デジタル技術は社会インフラとして定着し、AIも急速に進化し続けている。このAI時代においては、AIに仕事を奪われるのではないかという不安におびえるのではなく、人間が主体となってイノベーションを起こすことが重要であると語るのは、圓窓 代表取締役の澤円氏だ。
9月15日~16日に開催された「TECH+データ×イノベーションEXPO 2026 Sep. イノベーションの停滞要因を打破するデータの活かし方」に同氏が登壇。AI時代にイノベーションを起こすために実践できる3つの具体的なアプローチを示した。
AI時代に重要なのはコンテキストを理解すること
講演冒頭で澤氏は、デジタル技術が社会インフラに統合されるようになった例として、サンフランシスコで実用されている自動運転タクシーのWaymo Oneを挙げた。人間には見えない死角の障害物までセンサーが把握している様子を見ると、AIなどの技術の進化が人間の仕事を奪っていくのではないかという不安も生じてくるが、これについて同氏は、過去の似たような事例から学べることがあると言う。
その過去の事例とは、1839年のダゲレオタイプカメラの発明だ。当時の画家の多くは写実的な肖像画を描いていた。そこへ銀板に焼き付けるカメラが登場したことで、画家のポール・ドラローシュは「今日を限りに絵画は死んだ」と言ったという。さらにライカというフィルム式のコンパクトなカメラが登場して手軽に瞬間を切り取れるようになり、カメラを手にして外に出ていくという行動様式が生まれた。つまり複製技術の進化によって人間の行動が変わったのだ。
ここで重要なのが、「コンテキストを理解すること」だと澤氏は指摘する。カメラによって写実的肖像画のビジネスは失われたかもしれないが、カメラがあるというコンテキストが、その後のイノベーティブな芸術作品につながった。絵や写真も取り込んだダリの作品には先進性があるし、ピカソは写実性とは異なる方向の芸術を生み出した。さまざまな技術が登場してくるというコンテキストを把握していれば、大きなイノベーションが起きやすくなるということなのである。
そして、経済学者であるヨーゼフ・シュンペーターが「イノベーションは新結合である」と言ったように、イノベーションは必ずしも新技術ではなく、既存の技術の組み合わせだということも重要だ。ライカは映画用の35ミリフィルムに精密工学と小型カメラ技術を掛け合わせた。つまり既存技術の組み合わせが人の行動を変えたのである。こうした「コンテキストを読み、既存のものを組み合わせる」視点を日々の仕事に落とし込む具体策として、澤氏は次の3つを挙げた。
イノベーションを起こすために必要な1つ目のこと:情報発信する
イノベーションを起こすための最初に一歩は、自分から情報発信することだと澤氏は話す。インターネットが普及し始めた1995年以降、米国のGDPは伸び続け、2000年代半ば以降は中国が急上昇、G7諸国は微増だが、日本だけは停滞した。流動、開放、格差を旨とする文化的背景がある米国に対し、日本は安定、帰属、平等を重んじる傾向があり、それがイノベーションの停滞につながっているのではないか、というのが同氏の見立てだ。こうした違いが表れやすいのが、情報発信の在り方だという。
例えばグループウェアが登場して社内外に情報発信ができるようになると、情報発信に対するインセンティブが大きい米国では盛んに発信が行われたが、承認文化が根強い日本では、承認なしに発信しにくい場面が多いと同氏は見ている。その結果、グループウェアが単なる承認ワークフローになり、情報がサイロ化して他部署に届かないことが起きがちだという。
音楽配信代行サービスCD Babyの創業者であるデレク・シヴァーズは、「アイデアは実行の乗数に過ぎない」と言っている。つまり、アイデアそのものには実はそれほどの価値があるわけではなく、重要なのはそれを実行することなのだ。米国に、アクションに対してインセンティブが発生する仕組みがあるのは、そのためだと澤氏は指摘した。情報発信もまた、アイデアを実行に移す行動の1つというわけだ。
では情報発信のためには何が重要なのか。それは、自分自身に肩書やバックグラウンド、業務領域などのタグをつけることだ。
「僕自身でいえば、IT、AIが得意で、Microsoftで業務執行役員をしていたことがあり、テクノロジーのバックグラウンドがあるというように自己紹介します。そういった感じでタグをつけていくのです。他の人と比べる必要はなく、自分はこのタグをつけるのだと意識することが大事なのです」(澤氏)
イノベーションを起こすために必要な2つ目のこと:現場を観察する
2つ目は、現場の観察だ。最近の米国ではソロプレナー、つまり1人のアントレプレナー(起業家)という働き方が注目されている。ソロプレナーはAIエージェントを使いこなし、製品企画から製造、セールス、マーケティングまでAIエージェントに実行させる。人間のタスクはアイデアを出してAIエージェントに渡すことだが、その空いた時間に外へ出ることこそが、イノベーションのために重要なのだ。外へ出て顧客やパートナーをつくり、現場を観察するのである。
澤氏は、このとき重要なのが「OODA」だと説明する。OODAとはObserve、Orient、Decide、Act、つまり観察、状況判断、意思決定、実行のサイクルであり、その最初のステップが観察だ。顧客やパートナーの動き、潜在顧客、そしてマーケットを観察し、主観的な見え方だけにとらわれず、他の人にはどう見えているのかを聞いて回る。そのうえで、その人の背景、価値観、人間関係といったコンテキストを理解し、それを基にコミュニケーションをとる。観察し、理解し、良好な関係を築くことが重要なのである。
例えば顧客が小売業なら店舗に足を運び自らその顧客になる、重機を扱う企業ならその現場を見に行くといった行動により顧客の体験を理解することができる。さらに、さまざまなコミュニティに参加すれば多様な価値観に触れられるため、自分以外の物差しを知ることができ、視野を広げられる。
「いろいろなコミュニティにつながれば、人を見る目が養われていく。そうするとマーケットのニーズが理解できるし、誰と誰をつなげると面白いことができるという発想も出てくる。これもイノベーションです」(澤氏)
イノベーションを起こすために必要な3つ目のこと:やめることを決める
3つ目は、「やめることを決める」である。例えばソニーのウォークマンがラジカセからスピーカーと録音機能を排除して小型化し、音楽を持ち運ぶというイノベーションを実現したように、不要なものを見極めてそれをなくすことが重要なのである。経営者なら、その会議が本当に必要なのか、その書類は不可欠なのかを考え、不要ならなくすことをトップ自らが決める。そうすれば、最も貴重な経営資源である時間を増やすことができるのだ。
「AIのせいで仕事が増えた」という話もよくあるが、それは「引いていないからだ」と澤氏は指摘する。必要のないタスクを見つけて引き算し、本当に意味のあることに注力できるようにすることが重要だ。そして、なくすことはできないが生産性を高められない仕事は、それを面倒がらずにやってくれるAIに任せてしまえばいい。「これからの時代は、AIは確実に人類のパートナーになる」と同氏は続けた。
「AIが仕事を奪うことはありません。ただし、うまくAIと付き合える人だけが生き残るのです」(澤氏)
AIを使いこなし、意思で未来をつくる
澤氏は、プロンプトをやり取りしながら100個の新規事業のアイデアを出させて絞り込む、手書きのラフをブラッシュアップしてイラストを作成するといった生成AIによるデモを実演。著書や音声配信から自身の思考を学習させてつくった「AI澤さん」との会話を紹介した。
そのうえで、生成AIの使いこなし方として、没案をつくる時間を圧縮してプロが本当に頭を使う時間を生み出したり、思考を外部化したりといったことが有効であるとアドバイスした。
最後に同氏は、AIに置き換わらないものとして、リーダーシップ、アントレプレナーシップ、そしてクリエイティビティの3つを挙げ、人間にとって最も重要なのは意思、つまり自分の頭で考えることであるため、これらをAIに置き換える理由がないと話した。
「意思が未来をつくる、このマインドセットを持つことが重要です。これからのやり方で未来を面白くすることができます。一緒に未来をつくりましょう」(澤氏)
