朝日新聞社社長・角田克に直撃!AIの登場に既存メディアはどう対応していくか?

AI、ネットが発達する中「紙」の新聞の意義は?

 

 ─ 世界の政治経済の先行き不透明感、地政学リスクなどで混沌とした状況ですが、改めて今の時代のメディアの役割をどう考えていますか。 

 角田 確かに今は混沌とした状況です。その中で我々新聞やテレビは「オールドメディア」と呼ばれますが、朝日新聞に限らず、新聞業界が発信したものを基盤に世の中が動き始めていることに変わりがありません。 

 歴史的には確かにオールドですが、新聞は「エッセンシャルメディア」であると言えると思います。ただ、その新聞業界や出版業界が、この25年ほど、広告収入の激減や紙離れなどが非常に深刻になっています。 

 私はエッセンシャルメディアが機能しない社会は非常に怖いと思っています。賛否は別にして、有権者が日々の事象についてどういうものか、問題点がどこにあるのかがわかっていないと政治ができませんし、選挙も成り立ちません。 

 その意味で、業界全体で経営的に苦しくなっている中、オールドメディアとして叩かれやすい状況にありますが、ここまでネット社会、AI(人工知能)が発達する中、エッセンシャルメディアとしての価値は逆に高まってくると考えています。その潮流、波濤をいかに掴むかという点で分岐点にあるという認識を持っています。 

 ─ 新聞が果たすべき役割はまだまだ大きいと。具体的に新聞の強みはどこにありますか。 

 角田 紙のよさや一覧性も大事ですし、新聞の朝刊は毎日、新書を1冊分出しているようなことをやっています。 

 また、セレンディピティ(思いがけない発見)と言われますが、読もうと思っていた記事の横の記事を目にしたことが視野を広げるきっかけになることがあります。その意味で紙のメディアは大事ですが、人は便利なもの、早いもの、安いものを選びます。 

 あえて乱暴に言うと、そうした潮流に「新聞社ごとき」が棹をさすことはできません。そうであれば、その潮流をどう掴むかということに重心を置かなければ、エッセンシャルメディア、核となるニュースが世の中に流通しなくなります。そうなると混沌どころか、大混乱、無秩序な社会になり得ます。 

 経済人の皆さんも「新聞、出版業界は大変ですね」とおっしゃいますが、社会全体の安定、有権者の皆さんが十分な情報に基づいて判断できる環境がなければ企業経営も簡単ではなくなります。 

 ある企業がフェイクニュースを流布された時に「違いますよ」というチェック機能を果たせるのも、我々エッセンシャルメディアだろうと思います。その意味で経済人の皆さんも関心を持っていただけるとありがたいと思います。 

 真っ当な自由主義、民主主義の国の基盤づくりの一翼を担っているという自負はありますので、この問題は大げさではなく、今や国家的な課題になりつつあるのではないかという認識を持っています。他者を批判することが多いメディアですから、すぐにご賛同が得られる状況ではないことは承知していますが。 

 

「AI全振り」という言葉に込めた意味 

 ─ インターネットの普及以降、メディアを巡る環境は大きく変わったと思います。 

 角田 そうですね。インターネット革命により、この20年ないし30年で今の構図ができてきましたが、今はさらに速いスピードでAIの進化が続いています。 

 私たちも「AI全振り」と言っていますが、これはAIに全てを委ねるということでは全くありません。その流れにパブリッシャーとして思い切り乗るべきか、一部乗るべきか、乗らないべきかという判断を刻々と迫られています。実際、AIに自社のニュースが読み込まれないと、ユーザーに届く率がどんどん落ちていくという現実があります。 

 私は社内に「メディアパワーをアップする」と言っていますが、AIに関わらないとメディアパワーがアップできないというジレンマがあるんです。22年11月にOpenAIが ChatGPTを公開して以降、指数関数的にAIが強くなっていきました。 

 もう1つ、問題点としてAIはいい加減な情報も含めて取り込みますから、真っ当な情報を取り込ませないといけないということがあります。間違った情報が取り込まれると場合によっては国家的損失にもなり得ます。 

 ─ そうすると、まずはAIを活用してみるというのが、いま取り得る措置になりますか。 

 角田 そうですね。「AI全振り」と言っているのは、まずは慣れようということです。よく言うんですが、新聞記者中心の会社は新しいチャレンジを批評的に見てしまうんです。編集部門は、その取材過程やデスクワークは絶対に必要です。「トラストアンカー」(信頼の錨)にならなければなりません。ただ、その過程ではAIを利活用しない手はない、というのが基本的な考え方です。 

 ─ これは「働き方改革」にもつながるんですか。 

 角田 そこへ持っていきたいんです。今までは検索もデータベース検索でしたが、今はAIがやってくれる。例えばくらし科学医療部で記事を書く時に、関連する論文はどういうものがあるかをAI検索すると大量に出てきて、それをまとめるように指示するとまとまって出てくる。 

 AIがまとめた材料を網羅的に知った上で、人間である記者が専門家の取材に行く。AIによって作業を効率化し、最終的に何をどう扱うかという部分は人間がやるというイメージです。 

 

「スーパージャーナリスト」とは何か?

 

 ─ ある意味でAIと対話しながら多角的、多面的に記事を書くことができるわけですが、メディアの根幹部分は維持するということですね。その上で、角田さんが言っている「スーパージャーナリスト」はどういう意義を持ちますか。 

 角田 今お話ししたことの延長線上ですが、優秀な記者は個人の関係が強いわけです。例えば最高権力者、企業や学者のトップと個人としての関係があるか、すぐにやり取りができるかといったことが記者としての大きな価値なんです。 

 その前提としてのまとめや背景のインプットにはAIを使えばいいんです。この両方が重なった時に非常に強さを発揮できます。それが私が言っている「スーパージャーナリスト」です。記者の能力にAIを付加することでエンジンを増やし、発射するボールをさらに高く、遠くに持っていくというのが私のイメージです。こういう専門記者を増やさなければいけないということで準備しているんです。 

 ─ 人の育て方も変わってきますね。 

 角田 ええ。いま現在は原稿へのAIの活用はかなり抑制的です。また、新人記者は1年間は原稿作成でAIを使わせないという方針です。ある記事ができるまでにどういう取材をしなければいけないかといったことを身を持って経験した記者でないと、嘘か本当かも見極められなくなります。ここはAI活用において、一番気をつけなければいけない部分だと思っています。 

 我々メディアだけでなく、教育もAIとの付き合い方、生活経験、人と人の感情的やり取りなど、AIネイティブが普通になる中、国家としてどう対応していくかは、少なくとも国家10年の大計になると思っています。 

 ─ この構想に対して、社内外からの反応はどうですか。 

 角田 興味深かったのは、新聞業界を卒業した人たち、途中でネット業界に転身した人たちなどからは強い批判をいただきました。一方、経済人や学者の皆さんからは「よく言った」といった反応がありますね。 

 特に紙中心の発想の中で記者をやっていた人たちなどからは「角田はおかしくなったのか」という反応までありました(笑)。これは面白い現象だと思いましたが、新聞業界に対する期待感はよくわかります。わかるのですが、それは紙に依存する世界からの脱却を忘れて、「あの頃はよかった」と言っているように聞こえます。反応は明確に分かれましたね。 

 ─ 立場によって意識の違いが明らかになったと。 

 角田 ええ。新聞業界は戦後、朝刊、夕刊のサイクルの中で育ってきました。編集だけでなく販売も広告も含め、半日ごとに完結してしまうんです。経営者も一部の会社を除いて記者をやってきた人たちがほとんどです。 

 そうすると私自身も含めて、中長期的、戦略的に物事を考えるという発想が、他の業界に比べていささか劣後するのではないかと思ったのです。そこでそれを補うために「経験資源」と言っていますが、特にデジタル業界から優秀な人材に来てもらうという判断をしたのです。 

 経営は記者出身であろうとなかろうと、会社の利益に貢献するのかどうかが重要です。新聞社は目的とプロセスは大事にしますが、これまでは結果については「仕方がなかったな」という傾向が強かった。しかし他の企業経営者の皆さんは、これでは許されません。 

 少なくとも朝日新聞においては、数字に虚心坦懐に、厳しく向き合う姿勢に欠けがちでした。外部から来た人たちの目で見ると、これまでは何となく雰囲気でやっているようにしか見えないという厳しい、しかしありがたい指摘を受けました。 

 ─ 仕事を見つめ直す機会でもあったということですね。 

 角田 朝日新聞のコンテンツがどれくらいの人に読まれていて、今後いつまでに、どこまで増やすか、そのために何をしなければいけないかについて、分析的に、段階を追って逆算する発想は、この数カ月間で急速に進んでいると感じています。 

 始まったばかりですが、打った施策が有料会員数や広告など、私の言葉で言うとメディアパワーをアップすることに、実際に数字としてつながったかどうか。おそらく半年後くらいにきちんと分析しなければいけないと思っていますが、社内の機運はかなり高まっていますし、数字も上向いています。

 

紙とデジタルの関係をどう考えるか? 

 ─ 改めて紙とデジタルの関係をどう考えていますか。 

 角田 売り上げを見ても、我々の中心的なお客様という意味でも、紙の新聞は核です。一方で、どのデータを見ても、40代以下の皆さんは完全にネットの世界に入っていますから、この世界を掴んでいかないとメディアパワーはアップしません。デジタルへの取り組みは不可欠だと考えています。 

 ─ デジタルの場合には、読者からの反応がダイレクトに届く面がありますね。 

 角田 デジタルの反応がダイレクトな一方で、紙の新聞はプロダクトアウトになりやすいんです。記者、デスク、編集長が選んだ形で記事が並んでいる。 

 デジタルは1本1本の記事で、どれくらい時間をかけてじっくり読まれたかなどを掴むことができます。デジタルの世界ではこれまでも、どの記事が関心を持たれて広がっているかを知ることができていました。 

 その先に、潜在的なお客様が読者になってくださるためにはどんな手を打たなければいけないかという部分が足りなかったんです。それを新しく来てくれたデジタル、マーケティングの人材が様々な手を打ってくれています。まだ入口ですが、手応えを感じています。 

 ─ プロダクトアウトだけでなく、マーケットインの思考も持って取材活動をやっていくということですね。 

 角田 ええ。例えば新聞社として、この記事はいらないと判断してネットでの注目度は最上位にきているというテーマを全く無視していいのだろうかと。 

 新聞社のジャーナリズムの根本はプロダクトアウトですが、それだけやっていたらお客様は来てくれません。手間暇をかけた多くのコンテンツが、読まれる機会を喪失しているということです。編集部門には繰り返し言っていますが、現場の報告を聞くと意識は着実に変わってきています。 

 つまり、朝日新聞が出したいニュース、出しているニュースがあるわけですが、ネットの海を見ると、世の中の人たちは違うものを見ている。それも朝日新聞記者ならではのスピードと深みを合わせて、裏付けの確かな情報としてお届けしていく。 

 それを見て読者に「なるほど」と感じていただけることが、朝日新聞というメディアのトラストにつながると思っています。