米国市場でSaaSベンダーの株価下落を引き起こしている「SaaS is Dead」騒動。AIコーディングツールによってSaaSを代替されることで不要になるとの論調が高まり、ソフトウェア株は2026年に20%以上の価値を失い、1兆ドルの時価総額が消失したともいわれている。
はたして、本当にSaaSはAIに飲み込まれてしまうのか。
人事労務管理のSaaSを提供するSmartHR 代表取締役CEOの芹澤雅人氏が2月19日、報道向けに、「SaaS is Dead」について説明を行ったので、その内容をお伝えしよう。
そもそも「SaaS is Dead」とは何か
芹澤氏は開口一番、「SaaSはサービスを指す言葉ではなく、『SaaS is Dead』は主語が大きいと思う。それうえ、隠されていることがある」と語った。
ご存じの方も多いだろうが、「SaaS is Dead」という言葉は、米マイクロソフトのCEOであるサティア・ナデラ氏がンチャーキャピタリスト主催のポッドキャストにおいて、AIエージェントの登場によって、従来のSaaSは変わっていくだろうという趣旨の発言に端を発している。同氏はSaaSそのものが消滅するとは語っていないとされる。
とはいえ、AIがSaaSに与える影響は大きい。芹澤氏は、「SaaS is Dead」の主な論点として「内製リスク」「競争激化」「課金体系の崩壊」「UIの価値喪失」を挙げた。
「AIエージェントによって、シートベースモデルが成り立たなくなるのではと言われているが、SaaSのコストを予算として事前に確保する企業など、従量型課金を好まない企業もある」(芹澤氏)
「SaaS is Dead」に対するSmartHRの解とは
芹澤氏は、こうした「SaaS is Dead」にまつわる議論について、まず「SaaSはデータ入力装置としての価値が残るのではないか」との意見を述べた。
「生まれた情報を入力する作業はなくならないし、その多くは人間が行う。AIはデジタル化された情報を読むことに強いが、書き込むことはまだ得意ではない。特に、人事労務をはじめとしたバックオフィスのSaaSは入力項目が多く、属性に応じたフォームベースの効率の良い入力形態がまだない」
次に、芹澤氏は「AIによる内製化や置き換えには限界がある」と指摘した。確かに、AIによってコード生成は容易になったが、実用に耐えうるシステムの開発はそれだけでは完結しない。
加えて、芹澤氏はSaaSの本質的価値である「リスクの肩代わり」をAI単体では難しいのではないかと述べた。
システムやサービスはリリースした後も、脆弱性への対応や法改正への対応など、保守を継続する必要がある。それをAIがすべて行えるのだろうか。
「AIが登場しても、システムへの変更反映など、リスクを肩代わりするという役割はなくならない。人事労務管理システムでは法改正への対応を担保する必要がある」
米国と異なる日本固有の事情とは
続いて、芹澤氏は日本市場の特有の事情について説明した。
まず、デロイトトーマツミック研究所が行った調査では、人事労務のクラウドサービスを利用している日本企業は約5%だったように、人事労務領域は依然として、紙、Excel、オンプレミスが残っている状況だ。
また、バックオフィスには「失敗が許されない」という独特の力学もあるという。バックオフィスは社会インフラ同様、「できてあたりまえ」と思われており、失敗が許されないため、大企業ほど属人化しているという。そして、デジタル化すると今までできたことができなくなるという側面も属人化を後押ししている。
こうした背景から、芹澤氏は「AIで変化は起きるが、バックオフィスが即座にAIに切り替わるとは思わない。10年間SaaSを提供してきた立場からそう思う」との見解を述べた。
SaaSだからこそAIの性能を引き出せる
さらに、芹澤氏は「SaaSはAIと相性がいい。SaaSこそ、AIの性能を引き出せると思っている」と語った。
ソフトウェアの進化形として、「SoR(System of Record):記録のためのシステム」の次は「SoR(System of Engagement):つながりのためのシステム」、その次は「SoI(System of Insight):洞察のためのシステム」と言われている。
現在はSoEからSoIに進化を遂げているフェーズといえる。芹澤氏は「AIを使えば、SoIの実現に近づく」と語った。
SaaSだからこそAIの性能を引き出せる理由として、芹澤氏は「機敏なAI実装」「APIによる機能の拡張性」「データ活用の弾み車」を挙げた。
「AIはデータが溜まれば溜まるほど、独自性の高い分析が行える。SaaSは独自のデータをたくさん持っている。パブリックには語られていないが、SaaSはAIの能力を引き出せると考えている。SaaSも進化しているので、AIを取り込んでいく」
「SaaS is Dead」の結論は?
最後に、芹澤氏は「SaaS is Dead」の議論に対する結論として、以下の2点を紹介した。
SaaSはすぐに死ぬことはない
AIによって価値を落とすSaaSもあるが、価値を高めるSaaSもあるという。では、価値を落とすSaaSとはどんなものなのか。
芹澤氏は、「データを中核とせず、強みを持たないSaaS」は価値を落とす可能性があると指摘した。例えば、独自のデータを持っていない、データのアグリゲーションを行うSaaSなどが該当する。ただし、その課題はAIの進化・普及以前からあるものだという。「SoRとしての地位が確立しているSaaSなら、もっと進化できる」
ユーザーへの提供価値がすべて
また、SaaS事業者の価値はユーザーへの提供価値に尽きるという。ユーザーが困っていること、求めていることに対し、価値を提供できるSaaSならNoを突き付けられることはないというわけだ。


