DXやデータ活用の重要性は広く認識されているが、「何から始めればいいか分からない」「成果につながらない」といった停滞に直面する企業は少なくない。その背景には、「やりたいことが定まっていない」という根本的な問題がある。
3月23日~24日に開催された「TECH+データ×イノベーション エキスポ 2026 Mar. データ駆動型組織を定着させるために、活用のその先へ」では、東京大学大学院情報学環 教授の越塚登氏が、こうした課題の構造と突破口を「プラットフォーム思考」の観点から示した。
データ時代に日本企業が“使えていない”理由
講演の冒頭、越塚氏は、デジタル技術の歴史を20年単位で振り返った。1940年代のコンピュータ誕生から、1960〜70年代のメインフレーム(大型コンピュータ)、1980〜90年代のマイクロコンピュータ、2000年代以降のインターネットを経て、現在はAIやデータが中心となる時代に入っているという。
創薬、自動運転、スマートシティ、個人向けサービスの高度化など、近年の主要なイノベーションの多くはデータ抜きでは成立しない。同氏の言葉を借りれば、「データを制する者が経済を制する」のである。
一方で越塚氏は、日本企業の状況については強い危機感を示した。国際比較では、日本だけがデータとイノベーションを結び付ける意識が低く、総務省の調査研究では「データ活用に特に課題や問題はない」と答える割合が突出して高かったという。問題を感じていないというのは、つまり問題を感じるほども使えていないということだ。同氏はそうした状態を、データの前に「立ち尽くしている」と表現した。
DXが進まない最大の理由は「やりたいことがない」こと
では、なぜデータの利活用は進まないのか。越塚氏は、原因は一つではないとしたうえで、最も大きいのは「ゴール設定」、言い換えれば「やりたいこと」がないことだと指摘した。
データ活用は、データがあるから始まるわけではない。何を実現したいのかが先にあり、そのために必要なデータや仕組みを後から定めていくのだ。ところが日本企業では、DXそのものが目的になり、「とりあえずデータを集める」「とりあえずツールを入れる」になりやすい。これでは前に進まないと同氏は言う。
講演では、鴻海精密工業(フォックスコン)の創業者・郭台銘(テリー・ゴウ)氏が「納期を半分に短縮する」という高い目標を掲げた例も紹介された。現場から見れば無茶に思える目標でも、経営トップがゴールを定めることで、データ活用やDXが“やらざるを得ないもの”になる。逆に言えば、目標設定が曖昧なままでは、現場がどれだけ優秀でも動きようがない。越塚氏は「DXが進まないケースの8割くらいはここが問題」と語った。
「データはあるのに使えない」企業に足りないもの
もう一つの重要な指摘は、「データはたくさんあるのに活用できない」という企業の悩みに対して、実際には必要なデータがそろっていない場合が多いという点である。
ポイントは、原因のデータと結果のデータの両方が必要なことだ。例えば農業なら、温度や湿度のデータは大量に取得できていても、その結果として作物の品質がどうだったのかが測れていなければ分析は成立しない。製造、医療、教育でも同じで、入力側のデータは豊富にあっても、成果や品質、学習到達度といった“結果”のデータが欠けていることが多いのである。
さらに、たとえデータがあっても、取得時期や条件がばらばらでは使えないという課題もある。10年前のデータと3年前のデータ、別の手法で取得したデータを同列に並べても、まともな判断材料にはならない。水中や地中、稀な自然災害、人流、家庭内活動、資産状況など、そもそも計測しにくい領域も多い。企業が抱える問題は「ビッグデータ不足」というよりも、「肝心なデータだけが欠けている」ほうが根深いと言えそうだ。
DXは“コスト削減の技術”に過ぎないという現実
講演の中盤で越塚氏は、「DXは万能ではない」と述べた。デジタル技術は基本的に、コスト削減、業務効率化、最適配置といった“マイナスの解消”に強い技術であり、売上増やイノベーション創出そのものは苦手だという。
ここでいう「マイナス技術」とは、企業活動の無駄や摩擦を減らす方向が中心で、新しい需要や価値をゼロから生み出す役割までは担いにくい、という意味である。たしかに、AIやRPAで効率化はできても、それだけで新しい市場が生まれるわけではない。
同氏によると、生産性とは「売上−経費」を人件費で割って算出できる数値であり、売上増、経費削減、人件費削減などで向上できるという。このうち、DXで実現しやすいのは経費削減および業務効率化による人件費削減だ。しかし、日本企業では業務効率化の成果をそのまま人件費削減に反映しにくく、欧米ほど単純にはいかない。
つまり、日本ではDXの効果を欧米ほどには直接的に可視化しにくい面があるのだ。こうした背景から、DXへの期待が過剰になるほど、現実とのギャップも大きくなるわけだ。
個別最適の末に生まれる「DXの残骸」とは何か
そのうえで越塚氏が警鐘を鳴らすのが、「DXの残骸」である。これは、個別の部門や業務ごとにDXを進めた結果、社内に何百ものデータベースやシステムが生まれ、それぞれがつながらず、全体としてかえって扱いにくくなる現象のことだ。
現場の視点では、各部署がそれぞれ課題を解決しているので、個々には“成功”していると言える。しかし全社で見ると、データは分断され、似たような仕組みが乱立し、後から統合しようとしてもコストが跳ね上がる。DXの結果として、システムが複雑化し、収拾がつかなくなってしまうのだ。
同氏は、この状態を防ぐには「最初からプラットフォームを考える必要がある」と説明した。問題をその場で1つずつ解決するのではなく、似た問題が何度出てきても対応できる土台を整えるという考え方だ。
なぜ“遠回り”のプラットフォーム思考が最短なのか
こうした発想こそが、越塚氏のいう「プラットフォーム思考」だ。同氏はプラットフォームを単なる情報システムではなく、ルール、制度、プロセス、文化まで含む「土台」として捉えている。そしてその考え方を、「急がば回れ」という言葉で説明した。
例えば、リンゴを取るたびに毎回はしごを立てる方法と、最初に木の下に盛り土をして、いつでも手で取れる状態をつくる方法の比較である。前者は目の前の課題を速く解くことを重視した手段であり、後者は最初こそ手間がかかるが、長い目で見れば大幅に効率化できる手段だ。
越塚氏によれば、プラットフォーム思考とは一般化、汎用化、抽象化のことである。個別の問題を解くだけでなく、「同じような問題が二度と起きないようにする」こととも言える。一例を挙げるなら、優秀な担当者が異動したあとも、便利なツールやマクロ、書式、マニュアルが残っている状態である。組織の知見が属人的にならず、次に引き継がれることもまた、1つのプラットフォームであり、企業の競争力につながるのだ。
日本は「デジタル小作人」になりつつあるのか
この話は、単なる社内業務改善論にとどまるものではない。越塚氏は、日本が海外プラットフォームに依存し、上に載るサービスやソリューションばかりをつくる「デジタル小作人」になっていると指摘する。基盤に手を付けず、利用料を払い続ける構造では、国内でDXが進んでも、その利潤は海外プラットフォーム企業への利用料として支払われていく。同氏は、こうした構造が「日本のデジタル赤字の根源にある」と指摘した。
越塚氏は最後に、「昔はPCやインターネットも、こんなもの仕事には使えないと言われていた。AIも同じで、今はまだ仕事には使えないと言われることも多い」と指摘。その理由として、「汎用技術の段階では、考えて工夫しないと使えない」からだと説明し、「仕事に使える技術が出てきたときには、もうその技術は陳腐化している」と述べた。そのうえで、「汎用的な技術をどう使いこなすかを考えるうえで、プラットフォーム思考が競争力の源泉になる」と、あらためてプラットフォーム思考の重要性を強調し、講演を締めくくった。
