
三菱化成(現三菱ケミカル)に勤めて8年目のある日、子供を連れて実家に行ったところ、両親の様子がおかしいのです。何しろ早く会社に帰って来いというので聞いてみると、父のガンが再発して、あまり希望が持てないとのことでした。
父は既に数年前、大腸ガンを発症し手術で患部を切除していたのです。父は若いときからタバコも吸うし、アルコールも常に度が過ぎるほど飲んでいたようで、子供の頃の記憶にも、父が毎晩のように酔って暴れていたのを覚えています。
学生時代に、余りにも自宅でタバコを吸い続けるので「科学者なのだからタバコや過度の飲酒が健康に悪くらいは分かるはずだし、受動喫煙は家族の健康にも害があるのだから、何故止めないのか。健康保険に入るということは健康になる努力が前提ではないのか」と意見したところ、大喧嘩になったこともありました。
父は健康産業の経営者でありながら、明らかな不摂生で何度か出先で倒れ、入院騒ぎになったこともあったのです。
それにもかかわらず、検査にも行かなかったのは、後日出てきた本人のメモによると、どうもかなりの自覚症状はあったものの、恐れて検査に行けなかったようで、健康産業の経営者としてあるまじきことです。
ガンの標準治療として知られているのは外科的治療(手術)・放射線治療・化学療法ですが、父の場合、執刀医の「見える所は切りました」という言葉が忘れられないようで、体外診断試薬メーカー「ヤトロン社」を創設した立場としては「見えないものを科学するのが我々の技術なのだ」と繰り返し言っていました。
そのためか、父は抗がん剤治療を断り、免疫療法に取り組むことになったのです。当時、ヤトロン社でも免疫に関する研究はしており、ちょうど自身が実験台になって取り組みたかったこともあったのでしょう。
結果的に父はガンの再発から約2年で亡くなるのですが、再発時の余命1年を超え、しかも亡くなる数カ月前まで講演などで全国を飛び回る生活でした。亡くなるときも眠るようだったそうです。
確かに免疫療法について評価が分かれるところですが、少なくとも父の場合、QOLは保たれました。
私たちにとってもこの時間は大変貴重で、どうしても父と息子の関係だと張り合ってしまい、素直になれないことが多いのですが、この時期だけは別で、会社のことも腹を割って話せる時間を得ることができました。
横浜サトウクリニックの故・佐藤一英先生には感謝しかありません。現在当社は自己免疫療法を進めるNPT社にも出資しています。
私自身は父の日々の行動が半面教師となり、「健康経営」も実践し、検査も受けるし、毎日速足でウォーキングするなど、既に父の亡くなった年齢ですが、お陰様で当時の父とは比較にならないほど健康です。