AI時代に必要な品質投資とは、テスト担当者や承認工程を単純に増やすことではありません。開発ライフサイクル全体に品質保証を組み込み、変更が発生するたびにリスクを把握し、必要な検証を実行できる仕組みを整えることです。品質を可視化し、リリースの判断基準を明確にすることで、企業は開発を止めることなく、より安全にソフトウェアを提供できます。
本稿は「日本企業の65.6%が『未テストコード』を本番投入、AI開発で何が起きているのか」の後編です。
前編:日本企業の65.6%が「未テストコード」を本番投入、AI開発で何が起きているのか
「スピードか品質か」という二項対立から脱却する
る、レビューを簡略化する、重大ではないと判断した不具合を先送りするといった対応が取られることがあります。しかし、検証が不十分なままリリースしたソフトウェアに問題が発生すれば、原因の特定や修正、システム復旧などに追加の時間と費用を要します。
AI時代に必要なのは、「速く出すか、品質を守るか」という二者択一ではありません。品質を継続的に確認できる仕組みを構築することで、安心して速くリリースできる状態を作ることです。Tricentisは、企業が成功するためには、スピードと統制を同時に拡張し、エンジニアリング、QA、事業部門の連携を強化する必要があると指摘しています。
品質投資の目的は、すべてのリスクをゼロにすることではありません。事業に重大な影響を与える可能性のあるリスクを早い段階で特定し、限られた時間とリソースを優先的に配分することです。品質保証は、開発を止めるためのブレーキではなく、どの速度で安全に進めるかを判断するための制御機能として捉える必要があります。
継続的テストを開発プロセスに組み込む
従来の開発では、要件定義、設計、実装が完了した後に、まとまった形でテストを実施するモデルが一般的でした。しかし、AIによってコード量や変更頻度が増加する環境では、開発終盤にまとめて品質を確認する方法には限界があります。そこで必要になるのが、テストを開発ライフサイクル全体に組み込み、変更が発生するたびに品質を検証する「継続的テスト」です。
継続的テストでは、コードの変更を検知し、その影響を受ける機能や業務プロセスを特定した上で、必要なテストを自動的または優先的に実行します。すべてのテストを毎回同じように実行するのではなく、変更内容、過去の障害、利用頻度、システム間の依存関係、事業への影響に応じて検証の重点を変えることが重要です。
Tricentisは、テスト自動化、テスト管理、性能検証、品質インテリジェンスを連携させ、DevOpsのビルドおよびデリバリープロセスに継続的テストを組み込む考え方を示しています。分断されたツールを連携させ、品質情報の可視性を高めることで、企業はリスクを増大させることなくデリバリーを拡張できます。
テスト自動化も、単なる人員削減や作業時間短縮の手段として捉えるべきではありません。AIが作り出す変更量に品質保証を追随させ、問題を早期に発見し、リリース判断に必要な情報を提供するための基盤です。
AI生成コードに対するレビュー責任を明確にする
AIが生成したコードは、短時間で動作する成果物を作れる一方、企業固有の業務ルール、システム間の依存関係、例外処理、セキュリティ要件を完全に理解しているとは限りません。一見すると適切なコードでも、既存システムとの接続関係などを十分に考慮できていなければ、問題が生じる可能性があります。
そのため、AIが生成したコードをそのまま本番環境へ移すべきではありません。誰が、どの基準に基づき、どの範囲まで検証するのかを、開発プロセスの中で明確にする必要があります。
レビューでは、仕様や業務要件との整合性、セキュリティ、コンプライアンス、保守性、性能、データへの影響、既存システムや外部サービスとの接続関係を確認する必要があります。AIエージェントがテストやリリース判断にも関与する場合は、AIが参照した情報、判断の根拠、承認履歴、例外発生時の処理を追跡できることも重要です。
AI活用のガバナンスとは、AIの利用範囲をむやみに狭めることではありません。AIに任せられる判断と、人による承認が必要な判断を定義し、必要な場面で介入できるようにすることです。Tricentisも、AIエージェントによる実行にガバナンス、承認、監査可能性を直接組み込みつつ、人が監督、判断、説明責任を保持するモデルを示しています。
AIが高度になるほど、AIへ適切な文脈、制約、業務ロジックを与え、その判断を検証する人の役割が重要になります。品質保証は、テストの実行だけでなく、「何をテストすべきか」「なぜその検証が重要か」「AIの出力を信頼できるか」を判断する機能へと広がっていきます。
IT部門が持つべき、品質を担保するための指標
ソフトウェア品質を経営課題として扱うには、品質の状態とリスクを測定し、事業部門や経営層にも理解できる形で可視化する必要があります。テストを何件実施したかという活動量だけでは、リリースの安全性や事業リスクを十分に説明できません。
IT部門が継続的に確認すべき指標としては、未テストコードの本番投入率、テスト自動化率、変更に対して実行されたテストの割合、リリース後の障害件数、重大インシデント件数、脆弱性の検出件数、障害復旧や再作業に要したコストなどが挙げられます。
加えて、変更の影響範囲をどの程度把握できているか、事業上重要な機能が優先的に検証されているか、AI生成コードに対するレビューと承認のプロセスが整備されているかも重要な観点です。
これらの指標は、事業への影響と結び付けて評価する必要があります。例えば、障害件数が少なくても、決済、受発注、生産、顧客認証など、重要な業務プロセスに影響する障害であれば、経営上のリスクは大きくなります。反対に、テストカバレッジが高くても、重大な障害につながる領域を検証できていなければ、十分な品質が担保されたとはいえません。
品質指標は、どのリスクが残っているかを関係者が共有し、予定通りリリースするのか、追加検証を行うのか、段階的に展開するのかを判断するための共通言語となります。
おわりに――品質ガバナンスは開発を遅くするものではない
品質ガバナンスは、承認者や手続きを増やし、開発を止めるための仕組みではありません。どの条件を満たせば安心してリリースできるのか、どのリスクには人の判断が必要なのかをあらかじめ明確にすることで、現場の意思決定を速くする役割を持ちます。
開発、QA、DevOps、事業部門が、共通の品質指標とリスク認識を持つことがで]きれば、問題が発生するたびにゼロから協議する必要はありません。リリース基準、責任範囲、承認ルール、例外対応を共有することで、スピードと統制を両立しやすくなります。
AIがコード生成やテストを担う範囲は、今後さらに広がるでしょう。しかし、AIによって開発が速くなるほど、品質保証を後工程に残しておくことは難しくなります。必要なのは、問題が起きてから費用を投じることではなく、問題を早期に発見し、事業への影響を抑える仕組みに投資することです。
システムを止めないための「品質投資」とは、単にテストツールを導入することではありません。継続的テスト、自動化、品質情報の可視化、明確なレビュー責任、リスクに基づくリリース判断を、一つの運用モデルとして構築することです。AIによる開発スピードと、人による判断、統制を組み合わせることによって、企業はDXを止めることなく、信頼できるソフトウェアを継続的に届けられるようになります。
著者プロフィール
成塚 歩(なりづか・あゆむ)/Tricentis Japan代表執行役
應義塾大学卒業後、日本総合研究所に入社。システムエンジニア、大手法人向け営業を経て、2008年に日本マイクロソフトに転職。以後12年間にわたり、エンタープライズ向けにビジネスを展開。Smart Storeのイニシアティブを立ち上げなど、日本の小売業界向けのDX支援を推進。業務執行役員 流通サービス営業統括本部長を務めた後、2020年、Apptio株式会社に入社し、代表取締役社長に就任。ビジネスに貢献するテクノロジー投資意思決定の高度化のためのメソドロジーTechnology Business Management(TBM)を日本企業に導入。2024年、Tricentis Japan 合同会社に入社し、代表執行役に就任。著書に『TBM ITファイナンスの方法論」(翔泳社/2023年)』