発災直後の72時間。自治体が最も欲しいのは「どこに誰がいて、誰が来ていないか」という一枚の全体像だ。だが現実には、情報は部局ごとに分断され、避難所を開けても“来るまで分からない”。その課題を解消するため、NTT東日本は2025年4月に防災研究所を立ち上げた。

研究で終わらせず、制度・運用まで含めて地域に埋め込む――設置から約1年経過したことから、具体的な研究成果や今後の取り組みについて防災研究所所長の笹倉聡氏に話を聞いた。

  • NTT東日本 防災研究所 所長 緊急地震速報利用者協議会副会長 笹倉聡氏

    NTT東日本 防災研究所 所長 緊急地震速報利用者協議会副会長 笹倉聡氏

地域防災DXを社会に実装する - 防災研究所設立の背景

笹倉氏は、防災研究所設立の背景について次のように説明する。

「通信は社会生活にとって不可欠なインフラであり、災害が発生した際には速やかに復旧させる責任があります。技術が進化すれば、災害復旧の方法も進化しなければなりません」

NTT東日本はこれまで情報のデジタル化を進め、そのデータを活用した復旧オペレーションを構築してきた。近年ではデジタルツインやAIを活用し、被災状況の可視化や復旧手順の最適化にも取り組んでいる。

「重要なのは、技術を導入するだけでなく、それを訓練によって定着させることです。人が変わっても質の高い復旧ができる体制をつくる。その準備と実践を長年積み重ねてきました」

一方で地域に目を向けると、自治体職員数の減少、要配慮者の増加、災害の激甚化・広域化など、自治体だけで対応することが難しい状況が広がっている。

「私たちが通信事業で培ってきた災害対応の高度化のノウハウを、地域防災に生かせないか。そうした問題意識から、防災研究所を設立しました。単なる研究機関ではなく、DXや新しい社会モデルを構築し、実装まで支える拠点にしたいと考えています」

通信の復旧においては技術に加え、「情報を統合し、判断を早め、訓練で再現性を担保する」運用の型を積み上げた。その型を地域に移植できれば、自治体防災の初動は変えられる――NTT東日本防災研究所はその“実装”に踏み込む。

研究成果をどう実装するのか - 2部門体制

防災研究所の特徴は「社会への実装研究」と「標準化・モデル化に向けた国等への働きかけ」を最初からセットで設計している点にある。現場の実態をモデル化し、そのまま国へ提言する2部門体制だ。

防災研究部門はフィールド中心で活動する。自治体、社会福祉協議会、学校、民生委員などと対話を重ねながら、現状の仕組みを可視化し、どのように変えれば災害時に機能するのかを検討する。ビッグデータ解析やAI活用も取り入れながら、地域モデルを描いていく。

防災戦略部門は、その成果を国に提言する役割を担う。内閣府防災担当、デジタル庁、防災庁準備室などと議論し、標準化に向けた働きかけを行う。

「高度な防災技術の研究は、防災科学技術研究所や大学、当社グループの研究所などですでに進められています。ただ、それらの高度な技術を地域社会に埋め込み、実際に使われる仕組みにする活動は十分とはいえません。われわれはどちらかというと、技術をいかにして地域社会に埋め込むかをミッションとしています」(笹倉氏)

要配慮者をどう救うか - 避難・安否確認モデルの研究

防災研究所の設立時には、避難に重点を置くことが発表されていた。その中核となるのが、「確実に救わなければならない人をどう守るか」というモデルの構築である。

激甚災害では発災後72時間が重要とされるが、実際には自治体の初動が止まってしまうケースがある。

「その大きな理由が、避難所を開設しても、誰が来るのかは来てみなければ分かりません。名簿があっても更新されず、電話もつながらない。結果として『来ていない人』が見えないまま『待つ』ことしかできないのが現状です」(笹倉氏)

センサーやカメラはあっても情報が統合されず、今何が起きているのかが分からない。その結果、数日経ってからようやく状況が把握できるという事態が起きる。

そこで同研究所が狙うのは、点在する仕組みの“統合”だ。統合すると、自治体の初動は少なくとも次の3点で変わる。

  1. 発災直後に「どこで何が起きているか」を一枚にする(気象・人流・交通・ライフライン)
  2. 住民の安否と避難意向を取りにいき、「来ていない人」を特定する(LINE/電話+デジタル受付)
  3. 要配慮者は福祉データと突合し、支援者(ケアマネ等)と結びつけて動かす

「現在は、遠隔解錠システム、安否確認サービス、人流センサー、デジタル受付など、個別のデジタルサービスは存在しています。しかし、それらは点でしかありません。それらを統合し、全体最適を実現することが重要です」(笹倉氏)

  • 確実に救わなければならない人をあぶり出すしくみ(出典:NTT東日本)

    確実に救わなければならない人をあぶり出すしくみ(出典:NTT東日本)

要配慮者支援ネットワーク構築の課題

要配慮者支援ネットワークの構築は、防災研究所の4つの主な研究テーマの一つである。

公共福祉サービスを利用している人の属性情報は、福祉課や民生委員が基本的には把握している。しかし実際には、公共サービスを利用していない独居高齢者や、高齢者のみの世帯も数多く存在している。

「そうした人の情報をどう把握するかが、非常に重要です。ここをしっかり押さえて準備しておかないと、災害関連死につながりかねません」(笹倉氏)

デジタルの観点では、民生委員や自治会、近隣住民などからいかに情報を収集できる仕組みをつくるかがポイントとなる。音声マイニングAIを活用してやり取りの中から属性情報を抽出することや、ヘルスケアデータの活用など、さまざまな可能性を検討している。

  • 要配慮者支援ネットワークの構築(出典:NTT東日本)

    要配慮者支援ネットワークの構築(出典:NTT東日本)

ただし、情報を集めれば終わりではない。

「集めた情報を災害時に活用するという次の壁があります。いわゆる個人情報の問題です」(笹倉氏)

法律上は活用可能であっても、「変なことに使われるのではないか」という不安を持つ人がいるのは当然である。ここで鍵になるのは「災害時だけの情報活用」ではなく、「平時の見守りにも返ってくる」設計にできるかだ。

「災害時に情報を活用することでどのようなメリットがあるのか。平時から情報を備えることで、公共サービスを利用していなくても見守りやケアサービスが届くようになるといった価値を丁寧に説明していく必要があります」(笹倉氏)

行動予測、本部運営高度化の研究にも取り組む

防災研究所の主な研究テーマは、要配慮者支援ネットワークの構築に加え、被災者・エリア行動予測モデル研究、自治体本部運営業務の最適化・高度化モデル研究である。要配慮者の救助を“点”だとすれば、これら2つの研究は自治体全体を動かす“面”の改革だ。狙いは、意思決定の速度と資源配分の精度を上げることにある。

被災者・エリア行動予測モデル研究では、人流データを分析し、在宅避難、車中泊、ホテル避難、県外移動などの行動パターンを把握する。

「現在の避難指示は行政区単位で出されることが多いですが、本来はもっときめ細かく出すべきです。そのためには行動予測が必要です」(笹倉氏)

  • エリア行動予測モデル研究(出典:NTT東日本)

    エリア行動予測モデル研究(出典:NTT東日本)

自治体本部運営高度化モデル研究では、避難所発令から応急仮設住宅整備までにどれぐらいの日数が必要で、そのためにはどれぐらいの職員が必要になるのかをシミュレーションする。

共創による標準モデル化とロードマップ

現在、防災DX官民共創協議会に参画し、約30社の民間企業とともに標準モデルの構築を進めている。来年度に実証を行い、再来年度に制度や予算措置につなげる計画だ。

3年計画の研究を通じて、行動予測、本部運営高度化、要配慮者支援ネットワーク、備蓄評価を統合し、持続可能な地域防災モデルを実装する。

「最終的には、『どこに誰がいるのか』が迅速に把握でき、本当に救うべき人を確実に救える社会を実現したい」(笹倉氏)

目指すのは、災害のたびに“名簿を探し、電話をかけ、来ない人を想像する”初動からの脱却だ。情報が統合され、「どこに誰がいて、誰が来ていないか」が見える。救うべき人が、仕組みの中で自動的に浮かび上がる。地域防災DXはIT導入ではなく、運用と合意形成まで含めて“当たり前”を書き換える挑戦である。

  • 官民連携促進・モデル標準化への取組(出典:NTT東日本)

    官民連携促進・モデル標準化への取組(出典:NTT東日本)