「Vtuber」という存在を知っているだろうか。Vtuberとは、「Virtual Youtuber(バーチャル ユーチューバー)」の略で、仮想のキャラクターを利用して、人間の動きをモーションキャプチャで反映させた動画や配信映像をYouTubeに投稿している人のことを指す。
近年、盛り上がりを見せるVtuber業界だが、そこに企業や組織の名前を背負い参入する「公式Vtuber」が登場している。
本連載では、企業・組織の顔として運営されているVtuberの担当者に話を伺い、その誕生秘話や担当者の想いに迫る。
第9回となる今回は、自治体として初めて公認Vtuberを導入した茨城県の公認Vtuber「茨ひより」。担当者である渡邉一彦氏と髙橋友佳氏に話を聞いた。
「茨ひより」はどんなVtuber?
茨ひよりは、茨城県庁に勤める県職員で、入庁3年目に異動により「いばキラTV」の公式アナウンサーとして、2018年8月3日付で「バーチャル広報課・Vtuberチーム」に配属になったVtuberだ。自治体では初の公認Vtuberとなる。
「いばキラTV」とは、茨城県が運営するインターネット動画サイトで、茨城県の観光や食など様々な魅力を動画で発信している。茨ひよりはその中でアナウンサーとして勤めている。
「近年では、若者の政治離れという言葉もありますが、行政に無関心な若者が増えています。県として、どのようにしたら行政に興味を持ってもらえるのかを検討した結果、若者がよく知っているフィールドで発信しようと考え『Vtuber』を導入しようという考えに行きつきました」(渡邉氏)
自治体として初めて公認Vtuberを導入した茨城県だが、思いのほか反対意見は少なく、就任時には茨城県知事であった大井川和彦氏から辞令を受け取るなど、県を挙げて、彼女の活動をサポートしているそうだ。
普段、茨ひよりは県職員として茨城の魅力を発信することを業務としている。観光地や食の紹介をメインに活動しつつ、行政への関心も持ってほしいという想いから、選挙に向けた投票の呼びかけや国勢調査への回答のお願いなど、行政に関する情報発信も行っているそうだ。
たくさん掲載されている動画の中でも、一番反響が大きかったのは「竜神大吊橋でのバンジージャンプ」動画だったという。
【#14】茨城のバンジーは日本一ィィィィ!! ~竜神大吊橋行ってみた編~【いばキラVtuber 茨ひより】
「茨ひよりはさまざまな観光地のPRをしていますが、最も反響があったのはバンジージャンプの回です。実際に茨ひより自身がバンジージャンプを飛ぶのですが、これにはかなりたくさんのコメントが集まりましたし、新しい試みだったので視聴してくださる方も普段より多かった印象です」(渡邉氏)
ChatGPTを連携して「AI茨ひより」に
ここまで茨ひよりのさまざまな活動を紹介してきたが、活躍はこれだけにとどまらない。
「茨城県は、4月20日に、TRIBALCON.とアドバンスト・メディアと連携し、『茨ひより』のAI版『AI茨ひより』を発表しました。これは、OpenAI社の会話生成AI『ChatGPT』と連携したAI音声対話アバター『AI Avatar AOI』のシステムを組み込んだ国内初の取り組みで、4月29日・30日開催の『ニコニコ超会議2023』の茨城県ブースに登場し、盛況を収めました」(高橋氏)
この取り組みは、VTuber関連の制作を手掛けてきたTRIBALCON.がキャラクター運用のノウハウを生かして、「茨ひより」の性格、口ぐせ、得意分野の知識などを抽出し、「AI茨ひより」に設定として盛り込むことで、「茨ひより」本来のキャラクター性を再現しているという。
「ニコニコ超会議2023」の開催前には、AI茨ひよりが質問に対してどのような受け答えをするのかをイメージできるよう、ウェザーニュースキャスターの檜山沙耶氏とAI茨ひよりが対話するコラボ動画をYouTubeで公開している。
檜山沙耶✕AI茨ひよりでフリートークしたらやっぱり予想外の展開に。【ChatGPT搭載AI茨ひより】
「県職員としての茨ひよりは、勤務時間の問題などで、活動できる時間が制限されるという状況にありました。この『AI茨ひより』が誕生したことによって、AIではあるものの、ファンの方々と時間を気にすることなくコミュニケーションが図れる可能性があるという面で、今後の活躍を期待しています」(髙橋氏)
「茨ひより」への愛であふれる茨城県庁内
取材が終わり片付けをしていると、渡邉氏に「ぜひ展望ロビーにも寄ってみてください」と言われ、向かってみるとそこには茨ひよりの今までの活動を振り返る年表が飾られたスペース「ひよりんアートの小径」(2023年8月頃に掲示物を入れ替え予定)があった。
年表のほかにも、さまざまなバリエーションに身を包んだ茨ひよりのイラストも見ることができるため、ファン垂涎の空間である。
またこの展望フロア以外にも、茨城県庁内にはたくさんの「茨ひより愛」を感じ取れる場所が随所にある。
まず、入館して最初に目に入る1階の総合受付の電光掲示板には、やってきた県民たちを迎える茨ひよりの姿がある。
また、県民が目にするポスターにも多く登場している。茨城空港のポスターや、災害ボランティア登録のポスター、食品ロスの対策ポスターなど、その活動は幅広い。
極めつけは、県庁のエレベーター内だ。筆者も最初は気が付かなかったが、なんとボタンのところにも彼女が隠れているのだ。
県庁職員をはじめ、県民みんなに愛され、日常を見守ってくれている様子が伝わる。
最後に、社内でVtuberの導入を検討している企業の担当者に向けて、企業公認Vtuberの先輩としてアドバイスをいただいた。
「『作り手と視聴者では求めているものが違う』ということは忘れてはいけないポイントです。もちろん茨ひよりは、県公認のVtuberですので、県の魅力を発信していくことを目的としています。一方で、Vtuberのファンの方々が、Vtuberが起用されているからといって、必ずしもその動画を見ようということにはなりません。また、話題性を重視するがあまり、過激な動画や県としてふさわしくない動画を掲載してしまうとファンの方や県民の皆さまに心配をかけてしまう。そこの線引きが難しいと思っています。視聴者は何を求めていて、どんな動画を見たいと思っているのか、自治体や企業の名前を背負う以上、そういった『視聴者目線』を特に大切にやっていただきたいですし、私たちも気を付けていきたいと思っています」(渡邉氏)