国際教養大学理事長・学長 モンテ・カセム〈イラン問題にどう対処するか?〉

世界の分断・対立が進む中、どう解決策を図っていくか─。戦後築き上げた国際秩序が崩壊する中で、日本の果たすべき役割とは何か。「先進諸国とBRICSどちらとも信頼関係が深いのが日本です。G7とも付き合えるし、新興国とも付き合える」とモンテ・カセム氏。日本は本来、寛容、許容の国。相手の非を責めるのではなく、許容する国だとして、新しい秩序づくりに日本の果たすべき役割は大きいと指摘する。今後の諸課題は。

 怯えを乗り越えよ!

 ─ いま日本経済はデフレからインフレに向かい、失われた30年から脱却しようとしている時期にいます。改めて世界の中での日本の役割、また日本の活力をどう取り戻していくか、先生はどのように見ていますか。

 カセム 日本は今すごく大切な時期だと思います。前回の選挙でも移民問題というのは一つ争点となりました。わたしにも受け入れの方針の素案を見せてくれて、意見を求められました。

 日本に住んで54年になりますが、高度経済成長期の努力による経済活発化や石油ショックを乗り越えてきた力があるのに、今は非常に怯えている国になってしまっている気がします。

 ─ 川口市のクルド人問題など、移民問題に対して敏感になっていますね。

 カセム そうですね。本来日本は多様性を重んじて発展もしてきた国です。怯えを表に出してしまうとそれを煽る人間が出てきます。30年を失ったことも含めて、日本人は自信をなくしたと思うんです。そういう怯えている時に、変な人々も入ってきたということだと思います。

 しかしこれは産業界の課題だと、わたしはずっと思っています。日本は怯えがあるから勇ましく決断をせず後回しにしたり、小さくまとめたりしながら、一方では海外ですごく稼いでいるという構図があると思います。

 日本の国民所得の半分以上が海外利益で得たものになっています。日本国内に投資をすることは渋いですよね。

 ─ 投資は国外に向いていると言われていますね。

 カセム 特に日本は教育、大学というものを無視していると思っていて、わたしはそのことは許しがたいことだと思います。

 国民が先の選挙で現高市政権・自民党にあんなに大きな票を出したのは、自分が一番大事だと思うことをやってみせろというメッセージだと思います。移民が入ると日本が日本ではなくなりますというようなことを言う人もいますが、そもそも日本人とは何者なのかということを考えたことがあるのかと。

 例えば、相撲では横綱として活躍している選手は日本に帰化している人も多く、日本の国技を伝えているのは彼らです。

 日本は韓国や中国、オランダから蘭学を入れて日本の医療を進化させてきましたし、日本人の今日の環境を形成するのに貢献しています。日本人というもの自体が、ある意味で最初から多様なものであって、単一だという神話を崩さなければいけないと思います。

 ─ 対立ではなく多様性を重んじてきた国だと。

 カセム そうです。単一という価値観は、明治維新の時に、西欧文明と衝突しそうな時に、あちらを真似して日本国民が一体化しなければいけないということで、統一してきた歴史にあります。

 国土開発で西洋から学んだいろんなインフラやシステムを導入しました。

 しかし、それ以前の江戸時代までを見て感じるのは、日本は地域ごとの多様性が一番目立っていた国だと思います。そこを支えた精神は風土精神です。

 ─ 風土精神とはどういう意味ですか。

 カセム 風土というのはその土地、地域に根付く文化で、このことがまさに日本の多様性を象徴しています。

 小倉美恵子さんという作家が、3・11(東日本大震災)の福島の原発事故の後に、素晴らしい映画を作られました。東北地方の陸前高田を中心に取り上げて、長野県の諏訪湖あたりで風土を尊重して生きてきた人間の物語を描いた映画です。この映画は日本の多様性を象徴しています。

 日本はもともと根付いていた多様性についてもう一度見直さなければ、日本の次の活性化はできないと思います。

 メディアの在り方は

 ─ 生成AIが記事を書く時代になってきていて、改めてメディアの役割が問われています。先生はどのように考えていますか。

 カセム 例えばNHKはメディアとしてはしっかりしていると思いますが、みんながテレビを見なくなっている時代ですから、NHK ONEのような配信で、いかにSNSの客層を取り込んでいけるかということが課題だと思います。

 YOUTUBEなどの番組も、テレビ番組にいずれ入れるようにすればいいと思います。

 政治報道に対してNHKはコメントもしっかりしていますし、声無き声を取り上げています。個人的にはイギリスのBBCを超えたと感じています。

 ─ メディアで報道するということは社会にとって必要なものだと。

 カセム とても大事なインフラだと思いますね。実はわれわれ研究者も同じような悩みにさらされています。

 SNSでいろいろなフェイクニュースや、特に若い研究者は情報の区別が甘いときに、わたしは知性の高いサイトに行きなさいとよく指導しています。例えば米国の国立科学アカデミーのサイトにあるような情報や、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)の健康法が信頼できます。

 信頼できないところが記事を非常にセンセーショナルにまとめて、真実か真実ではないかとわからないように、まともな記事の顔をして出すサイトがたくさんあるのです。

 ですからそこを皆さんが用心深く見抜かないと、良い研究者にはなれないという指導をしています。それと似ていることだと思いますね。

 ─ そうすると、今後既存メディア側はどう変化していくべきだと考えますか。

 カセム そうですね。例えば自動車産業と比べると、電気自動車を開発し始めた時には、ホンダもトヨタ自動車もみんな一緒になって開発していたんです。お互いに技術を共有したりしながらやったわけですね。そうすることで結果として、みんなが儲かることになるわけです。

 ホンダのCVT技術が、トヨタのハイブリッド車に不可欠ですからホンダも儲かるしトヨタも儲かる。スバルとトヨタが共同開発したことによって、スバルの繊細な足回りの良さをトヨタの自動車に入れることができて、トヨタはよりたくさん自動車を売れるようになった。

 その一部の利益がスバルにいくわけです。自分で販売しなくてもお互いが儲かってくる。これと同じような形でメディア版のようなものを作れないかということは、考えるべきだと思います。

 「信頼」が重要な世界線へ…

 ─ 今後の世界における日本の役割、使命について、聞かせてくれませんか。

 カセム わたしは2023年が重要な起点だったと思います。

 この年に、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカからなるBRICS諸国の総GDPが、G7の総GDPを上回ったんです。今、BRICSの周りにアルゼンチン、東の国々、インドネシアなど新興国や発展途上国がくっつき始めています。今後この集合体はもっと大きな力になるでしょう。

 先進諸国とBRICSどちらとも信頼関係が深いのが日本です。G7とも付き合えるし、新興国とも付き合える。

 その象徴が、例えば3・11が起きた時に、わたしの母国スリランカは全然豊かな国ではないですが、お金を送れなくても石巻に海軍の方々を送ったんです。日本語を喋れないのにもかかわらず、そこで瓦礫の処理をしたり分別したりする現場を見て、わたしは非常に感動しました。

 日本国民も彼らが帰る時に涙を流して帰したわけです。その数年前に、アメリカでカトリーナという大きな台風がありました。その時に世界中の貧しい国からアメリカに援助に行ったということは、わたしの耳には入っていません。

 ─ アジア諸国は日本にはそういう気持ちがあったと。

 カセム はい。日本にはそういう貧しい国からでも、何らかの形で助けてあげたいという気持ちを持って実際に来たわけです。これは恐らく日本が丁寧に人道的なODAをやり続けた結果だと思います。

   しかし、今はそういう国々が日本を上回るぐらい元気があります。この前インドネシアに行って、20年前に行った時とは全く様変わりしていて、豊かで元気で、エネルギーを感じる国になっていました。

 ですから日本は今後そういう国と付き合いながら富を作っていくことの方が良いと思います。そこを戦略として考えた時に、わたしみたいに留学生として受け入れる人や、産業労働として受け入れる人の2種類がいると思います。その場面では西欧諸国を反面教師にしなければいけないと思います。

 西洋諸国が今日労働というもので人の頭が足りないところに移民をたくさん入れました。だから人口ピラミッド的には三角型の構図です。このピラミッドの下の三角は大きく、この人たちは低所得、低賃金労働で労働重視型です。

 わたしはこの三角型の人口受け入れモデルから六角形型に変えるべきだと思います。

 ─ 六角形とはどういうことでしょうか。

 カセム 六角形型の基本は上の三角をなるべく大きくする。大学チームを含めて博士人材養成など戦略や戦術を考えるところにします。その下にミドル人材がいる正方形の四角も分厚くします。

 このミドルと上に昇進したりすることを、学業を通じていつでも資格を取ったり昇進できるようにしておくのです。

 つまり階層はトップ、ミドル、ボトムとはっきり分けずに流動的に動けるようにする。どの人でも努力さえすれば、受け入れたり資格を取得したりすることによって、自分のいる環境を変えられるようにする。

 地方ごとに差があると思いますが、最初はピラビットに近くても、だんだんそれを小さな六角形に変えていけば、産業イノベーションが発生するとわたしは思っています。低賃金労働を増やしたら、特に科学技術のイノベーションは遅れてしまうでしょう。

 ですから高市政権が言っている最先端のものをやろうとしたら、日本が先行投資しているハイエンドの学業と、先行しているミドル人材の育成の、一体バージョンを国際的に展開すればいいというのがわたしの考えです。

 アメリカとの付き合い方

 ─ 年初にはベネズエラ侵攻、3月にはイランへの爆撃でアメリカの暴走があるように思いますが、トランプ政権はどういう風に総括されますか。

 カセム トランプ大統領が欲しがっているものは世界の注目だと思います。ですから、彼がその何かを成し遂げたいということを、一応口頭で言いますけれども、基本的に自分が中心にいるということをみんなに知ってもらいたいという彼なりの意欲があると感じます。

 敵に回す必要はないですが、過度に期待することも誤りの方向に行きやすいと思うんですね。

 アメリカは軍事力も政治力もまだ結構ありますから、丁寧に対応をしながら、グローバルサウスを味方にしていく。そうすれば、最終的には世界人口の過半数が日本の味方になるとわたしは思います。

 ─ 以前のインタビューでは、世界を善か悪かで分けるのではなく、日本はアジア的価値観の共感と許しをもとに、良い方向へ持っていく努力をと発信いただきました。この価値観は他の国にもありますか。

 カセム 京大の元総長でゴリラの専門家の山極壽一教授の『共感革命』という本によれば、弱いものを大事にする、間違ったことを許すということによって、人間社会が他人の弱みを責めるのではなく共感をして支えてあげるということがあったから、大きな社会を作れたと言っています。

 例えば最近で言うと、豊橋技術科学大学の岡田美智男先生が、不完全なロボットを作りました。このロボットはゴミ拾いロボットですが、屈むことはできるけど、手がないからゴミを拾えない。

 これを豊橋駅の通勤ラッシュの時に置いてみたら、忙しく電車に乗ろうとしている方でも、このロボットの無駄な努力を見て共感してゴミを入れてしまうんです。

 このことが示すように、人に助けてもらえるという仕組みがロボット開発においても大事なのではないかと。これからの時代は、何かそういった精神が鍵になるのではと思います。