これまで取り上げてきたのは、基本的に「何かまずい事態が発生しても、何とかして機体を地上に連れ帰る」話が主体だった。今回と次回は方向性を変えて、「機体は失われても、乗っている人だけでも地上に連れ帰る」話である。

真っ先に連想するのはパラシュートだが……

子供の頃に読んだ漫画で、「乗っている飛行機がトラブルに見舞われて飛行を継続できなくなり、乗っている乗客をパラシュート降下させる」という内容のものがあった。しかし現実問題として、旅客機にはパラシュートは積まれていない。

時には数百名にも上る乗客一人ひとりにパラシュートを用意するとなると、スペースの面でも重量の面でもペナルティが大きすぎる。そもそもパラシュートは、未経験者にホイと渡していきなり安全に降りられるというものではないだろう。その辺の事情は、民航機に限らず、軍用機でも変わらない。

そんなわけで、飛行機からパラシュートで降りる場面というと、スカイスポーツとしてスカイダイビングをやる場面か、空挺部隊や特殊作戦部隊が敵地にパラシュート降下する場面ぐらいということになる。どちらも、然るべき訓練を受けた人がやるものである。このほか、射出座席で脱出したときにもパラシュートを使うが、その話は次回に取り上げる。

その空挺部隊や特殊作戦部隊ですら、パラシュート降下の代わりにヘリコプターでの潜入を用いる場面が少なくない。そのほうがまとまって降りられるし、武器などの装備を一緒に持ち込むにも都合がいいからだ。

  • 2016年11月、ネリス空軍基地のエアショーで。オープニングに米空軍の降下チームが、国旗を持ってパラシュート降下してきた。ちゃんと訓練された人だからこそ、こういうことができる。素人には無理だ

非常口は分散配置

閑話休題。非常時のパラシュート降下よりも、機体の安全性を高めて、まずは機体を地上まで連れ帰る工夫をする方が現実的、というのが基本的な考え方である。ただし、地上に降り立ったら急いで逃げ出さなければならない場面は考慮する必要がある。

そこで民航機の場合、「すべての乗客が90秒以内に脱出できること」という規定がある。だから、定員が大きな飛行機では、それに合わせて非常口の数も増やしている。また、非常口が特定の場所に集中すると具合が悪いから、分散配置する。

普段の搭乗・降機は、前方にある1~2カ所、しかも左舷側の扉しか使用しない。しかし実際には、前方だけでなく中央部や後方にも出入り口があり、しかも左右両舷に付いている。これらは基本的には非常時への備えだが、出発前に機内食を搬入するなどの用途でも使われている。

また、もっと小さなサイズの扉を設けることもあり、そちらは非常口専用となる。下のほうに写真を掲載しているATR42の非常口が、その一例。ATR42は珍しく、尾端の扉から搭乗・降機するので、前方には乗降用の扉がない。そこで前方には非常口専用の扉を設けてある。

ともあれ、多数の扉や非常口を用意しておくことで、非常脱出時に人が特定の扉や非常口に集中しないで済む。そして、機内のエリアごとに、どこの扉から脱出すればよいかという目安がある。

そういう事情があるので、いわゆる「非常口座席」では扉の周囲を広く空けておかなければならない。何も起きなければ空けておく必然性はないが、非常時にはスムーズな脱出の妨げになってしまうからだ。何も起きないという保証はない以上、常に非常時に備えておかなければならない。

ただ、事故の様態によっては機体が水平に着地できなかったなどの事情から、結果として一部の非常口を使えなくなる場面も起こり得る。例えば、エア・カナダの767がガス欠で不時着した時は首脚が正常に降りなかったので、機体は前のめりになり、後方の非常口は使えなかった。

だから「最寄りの脱出口・1カ所」だけでは足りない場面も起こり得ることになる。すると、「今、座っている場所を基準にして、最寄りの非常口・2カ所の位置を確認しましょう」という話になる。

  • ATR42-600の右舷最前部には、向かい合わせになっている座席がある。これはなにも、グループ客向けのサービスでこうしているわけではないだろう。中央上部に非常口が見える

  • 左舷側も最前部の席の横に非常口がある。また、前方の貨物室に通じる扉にも非常口の標記があり、そこから貨物室を通じて外に出ることもできるようだ

扉は外からでも開けられる

なお、旅客機の乗降用扉でも非常口でも、あるいは戦闘機のキャノピーでも、機体の内外・両方から開けられるようになっている。中からしか開けられないのでは、外から救出しようとした時に困るし、外からしか開けられないのでは中の人が雪隠詰めになってしまう。

以下の動画は、ボンバルディア製ダッシュ8・Q400の前部左舷乗降用扉を開閉する際の手順について解説したもの。機内から開ける場合と機外から開ける場合のそれぞれについて解説している。

Bombardier Dash-8 Q400 Door R1 (Forward passenger door)

戦闘機のキャノピーも、通常は乗っているパイロットが開ける。だが、負傷したり意識を失ったりして、自ら開けられない場面が想定されるので、機外からでも開けられるようになっている。

その操作のためのレバーやスイッチは蓋の中に収まっているが、その蓋の位置が一目で分かるように「RESCUE」と書かれた矢印で場所を指し示している。いわゆる「レスキューアロー」である。

しかし、キャノピーの開閉機構が壊れて作動しない場面も考えられる。そんなときには最後の手段として、工具でキャノピーを切り開く。F-35の場合、「キャノピーフレームから3インチ(76.2mm)以内のところを切るな」という注意書きが書かれているのが興味深い。

  • F-35Aの機首側面。「RESCUE」の標記と、キャノピーフレームに書かれた注意書きが見て取れる。下の方にある8の字型のパネルの中に、乗降用のラダーが収まっている。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。