生成AIの普及に伴い「データ」の価値が改めて見直されている。いかにプライバシーやコンプライアンスに配慮し、安全にデータを活用するか。この問題を産官学連携の共創によって解決することを目指し開催されたのがプライバシーテック協会主催のイベント「データ共創会議」だ。

イベントは1月20日、JP TOWER Hall & Conference カンファレンスホールで行われ、当日はAI時代のデータに関わる4つのテーマをもとに有識者によるディスカッションが行われた。同協会が目指す日本の未来のデータ活用とはどのようなものか見ていきたい。

  • 「データ共創会議 2026」オープニングセッション

    「データ共創会議 2026」オープニングセッション

「プライバシーテック」技術がもたらす「データ共創」、それを盛り上げるための「データ共創会議」

AI時代をリードするにはLLMの構築や機械学習のためにいかにプライバシーや安全を考慮に入れた適切なデータを大量に収集するかが重要なテーマとなってくる。その課題の解決のため注目されているのが、個人情報の保護と適切な利活用を両立させるための技術「プライバシーテック」だ。同技術普及のために2022年創立されたのがプライバシーテック協会で「データ共創会議」は同協会が主催し、AI時代に日本が掲げる「世界で最もAIを開発・活用しやすい国」となるための未来を議論し共創の場とするべく開催された。

当日はオープニングセッションを皮切りに、「国産AIは実現するのか?」「データ関連法の現在地と課題から見る、『データ共創社会』のあり方」「日本版『EHDS』は実現するのか?データ共創が医療の現場を変える未来」「なぜ生成AI時代に"国産"インフラ・技術が重要なのか?」など興味深いテーマを元に専門家によるディスカッションが披露された。

オープニングセッションでは、Acompany 代表取締役 プライバシーテック協会 会長 高橋 亮祐氏、EAGLYS 代表取締役社長 プライバシーテック協会 理事 今林 広樹 氏、LayerX 執行役員 Ai Workforce事業CEO プライバシーテック協会 理事 中村 龍矢 氏によるカンファレンスのテーマ「データ共創」の実現に不可欠な要素についてのディスカッションが行われた。高橋 亮祐氏は、「プライバシーテック協会」を設立し会長に就任した人物で、本人は2018年にAcompany創業し、ブロックチェーン事業を経た現在、秘密計算の実用化に注力。プライバシーテックの社会実装に向けた普及啓蒙活動を行っている。

  • Acompany 代表取締役CEO プライバシーテック協会 会長 高橋 亮祐 氏

    Acompany 代表取締役CEO プライバシーテック協会 会長 高橋 亮祐 氏

今林 広樹氏は、大学院在籍中より米国でデータサイエンティストとして活動し、科学技術支援機構の戦略的創造研究促進事業(CREST)研究助手を経て、2016年大学院在籍中に秘密計算とAIを軸とした事業を行うEAGLYSを創業。顧客企業向けに現在プライバシーテックの社会実装に尽力している。

  • EAGLYS 代表取締役社長 プライバシーテック協会 理事 今林 広樹 氏

    EAGLYS 代表取締役社長 プライバシーテック協会 理事 今林 広樹 氏

中村 龍矢 氏は2020年度にIPA未踏スーパークリエーターに認定された他、電子情報通信学会 IA研究賞 最優秀賞を受賞、「Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2023」に選ばれるなどプライバシーテック分野のリーダー的存在。LayerXの創業からのメンバーで、同社のR&D部門の立ち上げやブロックチェーン事業、プライバシーテック事業を担当、現在はAi Workforce事業部長を務める。

  • LayerX 執行役員 Ai Workforce事業CEO プライバシーテック協会 理事 中村 龍矢 氏

    LayerX 執行役員 Ai Workforce事業CEO プライバシーテック協会 理事 中村 龍矢 氏

3人のディスカッションから見えてきたのは、日本においてデータ活用が進まない構造的な問題と共創によってもたらされる可能性のある大きな効果だ。それは、どのようなものか見てみよう。

AIのための膨大なデータ収集を可能にするプライバシーテック「秘密計算」の技術

まず、ディスカッションを始める前に高橋氏より、最新のプライバシーテック技術と現状についての説明が行われた。プライバシーテックは、PETs(Privacy-Enhancing Technologies)とも呼ばれ、個人の特定を不可とする匿名化・仮名化技術、データを暗号化して活用する秘密計算技術、データにノイズを入れて個人特定を防ぐ差分プライバシー技術、疑似データを作成する合成データ技術など多岐にわたるが、現在注目を集めているのがこの中の秘密計算技術だ。

  • プライバシーテックの技術(講演会資料より)

    プライバシーテックの技術(講演会資料より)

秘密計算はデータを暗号化したままデータ活用できため効率化・運用面を含め、プライバシー保護やセキュリティ、安全保障、AI開発など様々な分野での活用が期待される次世代技術だ。すでに iPhoneのAIなどで活用されており、社会実装が進んでいる。同技術は、ハードウェア環境を用いたTEE(Trusted Execution Environment)/機密コンピューティングと秘密分散技術を活用したMPC(Multi-party computation)、準同型暗号を活用したHE(Homomorphic Encryption)などが存在しているが、現在ハードウェアの進化によりTEE技術が進んでいるという。

  • 秘密計算の技術(講演会資料より)

    秘密計算の技術(講演会資料より)

現在、日本では国を挙げて国産AI開発に力を入れているが、そこで重要になってくるのが膨大な学習データの存在だ。最新のプライバシーテック技術を活用することで、国内に分散したデータを収集し学習データとして活用することが可能になるという。そのためには、官公庁に留まらず国内企業が協力して一つの目的のために利用できるデータを集めていく。そこで開催されたのが今回の「データ共創会議」なのだ。ディスカッションは、データ共創を促すための企業連携を産官学で進めるのに重要なポイントについて、3名からそれぞれ意見が出された。

中小企業が99%を占めるデータ集約が難しい日本、サプライチェーンで連携し仮想ビッグデータを

今林氏は、データに関して日本はそもそもビッグデータ化しづらい産業構造があると言及。中国はデータ主権を国が持ち、あらゆるデータを強制的に集めることが可能で、アメリカはM&Aにより中小企業を買収しながらデータを集約する。両者はそれぞれ、データ集約しやすい産業構造にあり、データ収集が容易であるためビッグデータ化やLLM活用がどんどん進みやすい環境にある。対して日本は99.7%が中小企業であり、データが集めにくい産業構造になっていると語る。

例として車一台を完成させるのに3万もの部品が必要となり、それを製作している複数の部品メーカーが存在する。それにより車に関わる情報は分散してしまい、1つに統一された車の情報として活用できない現状を挙げる。この状態を前提として、我々はどのように改善していけばよいのか。

  • カンファレンステーマ「データ共創」実現のために必要だと考えていること(講演資料より)

    カンファレンステーマ「データ共創」実現のために必要だと考えていること(講演資料より)

これに対して今林氏は、「プライバシーテック」の活用で活路が見いだせると述べる。「プライバシーテック」の秘密計算の技術があれば、秘諾したままで情報を統合しビッグデータとして活用できる、いわゆる「データ共創」が可能になると強調する。サプライチェーンに合わせて連携し仮想的なビッグデータを構築することで、始めて国産LLMをどう開発していくか、どう学習させていくかという議論が可能になると未来の展望を語った。

  • 日本の産業構造に横たわるデータ連携の困難さを語る今林氏

    日本の産業構造に横たわるデータ連携の困難さを語る今林氏

中村氏は、データ共創の気運が今までになく高まっていることに言及、協会が2022年創立された当時と比べると熱気がまるで違うと当時の模様を述懐する。生成AIの登場から現在の流れを俯瞰し、今までは簡単なユースケースの実行に留まってきたが、2026年からはより複雑な業務をAIがやっていく時代となると持論を展開。3年から5年、データ収集と運用を根気よく続けた企業が結果を出すようになるとした。

データ共創については、それぞれの業界でデータ領域のレイヤー、具体的には銀行や商社、保険などの業界で作成されたデータをそれぞれ共創することで、よりよい結論を出せるAIを作成できるとする。1社の中でも複数の部門レベルでデータを共創することで確たるデータ基盤を作っていくことが可能で、これがここ数年で重点的にやっていくポイントになると語った。

  • 自身の経験より今、プライバシーテックとデータ共創への関心が高まりつつあると語る中村氏

    自身の経験より今、プライバシーテックとデータ共創への関心が高まりつつあると語る中村氏

データ共創で求められるリーダーシップとは

次いで、高橋氏がデータ共創について、多くの時間とエネルギーが必要となることからリーダシップをもってやっていく主体が重要になると述べる。中村氏は、大きなビジネスを作りたいといった野心のある人物がリーダーシップをとっていくようになるとした。新しいテクノロジーは、新しい事業形態になりやすく企業内でリーダーシップが取りにくい現状だ。しかし、現場の熱のようなものを伝えることはできると自身の経験を明かしている。

  • データ共創で求められるリーダーシップとは

    データ共創で求められるリーダーシップとは

今林氏は、データ共創の意思決定を役員レベルまで上げていく難しさについて語る。話をすれば興味はもってもらえるが、結局は利益を得られるかという所に行き着いてしまう点を指摘する。新しい領域をやって結果を出すには時間がかかる。これに対して、経営者は未来を見据えた「待ち」の経営であたる必要があり、それを踏まえた長いロードマップを構築していかないと失敗すると述べる。データ連携のためには、まずデータ整備のためのデータ設計が必要でその道筋を描くことができれば、コラボレーションのリーダシップをもって何をやるか?が見えてくると持論を語った。

日本が「もっともAIを活用しやすい国になる」ためにどうすればよいのか?

最後に日本政府が掲げる「もっともAIを活用しやすい国になる」ためにはどうすればよいのか?最後のディスカッションが行われた。企業、国家ともにそのリソースの配分をどうするのか?というデータ戦略が重要となってくるなかで、日本には「産業データ」という膨大な潜在能力が秘められていることに今林氏は言及している。

一般的に公開されているWebデータは全データの10%ぐらいで、他90%が産業用のデータといわれており日本にはそのような産業用データが多く残されているという。これを国家戦略として業界で連携し、データを有機的に結合して効果的に活用することがポイントになる。

中村氏は、「データ共創会議」のような場を盛り上げていくことで情報を交換し選択肢を増やしていき、連携を深めて共創に繋げられればと会の存在意義を強調。高橋氏は、世界で最もAIを活用する国というのは非常に高い目標であるが、世界を俯瞰した上で各国の事情や技術レベル、アセットなど比較して、日本はそんなに低いレベルではない。よき共創の形を作っていければ実現できると自身もプレーヤーとして貢献していきたいと述べて、話を締めくくった。