SmartHRは10月21日、「AI時代、現場の人と組織は何に困っているのか - 製造・店舗の事例から考える、育成・配置・技能継承へのデータ活用」と題したメディア向け勉強会を開催した。登壇したのは、同社 タレントマネジメント事業本部 事業本部長の松栄友希氏だ。
人手不足が顕著も、能力開発は進んでいない
松栄氏は冒頭、日本の生産年齢人口が1995年をピークに減少し続けていること、企業の人手不足は高止まりしていることを示した。しかし一方で、SmartHRの調査によると、「数年先の事業展開を考慮して、その時必要となる人材を想定しながら能力開発を行っているか」という問いに「行っている」と回答した企業は、規模を問わず、10数%であるというデータを基に、「能力開発は進んでいない」と警鐘を鳴らす。
「人が足らなければ採用すればいいという考えが通らなくなってきています。今、社内にいる人をどう育て、事業成果に結び付けるかが問われているのです」(松栄氏)
AIの判断は“存在する”データから
このように人手不足が続くなか、企業ではAIを活用した人的資本経営の実践への期待が高まってきていると、松栄氏は説明する。実際に「AIにお願いすれば、最適な人材配置ができますか」と問われることも多いそうだ。だが、AIは「提案できる」が、「その回答が最適か」「その通りに行えば成果が出るか」は別である。
同氏はこれをコックに例えた。AIは優秀なコックを提供できるが、それだけで美味しい料理が完成するわけではない。適切な食材や調味料がなければ、美味しい料理にはならないのだ。
では、AIを活用した人的資本経営を実践する際に必要になる“食材や調味料”とは何か。それが人事データだ。松栄氏は「十分な量と質の全従業員データが必要」だと強調する。しかし、「現状ではほとんどの企業でその用意ができていない」と続けた。
例えば、従業員1000人の企業で300人分のデータしかシステムに登録されていなければ、AIはデータの存在する300人の中から“適切な”人を推薦する可能性が高い。残り700人の中により適した人がいたとしても、データがなければ、AIは回答できないのだ。
意思決定における3つのプロセス、人とAIの役割とは
ここから松栄氏は、HRにおける人とAIの役割分担に話を進めた。同氏は、意思決定のプロセスを「情報を集める」「見立てる」「決める・説明責任」の3つに分ける。
「情報を集める」段階でAIが得意とするのは、人が面談をした際の記録の作成や要約といった部分だ。また、情報の整理や分析もAIの得意分野だと言える。
一方で、AIが人を相手に対話をした場合、しっかりと本音を引き出せるかというと、そうとは限らない。人の役割は、本人と対話し、話を深く聞き出すことにある。また、普段の仕事ぶりや周りから見た評判などを集めることができるのも人だ。そしてもう1つ、人にしかできないことが、さまざまな情報から何を記録し、どの情報をどの範囲まで共有するかの判断である。
「見立てる」段階では、条件や人物像に合う候補を広く探索したり、候補にあがりやすい人物の傾向を見出したりするのがAIの役割となる。人は、AIの推薦した人物がどのような状況なのかを直接確かめる役割を担う。また、データの内容が薄い人物が候補から漏れていないかを確かめるのも人の役割だ。
「AIに候補者のヒントを出してもらい、そのうえで人が実際に会いに行くべきだと考えています。このような協業の仕方が重要です」(松栄氏)
「決める・説明責任」は人の仕事だ。松栄氏は「人事の意思決定はトレードオフになりがち」だと話す。例えば、人事としてはエース人材をキャリアアップさせたいが、事業部としてはエースを引き抜かれては困るといった具合だ。そこで重要なのは、何を優先するのかを人が決めることである。
「社内の人が優先順位をきちんと決めたうえで、その実行まで責任を持つべきだと考えています」(松栄氏)
さらにもう1つ、人には重要な役割がある。それが「判断後の働きかけ」だ。本人に期待を伝え、意向や不安を確認し、話し合う。必要な学習や支援を用意する。プランを立て、進捗や成果を確認し続ける。変化を確かめ、見立てや計画を更新する。これらは人ならではの役割だと言えるだろう。
「AIはあくまでもショットの判断、ショットのサポートです。社内で人を育てられるか否かには、判断の後の人の働きかけが重要なのです」(松栄氏)
製造業、店舗型ビジネスにおける意思決定
ここから松栄氏は、製造業と、店舗型ビジネスを例に、HRに関する課題と、それに対する意思決定について説明した。
技術を継承するために必要なこととは
製造業の場合、技術者の高齢化が大きな問題だ。熟練の技術を継承しようにも、技術が暗黙知になっていたり、継承が本人や現場任せになっていたりすることも多い。人事目線では、事業継続に必要な技術を誰が持っているのか、把握しきれていない企業も多いという。加えて、技術や資格の取得に数年必要な場合もある。
そのため、「情報を集める」段階ではまず、失われてはいけない技術をピックアップし、それを誰が持っているのか、保有者がいつ定年退職を迎えるのかなどをデータ化することが必要となる。
「見立てる」段階では、収集した情報を基に、技術の継承計画を立てる。そして「決める・説明責任」の段階では、どの技術を優先するのか、誰に継承するのかを決める。そのうえで、継承がスムーズに進むよう、配置転換などを実施する流れだ。
離職率の高い業種ではどうする?
店舗型ビジネスのなかでも、小売業や飲食業は離職率が高く、人材育成の負担が大きいという課題がある。とくに店長は管理業務に加え、人手不足から自身も現場に出る必要に迫られる場合が多い。業務がひっ迫している状況で、さらに人材教育も行うとなれば、その負担の大きさは計り知れないだろう。
また、ホテル業では営業許可を得るために必要な資格が多いという特徴があると松栄氏は言う。1人でさまざまな資格を保有している場合、その人物が異動や退職により不在となると、ホテルの運営そのものがストップしてしまうリスクに直結することもある。また、異動に転居を伴うケースが多いのもホテル業の特徴だ。希望に沿わない異動は離職につながりやすい。さらに多種多様な職種の人材が働く場所のため、適切な配置を行う難易度も高い。
意思決定における「情報を集める」段階で求められるのは、各店舗のスタッフのスキルやシフト状況、異動希望、売上、顧客からの声など、店舗の人に関する情報を集約することだ。
「見立てる」段階では、どの店舗の育成が順調か、離職が少ないかなどの項目を立て、店舗間の差分を分析する。分析はAIに任せ、人は実際に店舗に足を運び、違いを確認することも重要だ。それらを基に、「決める・説明責任」の段階で、差分の要因を明らかにし、仕組みや配置の見直しを行う。また、継続的な改善プランの策定もこの段階で実施する。
今後、AI活用を進めるために必要なのは定性データ
松栄氏は最後に「課題や有効な施策はビジネスモデルによって異なる」と前置きしたうえで、「AIを活かすためには、自社の育成・配置の判断に必要な情報から整備していくことが大切」だと述べた。
「AIをより活用するためには、“この人の評価はAです”という情報だけでなく、“なぜAだったのか”という定性データも重要になります。このような定性データをどれくらい集め、貯めることができるかが、今後のHRにおけるAI活用の鍵なのです」(松栄氏)
