誤解して過度な成果を期待するケースもあれば、逆に「精度が100%でなければ使えない」と過度に慎重になる声もある。PoCでは、AIが解決できる範囲・前提条件・残るリスクを具体的に可視化し、全関係者が目指すゴールと許容できるリスクを合意できるようにすることが重要なのだ。

「PoCで現実的な実現ステップを検証しておけば、導入後の活用イメージが具体化し、投資対効果の判断もしやすくなります」(満野氏)

つまずくのはなぜ?

だが、AI導入において、このPoCの段階でつまずいてしまう企業は少なくない。実は、そうした企業には共通する特徴があるという。その特徴として、満野氏は「HOWが目的になっている」ことと、「何でもやろうとして発散してしまっている」ことを挙げた。

AIはあくまでも手段

HOW、つまりAIを導入することが目的となってしまっている場合、PoCに取り組んだところで、「さてこれを何に使うのか」と必要性に疑問が生じたり、「AIさえ入れれば、何でもできるはずだったのに」と期待を裏切られたような気分になったりして、PoCが上手くいかないと同氏は説明する。

「AI導入はHOWでしかありません。ビジネスのKPIや、いくら削減するといったコスト目標を掲げ、それを達成する手段としてAIがあるということを理解していないと、PoCは失敗してしまいます。目的を整理し、必要なステップを踏んでいくことが重要です」(満野氏)

よくばりすぎも裏目に

AI導入にフットワーク軽く挑める企業は、よく言えば、チャレンジングな組織だ。一方で、「あれもやってみよう、これもやってみよう」となってしまうと、優秀な人材とリソースが分散してしまい、最も成果が出てほしいプロジェクトが手薄になってしまう可能性もある。

「選択と集中をし、成果が出るものに絞って、優秀な人材、予算を充てることが必要です。そのためには、経営層が率先してコミットし続け、プロジェクトを遂行していくことが不可欠になります」(満野氏)

PoCを成功させる3つのポイント

では、PoCを成功させるポイントは何か。満野氏は「次の3つが大前提となる」とPoCの進め方について示した。

  • コア部分から小さく始め、大きく広げる
  • 試しながら学ぶ、アジャイルなPDCA
  • 徐々に内製化していく

コアとはつまり、AI導入で何を成し得たいかという目的だ。新しいアイデアや技術を検証するのだから、当然思ったような結果が出なかったり、失敗したりすることもある。だからこそ、コア部分から小さく始めること、進める中で失敗を許容することも必要になる。同氏は、「試して学んで改善して、というPDCAサイクルを回していけば、確実に徐々に良くなる」と説明する。

「最初は外部ベンダーなどを活用して一気にノウハウを蓄積し、そこから得た学びを生かして内製化していくのも有効です」(満野氏)

PoCを成功させる5つのステップ

3つの大前提を基に、満野氏はPoCを成功させるための5つのステップを紹介した。 ステップは以下の通りだ。

  • 1.目的・課題設定
  • 2.データ収集・整理
  • 3.モデリング・学習
  • 4.評価・検証
  • 5.運用・継続改善
  • ここからそれぞれのステップでのポイントを見ていこう。

    目的・課題設定:4つの評価軸で、テーマを選定

    目的・課題設定において大切なのは、戦略ビジネス目標に基づき、テーマを選定することだ。満野氏は選定のための評価軸として「ビジョンと一致しているか」「ビジネスインパクトに紐付いているか」「実現できるか」「難易度は高すぎないか」を挙げた。この4つを起点に評価し、総合得点が高いPoCを選ぶことが重要である。

    データ収集・整理:データの言語化が鍵に

    データ収集・整理において大切なのは、データからは見えない“背景”をしっかりと言語化することである。同氏が挙げたのは「熟練者の知見」や「属人化している業務」をデータ化したいという事例だ。これらは「言語化が面倒なことを技術に頼ろうとする傾向にある」と指摘したうえで、PoCを受け持つデータサイエンティストがしっかりと業務を理解し、「熟練者やその業務を担当している人と同じレベルで業務ができるようにするべき」だと話す。

    また、そもそものデータが少なくては、AI導入は進まない。同氏は「説明可能なデータをしっかりと用意することも大切」だと続けた。

    モデリング・学習:目的を見据えたリフレーミング

    モデリング・学習フェーズで真に大きなレバレッジを生むのは、ハイパーパラメータ調整やアルゴリズムの乗せ換えではなく、「そもそも何を予測すればビジネス価値が最大化されるか」を問い直す「リフレーミング」だ。精度が頭打ちになった途端に技術的な微調整へ走るプロジェクトは少なくないが、それでは数%の向上に留まり、経営インパクトには結び付きにくい。

    リフレーミングの核心は、「予測対象の再定義」「データ粒度・スコープの再設計」「特徴量のビジネス視点での分解」という3つの視点にある。例えば、「売上向上」を掲げながら日次売上の絶対値を回帰予測しても、需要変動の激しい商材では平均絶対パーセント誤差(MAPE)が25%を切らず、現場の意思決定に使えないことが多い。そこで、熟練営業が暗黙的に行っている思考を抽出し、以下のようなかたちに切り替える。

    ・対象の再定義:日次売上ではなく「週次で在庫欠品リスクが閾値を超える確率」や「前週比10%以上の需要跳ね上がり」を分類問題として扱う
    ・スコープの再設計:全SKUではなく、利益貢献度トップ20SKU×主要販路に絞る
    ・特徴量の分解:POS だけでなく販促カレンダー、競合価格、気象データなど統合する

    このようにした場合、モデル精度は「意思決定可能なレベル」に跳ね上がり、発注タイミングや販促施策の改善へ直結する。要するに、アルゴリズムよりも「問いの立て方」こそがビジネス成果を左右する最大のレバーなのだ。

    このプロセスを支えるのは、データサイエンティストが「現場が何に基づき判断しているか」を深く理解し、経営層・オペレーション担当と共通言語で議論できるチーム体制である。熟練者の意思決定パターンを踏まえた指標設計と粒度設定に主体的に踏み込める組織こそ、リフレーミングを武器にPoCの壁を突破できる。

    評価・検証:現場で使えるかどうか

    評価・検証において大切なこととして、同氏は「業務での有用性評価」、つまり現場で使いやすいかどうかが最も重要だと説く。AIの効果検証の際、誤差が何%だといった数値データを見て、その性能を評価する場合もある。しかし、“性能上は大きな誤差”だったとしても、“現場にとってはたいしたことのない差”の可能性も大いにあるのだ。では、現場で使えるかどうかを判断するにはどうしたらよいのか。

    「ぜひ、アーリーアダプターを巻き込みましょう。AI導入を推進する部門だけでなく、現場やその業務を知っている人が推進しなければ、導入はスムーズには進みません。推進部門は現場に対し、AI活用の目的をしっかりと伝え、現場との期待値を調整していくことも必要です」(満野氏)

    運用・継続改善:AIには継続改善が不可欠

    運用・継続改善の段階で大切なこととして同氏がまず挙げたのは、冒頭にあったように、MVPで進めることだ。最初から「この機能も欲しい」「あの機能も欲しい」となると、難易度が上がり、導入が上手く進まない。

    「やってみて初めて分かることもたくさんあります。だからこそ、まずはミニマムで進めてください」(満野氏)

    また、「継続的な改善も欠かせない」と同氏は強調する。AIは市場の変化や現場のニーズに応じ、モデルのアップデートをしていくことが必要となる。継続的に現場からフィードバックを得て、改善するプロセスが重要であり、「最低でも月に1回は現場とのコミュニケーションの場を設けるべき」だと話した。

    * * *

    AI導入に際し、PoCを実施する企業は多いだろう。そして、PoCの時点で“失敗”する企業も少なくない。その成否を分けるのは、導入の目的を明確化できているか、適切なステップを踏んでいるかといった一見、当たり前のように思えることだ。しかし、当たり前ができないからこそ、多くの失敗事例がある。今後、PoCの実施を検討する企業はぜひ、満野氏の話を参考に、PoCに取り組んでいってほしい。

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