前回に取り上げた各種の無線航法支援システムは、地上に設置してあるインフラがあって、初めて機能する。それに対して、地上のインフラに頼らなくても測位を行えるようにするのが、自律的な測位手段、という意味になる。

慣性航法システム(INS)

無線航法支援システムは、いずれも地上側のインフラがあり、それが発する電波を機上の受信機で受けることが前提になっている。ということは、地上側のインフラが整備されていない場所、あるいは洋上では、この種の航法支援手段は使えないことになる。地上のインフラに頼らなくても済む、自律的な測位手段が欲しい。

そこで登場した切り札が、慣性航法システム(INS : Inertial Navigation System)。ミサイルの誘導手段としておなじみである。

物理学の話になるが、加速度と経過時間を使うと移動距離を計算できる。その計算式を時間で2度微分すると、加速度だけが残る。裏を返せば、加速度を時間で2度積分すれば移動距離が出る(本連載は物理学の教科書ではないから、これ以上の原理的な話は書かない)。

ただし、飛行機は3次元の移動をするので、平面上の移動距離だけわかっても役に立たない。そこで、X軸・Y軸・Z軸の3方向について、それぞれ高精度の加速度計を用意する。加速度計の向きは、ジャイロスコープを使って精確に維持する。これを安定プラットフォーム式INSという。

それぞれの加速度計が測定した加速度を連続的に時間で2度積分すると、加速度計ごとの移動距離がわかる。その計算処理をX軸・Y軸・Z軸について個別に行い、その結果を合成すると、3次元の移動方向がわかる。起点の情報がわかっていれば、そこからどちらにどれだけ移動したかという情報を加味することで現在位置が出る。

もう1つ、ストラップダウン式INSというものがある。これは、加速度計をジャイロで常に安定化させるのではなく、搭載するプラットフォーム(飛行機やミサイルの機体)に固定してしまう。この方法では、プラットフォームの姿勢変化によって加速度計の向きが変動する。そこで、プラットフォームで発生する姿勢変化の向きと量を検出するレート・ジャイロの情報を加味する仕組み。

例えば「前進方向の加速度を検出したが、その際にレート・ジャイロが機首上げの動きを検出しているので、実際には斜め上に加速度がかかっている」といった計算を行う。計算処理は複雑になるが、機械的なメカニズムはシンプルになる。

参照 :
An introduction to inertial navigation(ケンブリッジ大学のテクニカル・レポート)

INSで重要なのは、X軸・Y軸・Z軸それぞれにかかる加速度を精確に知ることと、起点を間違えないことである。だから、INSを利用するようになってから、駐機場や格納庫には、現在位置の緯度・経度を小数点以下何桁という細かいオーダーで書き記すようになった。

実現するためのメカニズムが複雑なので、INSは長いこと、大掛かりで高価な機械として、軍用をはじめとする限られた用途でしか使われていなかった。宇宙船や潜水艦ではINSがなければ位置の測りようがないので、これはもう必須である。しかし、民航機に載せるには値が張るので、代わりに(?)航法士を乗せていた。

それをひっくり返したのが、ボーイング747の登場だった。従来の旅客機と比べると桁違いに大きくて高価な機体だから、搭載するメカが増えても、価格の上昇は相対的に目立たなくなる。そこでボーイング747は3基のINSを標準装備することになり、これで航法士は失職した。747以降、旅客機はINSを積むのが当たり前になった。

なお、INSは時間を使って積分することで現在位置を知るため、時間が経過するにつれて誤差が累積する点に注意が必要である。

  • ボーイング747 写真:Boeing

GPSの登場

GPS(Global Positioning System)についてはご存じの方も多いだろうから、簡単に済ませておこう。

もともと、アメリカ軍が1973年から開発を始めた衛星航法システムだ。GPSで使用するNAVSTAR衛星は高精度の原子時計を搭載しており、高度26,600kmの周回軌道上を回りながら、衛星の位置と時刻に関する情報を発信している。なお、民航機が利用できるのは民間向けのシグナルだけである。軍用のシグナルは暗号化されているので、専用の受信機がなければ受信できない。

受信機の側では、最低3基の衛星を対象として、衛星が地上に向けて発信している電波を受信する。そして、電波の到達時間に基づいて衛星と受信機の距離を割り出して、それを複数の衛星について合成すると測位ができる。緯度・経度に加えて高度も出るし、測位結果を連続的に追っていけば速度も計算できる。

実は、4基目の衛星を加えて4次元連立方程式を解くと、時刻の補正が可能になり、さらに精度が向上する。だから、GPSは測位だけでなく時刻の把握も可能な手段と位置付けられている。GPS受信機能を備えたデバイスが時刻補正機能も備えているのは、そういう理由がある。

GPS受信機は、INSと比べると小型軽量にまとめることができる。ご存じの通り、安価な受信機が大量に出回っているので、航空分野でも広く使われている。軍用機で、「GPSがない状態よりは、民間用GPS受信機でもあったほうがいい」といって、携帯式の民間用GPS受信機を購入してコックピットに備え付けた事例があるとかないとか。

今の基本はGPSとINSの併用

精度は高いが、衛星から電波を受信しないと使えないのがGPSである。地上のインフラは必要としないが、衛星というインフラは必要とするわけだ。一方、INSは本当に外部からの情報を必要としないが、精度ではGPSより少し見劣りするほか、時間とともに誤差が累積する難点がある。

すると、この両者は排他的な関係ではなく、相互補完的な関係にあると見なすことができる。だから現代では、GPSの受信機とINSを併用したり、両者を一体化したEGI(Embedded Global Positioning System / Inertial Navigation System)を使ったりする事例が少なくない。

また、INSそのものにも改良の手が入っている。例えば、高価かつ複雑精緻な機械式ジャイロスコープを使用する代わりに、三角形の光路を使って同様の機能を実現するリング・レーザー・ジャイロの利用が一般的になった。可動部分がなくなるので、シンプルかつコンパクトになり、信頼性も向上する。

というわけで、3回にわたって「機上で自己位置を把握する手段」について説明してきた。機上で自己位置がわかれば航法が成立するし、地上にポジション・レポートを送ることもできる。そういった情報に基づいて実現する機能を次回から順次取り上げていく。