神奈川県知事・黒岩祐治【2026 日本の成長を図る】〈都市も観光地もある神奈川の今後〉

「都市もあれば、山も海もある。古都・鎌倉もあれば、温泉地・箱根や米軍基地まである」─。神奈川県の特色をこう語るのは同県知事の黒岩祐治氏。4期目の折り返し地点を迎える中、健康と病気の間にある「未病」の概念を広げてヘルスケアや産業の創出に注力している。少子高齢化は全国共通の課題。その中で人口約920万人を抱える同県はどう対応し、経済活性化や地方創生につなげていくのか。直撃した。

 「未病」の概念を海外にも展開

 ─ 黒岩知事は4期目の任期の折り返しを迎えていますが、今の心境から聞かせてください。

 黒岩 こんなに長く務めるとは思っていませんでしたが、この15年間、知事という役職を担ってきたことの重みを実感します。特に国ではできないことができていると。その典型例が「未病」という言葉に代表される新たな健康概念の普及です。

 ─ 発病には至らないものの、健康な状態から離れつつある状態を指す言葉ですね。

 黒岩 ええ。健康概念の中で健康か病気かという二項対立ではなく、健康と病気の間は連続的につながっており、グラデーションの状態が未病であると。

 病気になってから治すのではなく、グラデーションのどこにいても、少しでも健康な状態に持っていこうとすることが大事だというのが未病のコンセプトです。

 

 この概念は海外にも広げているのですが、海外の方が理解が早い感じがします。WHO(世界保健機関)や米スタンフォード大学医学部とも連携協力の覚書等を結びました。また、ベトナム保健省やシンガポール政府機関等とも覚書を締結し、未病に関する連携や交流を深めています。

 ─ そもそも、なぜ未病に着目したのですか。

 黒岩 日本は超高齢社会が進んでおり、世界の最先進国です。最も早く超高齢社会が到来しました。しかし、2050年になると、北半球のほとんどの国々が同じような状況になるのです。

 その課題先進国である日本の中でも、特に本県は高齢化の進み方が早い。その本県で乗り越えるモデルを示すことができれば、世界にとっても一つのモデルになるという我々の訴えです。

 実際に本県では自分が「健康」と「病気」のグラデーションのどこにいるのかがアプリで分かる「未病指標(ME-BYO INDEX)」を開発し、広げています。

 ─ まちづくりにも絡むと思いますが、「いのち輝くマグネット神奈川」という大方針には未病も含まれるのですか。

 黒岩 はい。この大方針の中の「いのち輝く」ためには何が大事か。医療体制が充実することも大事ですが、それだけでは足りません。他にも安全で安心な農業があって、初めて安全で安心な食が提供されますし、綺麗な空気やクリーンなエネルギーがあることも大事です。

 こういったエネルギーや、まちづくり、教育など、ありとあらゆるものがうまくつながっていないと、いのちは輝かないわけです。ところが、これらの課題は国では所管省庁が異なり、どうしても縦割行政の狭間ができてきます。それらをうまく県庁の中で全部つないでいこうというのが大方針の骨子です。

 ですから、未病対策も、そのうちの一つです。例えば、医療と環境を一緒に考える、医療と食の問題を一緒に考えると。これらは全部つながっているのです。バラバラではありません。

 

 知事選への出馬は天の声

 ─ 県としてインテグレートしていくイメージですね。

 黒岩 本県の県庁職員がまさに、そういった感覚を持ってくれています。それぞれの部局で完結させるのではなく、全部をクロスさせるという形です。いろいろなセクションで一つのテーマにおいてクロスさせて課題を解決していくというプロセスをずっと続けています。

 ─ 15年間の知事生活では、職員や関係者の協力が得られてきたということですね。

 黒岩 その通りです。それがなければ決してできなかったと思います。そもそも私が2011年の知事選挙に出馬することになったのは、選挙の3週間前です。突然、声をかけられて出馬することになりました。最初は断っていたのですが、その間に東日本大震災が発生した。

 このような天災が起こったときに声をかけられたのは天の声だと思い、出馬を決意しました。県民約900万人(当時)の命と生活を預かる立場になって欲しいということですからね。ただ、当時の私は学生時代の6年間、横浜市に住んでいたことがあるだけの東京都民で、神奈川県の現状は何も知りません。

 当選して県庁にポツンとやって来ましたが、県議会の議員も神奈川県の経済人も誰も知らない。政策実行の指示を出しても職員は、できない理由ばかりを並べる。

 「それを実現するために課題を解決して欲しい」と投げ返したりしていました。これを繰り返し続けてきましたが、今では、できない理由など言いません。そこは大きく意識も変わったと感じているところです。

 

 ─ 手応えがあると。

 

 黒岩 ええ。全部の政策が「いのち輝く」ことにつながっていると実感できますし、もう一つのキーワードである「マグネット」という磁石のように引きつける力が出てきたとも感じます。

 例えば「行ってみたい」「住んでみたい」と思っていただけるような魅力溢れる地域になってきています。「地域ブランド調査2025」でも都道府県の魅力度等調査結果で4位になりました。

 ─ 県内には横浜市など政令指定都市が3つありますね。

 黒岩 よく大変ですねと言われるのですが、あまり大変さを感じたことはありません。うまく連携していますからね。海外出張したときには、私が宣伝マンになって、横浜市や川崎市など各地域をアピールしています。それによって企業誘致が進んだケースもあります。

 ヘルスケアや宇宙産業の振興

 ─ 一方で経済情勢は予断を許さない状況です。神奈川県では日産自動車の車両生産終了などが取り沙汰されています。経済活性化をどう進めますか。

 黒岩 課題を解決するプロセスによって経済のエンジンを回していくというのが基本姿勢ですね。先ほどの未病に関するヘルスケアで言えば、未病改善のアプローチと最先端のテクノロジーを合わせる「ヘルスケア・ニューフロンティア」という政策を推進しているところです。

 具体的に「未病産業研究会」という研究会を設立したところ、1200社以上が参加しています。それだけ新しい課題を乗り越えるために産業界も動いているということです。

 私が未病という概念を発信したところ、その未病改善に何が大事かという原則を提示してくれたのが元厚生労働事務次官の辻哲夫さんでした。「食」「運動」「社会参加」の3つが大事であると。

 ─ 高齢者が虚弱化するフレイル問題ですね。

 

 黒岩 そうです。高齢者にとって一番良くないのは孤立化です。孤立化すると外出しなくなり、一気に体が弱ってしまってフレイルの状態になってしまいます。そうならないようにすることが大事だということで研究会などを立ち上げ、企業にも数多く参加してもらっています。

 この事例のように、日産自動車の問題でも大きな課題はありますが、これを我々がどうチャンスに変えていくかを考えます。

 

 ─ その中で注目している産業はありますか。

 

 黒岩 宇宙産業です。私が知事になってすぐに「さがみロボット産業特区」の指定を勝ち取りました。県央という県の中央部分をロボットの産業の拠点にしたいと考えたからです。このロボットの先にあるのが宇宙です。相模原にはJAXA(宇宙航空研究開発機構)もあります。

 ですから、このエリアの宇宙産業の拠点機能を更に強化していきたいと。26年2月には本県の宇宙イベント「神奈川宇宙サミット」も開催します。

 例えば既に「人工衛星と言えば神奈川」という素地があります。また、現場で働く人手も足りないとも聞きます。どんな人材が必要なのかと聞くと、例えば自動車産業で働いている人と言うではありませんか。

 そうであれば、新たなキャリアを探す自動車エンジニアに宇宙業界で活躍してもらうこともできるはずです。

 

 ─ 経済活性化と並んで少子化も大きな潮流です。どう手を打っていきますか。

 

 黒岩 少子化対策は本当に難しいです。ありとあらゆることをやっていますが、なかなか具体の成果が出てきません。それぞれの人生観や価値観がありますから強制はできません。

 子どもを産みたい人には産んでいただけるような取り組みをしていますが、これを乗り越えることは非常に難しいと感じています。

 

 ─ 試行錯誤を繰り返していくということですね。経済活性化につながる意味で、スタートアップとの協業の取り組みは。

 

 黒岩 ベンチャー支援を積極的に行っています。「HATSU鎌倉」「SHINみなとみらい」というベンチャー支援の拠点づくりをしているのです。鎌倉では、まだぼんやりとした感じで「こんなベンチャーをやりたいな」と思っている人たちが集まり、そこで経営や技術のプロから指導を受けることができます。

 そこでアイデアがまとまってきたら、みなとみらいの拠点に来てもらいます。そこにはベンチャーを目指している人たちと共に、大企業の人たちも来ています。ベンチャー同士の結びつきや大企業とベンチャーの結びつきが生まれていきます。そこに県庁職員が常駐しています。

 社会課題は産業のネタになります。課題は県庁職員が一番よく知っているわけです。職員から課題をどんどん出して皆さんに提示することによって、皆さんが様々なことを考えてベンチャーが動いていくわけです。そういった流れをつくっていきたいと思っています。

 計3年間の浪人生活

 ─ 神奈川県の可能性はどこにあると思いますか。

 黒岩 神奈川県は日本の縮図と言われます。日本にあるものの全部があるという意味です。都市もあり、山も海もある。古都・鎌倉もあれば、温泉地・箱根や米軍基地まである。これは他の都道府県にはない強みです。

 また、観光地でも横浜・箱根・鎌倉はすぐ浮かぶと思いますが、その次が出てこない。そこで私は新たな観光の核づくりに取り組み、各地域で競い合ってもらいました。その結果、選ばれたのが城ケ島・三崎、大山、大磯です。これらの地域は段々磨き上がってきていますね。

 ─ 不動産会社や鉄道会社も力を入れていますね。

 黒岩 そうですね。城ケ島・三崎は三浦半島の先端にありますが、周辺も随分変わってきました。この流れを三浦半島全体にも広げていきたいと思っています。

 また、大磯は旧吉田茂邸などの邸宅が有名です。かつて吉田邸が火事で燃えてしまったときに再建計画が立ち上がり、私も視察に行きました。その際、伊藤博文や大隈重信、陸奥宗光といった明治の元勲の別荘が数多く残っていました。綺麗に保存されている邸宅もあれば、老朽化が進んだ邸宅もある。

 

 これらを全て復元させて磨き上げれば、その通りが「明治時代の元勲通り」になると。今は、国も直轄事業として取り組んでいます。

 ─ 一大観光地になりそうですね。最後に若者へのメッセージをお願いします。

 黒岩 実は私は中学校に入るときに1年浪人し、大学に入るときは2年浪人しました。振り返ると、うまくいかなかった経験が自分を強くした感じがすごくあります。ですから、若い人たちには失敗を恐れずに、どんどん挑戦して欲しいですね。

2026年の世界をどう占いますか? 答える人 日本総合研究所会長・寺島実郎