
10年ほど前、ダボス会議に出席していた頃のことだ。ダボスには、毎年、様々な宗教者が招かれ、世界のトップリーダーと議論を交わす。アジアの仏教者による朝のメディテーションのセッションは当時、特に人気が高く、プレナリーセッションでも、宗教者がリーダーの思想や価値観の重要性を語る場面があった。
そうした中で、故郷・奈良の東大寺の北河原公敬長老がダボスに招かれ、私は面談のサポートをする機会を得た。世界有数のリーダーから長老への面談依頼が複数あり、そのいくつかに同席した。
印象的だったのは、彼らの問いの多くが「決めること」に向けられていたことだ。国家や企業、組織を率いる立場にある人ほど、決断の重さに真剣に向き合っていた。正解が見えない中で選択を迫られ、その結果を自ら引き受けねばならない。その孤独や迷いが、率直に語られていた。
この経験をきっかけに、後日、奈良に世界各地の様々な分野で活躍するリーダーたち約20名が来日した。彼らに、東大寺の森本公誠長老から、聖武天皇が大仏建立を決断した時代背景や、仏教の考え方について話していただいた。
聖武天皇の時代、日本は疫病や飢饉、社会不安に見舞われていた。その中で天皇は、大仏建立という国家的事業を決断する。そして、「この責めは我一人にあり」と宣言したと伝えられている。結果のすべてを自ら引き受ける覚悟を示した言葉である。
同時に天皇は、国民にこう呼びかけたという。一握りの砂でよい、日本の安寧と平和のために協力してほしい、と。記録によれば、当時の国民のおよそ半数が、人手、資金、あるいはモノを提供したとされている。決断の責任は一人で引き受ける。
しかし、事業は社会全体で担う。その構図が、すでにこの時代に描かれていたことに、改めて驚かされる。
その話が語られた瞬間、場は静まり返った。参加していたヤング・グローバル・リーダーたちが、1300年前の言葉を、それぞれの立場に引き寄せて受け止めているのが伝わってきた。
決めるという行為は、権限を行使することではない。それは本来、結果の責任を引き受ける覚悟の表明であり、同時に、人々に参加を呼びかける行為でもあるのだろう。最終的に、誰が責任を引き受けるのかという問いから、リーダーは逃れられない。
ダボスで出会った世界のリーダーたちの悩みと、聖武天皇の言葉、そして国民の参加という事実が重なったこの経験は、いまも私の中に強く残っている。時代や文化が変わっても、「決める」という行為の本質は、変わらないのかもしれない。