【インフラ大改修時代】塗るだけで社会インフラが再生する画期的技術を開発! 染めQテクノロジィ・菱木貞夫代表取締役を直撃

塗るだけで補修・補強を実現

 ─ 高度成長期につくられた道路や橋、トンネルといった社会インフラの老朽化が社会問題になっていますね。

 菱木 はい。その社会インフラには今、大改修が求められています。国や自治体も改修を進めていますが、膨大な案件で一体どう進めて行くのか。下水配管1つとっても49万キロに及び、電信柱も全国で約3600万本もあり、電柱の寿命は50~60年。極めて限られた期間に、それらの改修も必要になります。

 ─ 更新費用が莫大な金額になってしまいますね。

 菱木 その通りです。それだけではありません。街に立ち並ぶ建物や看板、柱に至るまで、立っているものは全て根元が腐食して、いつ倒れるか分からないというリスクをはらんでいるのです。また、横たわっているものや地下に埋まっているものも同じです。それらも全て老朽化に直面しているのです。

 高度経済成長期にできた構造物が完成から50~60年を経過し、これらが今後一斉に改修時期を迎えます。資金一つとっても莫大で、どう対応していくのか。さらに、やらねばならぬ改修が増加の一途に対して、工事の作業者の人員は、どんどん減少しているのです。一体どう対応していけるのだろうか。まさにインフラの大改修時代に我々がどう向き合っていくかが大きな社会課題になるのです。

 ─ いかに低コストで改修していくかになります。その中で染めQテクノロジィが開発した技術が活躍できると。

 菱木 ええ。建造物や設備を壊さずに塗るだけで、その建造物を補修・補強できる技術なんですね。建造物が劣化する主な原因は鉄のさびとコンクリートの風化・劣化です。そこで、さびの原因となる要因を遮断する新素材を開発しました。

 しかし、さび止めはできたとしても、劣化した鋼材の強度まで復元することはできません。そこでさらに研究開発を進め、その素材と鉄や木、コンクリートなどの母材に結合・一体化して強度を高める技術に挑み、成果を収めることができました。

 当社の技術はモノとモノをくっつけることが根底にあります。そして物質をナノ化(10億分の1)して密着させる技術と結合させることで、最大限の性能を発揮するのです。そして、どんな素材にも使えます。例えば、木や鉄、ゴム、プラスチックなど、対象物を特定する必要はありません。

 ─ さびを防ぐだけではないということですか。

 菱木 はい。結合・一体化させることによって構造物の強度も復元できるのです。さらに、この製品の性能を最大限に発揮できるように、当社が施工まで一貫して担っています。

 通常、補修工事では塗装技術者による最後の塗装仕上げという作業があります。当社の場合は、この作業とは中身が違っており、「補強技能士」という資格者を養成しています。ペンキを塗る塗装工とは役割が異なります。ですから、当社の製品は塗料ではなく、補強機能を持つ新素材と区別しています。

2023年に実施された沖縄県の那覇大橋の改修工事(右が改修後)

失敗したときは全額返金

 ─ ということは、工事は自社の社員が行うということ。

 菱木 ええ。工事を請け負う以上、何かあれば工事費の全額を負担するという契約をしていました。数多い工事の中、大きな失敗も繰り返しました。大変な契約をしてしまったと思うこともあったのですが、そうした試練を経て、新素材の開発、新工法の開発に繋がったのも事実です。でも、巨額な損害に途方に暮れる思いも味わって、今でも冷や汗が出ます(笑)。

 ─ このときの失敗の原因は何だったのですか。

 菱木 現場に不慣れだったことの一言に尽きます。それまでは当社の研究室で試験していました。例えば室温20度という一定の環境で試していたわけです。しかし現場は真冬時に氷点下のときもありますし、湿度も高かったりします。作業途中に雨が降ってくることもあります。研究室の条件とは大違いです。

 そうしたことに対して準備対応がとても不十分でした。開発した製品の性能が良いというだけで走り出してしまって。お陰で会社としても大変な打撃を受けました。ところが、それらの経験を糧に製品をさらに改良し、技能を高め、どんな条件の現場であっても対応できる体制が生まれたんですね。

 ─ 簡単には起き上がらなかったというわけですね。

 菱木 そうですね(笑)。我々が起き上がるには、工法まで開発せざるを得なかったんですね。一般的に塗料メーカーは自社の塗料については詳しいかもしれませんが、その現場の状況には詳しくない。一方で、塗料を塗る工事業者は、現場は知っているけれども塗料自体には詳しくない。我々は両方を熟知することになりました。

 ですから当社の強みは〝総合的なエンジニアリング機能〟と言えるのではないでしょうか。頑固というか、一つの信念にとりつかれたかのように機能の追究に明け暮れました。結果的に今のような唯一無二の新素材と現場技術が培われてきたのだと思います。

 ─ 特許は取得していないのですか。

 菱木 はい。取得していません。他では真似しにくいと思います。実証するのに大変な月日年月を要しますから。また、もし競合が生まれれば、競争することで市場全体が活性化すればいいと。

 ─ どんな分野で使われているのですか。

 菱木 全ての産業です。そもそも、お客様の困り事を解決したいというのが原点です。通常はマーケティングをして社会が何を求めているのかを調べて、それにフォーカスして研究開発を進めると思いますが、私は「大手がやっているようなことをやっても意味がない」という考えで、個々のお客様が何に困っているか。その困っていることを解決する具体的なソリューションを追求してきました。

 ですから生産性は良くありませんね。その会社以外に役に立たないかもしれませんから。しかし、これを何十年も続けていると、業界で何に困っているかが分かってきたのです。

社員数は100人以上にしない

 ─ ミクロの企業対応からマクロの業界対応へと変わっていったというイメージですね。

 菱木 「建設業界ではこれに困っている」「土木関連では、できるわけがないと諦めてしまっている」といったことが分かってきたわけです。困っている人から頻繁に様々な話を聞いてきたので、身をもって体験してきたかのように現場の課題が実感できました。こういった蓄積した歩みがあって新しい素材や技術に対し、次々に改良を重ねることができました。

 ─ 他社との提携によって生まれたものもあるのですか。

 菱木 全て自社です。そもそも当社には社員が100人しかいません。それ以上に社員を増やすことも考えていません。さらに営業部門もありませんし、当社から営業もしていません。ただ、お客様からの問い合わせには真剣に誠実に対応に努めています。幸い大手企業、中小企業、あらゆるジャンルから問合せをいただいています。最近では自治体からの相談も多いです。

 ─ 自治体からは、どんな相談が多いのですか。

 菱木 上下水道などですね。それ以外にも、橋や港湾などの改修相談もあります。船が接岸する埠頭が経年劣化して何とかして欲しいという相談です。接岸では鋼矢板という港湾、河川などにおいて使用されているのですが、これらがさびて劣化しているのです。これらを新品に置き換えるには大変な時間とお金、労力を使います。

 さびをはがす作業では作業者の健康被害や周辺への影響も起こり得ます。しかし、当社の技術を使えば、平均して新品への交換費用の10分の1で済みますし、時間も労力も圧倒的に低く抑えられます。

 ─ 新品に置き換えた方が安心するように感じますが。

 菱木 こうした技術を知らないうちはそうだと思います。実際は、新品に代えるより強度が出て、耐久性も大幅に増すのです。仮に新品に交換しても、結局は1年もしたら、またさびてしまって劣化するからです。しかし当社の技術を活用すれば、5~10年経ってもさびませんし、劣化もしません。

 ─ コストを抑えながら強靭化を図るわけですね。

 菱木 はい。ですから当社の新素材はダムやプラントなどに使われたり、工場やレストランの厨房などにも使われています。一般的な例を挙げると、どこの工場でも床にペンキを塗ると、半年で剥がれてしまいます。それが新素材化すると剥がれることがありません。剥がそうとすると、コンクリごと剥がれてしまいます。

 さらに「油で床がギトギトしてしまって何とかして欲しい」と言われたときには、油が床に残っていたとしても、その上から塗れる新素材型塗料を開発しました。しかも、何年経っても剥がれません。

 ─ そんなことが可能なんですか。

 菱木 ええ。ですから、当社の社員は様々な経験を積んでいます。2023年に沖縄県の那覇大橋の改修工事があり、橋脚の塗装は不可能でした。潮が引いても橋脚は水分が付着したままで、乾くまで待っていると再び潮が満ちてくる。どうにもなりませんでした。その相談を受けて、水をせき止めずにウェットな状態でもコーティングできる技術開発に成功しました。

1回目の起業で失敗しての再起

 ─ 菱木さん自身は工学系の出身ですか。

 菱木 いえ、文系です。大学では主に西洋史を学んでいました。とにかく自分の関心をもったことに関して探求心が強かったのはあるかも知れませんが、生活がかかっていましたから、学生たちの勉強とは執念が違っていたからでしょうか(笑)。

 02年に当社を創業しましたが、当社のベースとなるナノ技術についても、英語も不自由なのに、外国人のナノの研究所で研究していたのです。

 当社は私が60歳のときにつくった会社になります。大学卒業後、父の経営する塗料の卸売会社に数年務めた後に独立しました。確たる知識や経験もないのに、ひたすらチャレンジをしてしまいました。塗料関連の開発と販売だけでなく、国内の不動産や海外のリゾート開発まで手を広げていました。13の企業グループで総資産は300億円。年間売上高が200億円と伸びていました。

 ─ 転機となったのは?

 菱木 バブル崩壊です。300億円あった資産も一気に10分の1になり、財務は債務超過に陥って、この危機を乗り越えることができようか。所有している資産を全部売り、10年の年月を要しましたが、何とか負債も返済することができました。

 ただ、これで人生を終わりにすることはできない。もう1回、会社をつくろうと思ったんです。今度こそ、それまでの自分のための会社ではなく、本当に世の中に役に立つことだけをする会社を経営したいと思いました。

 そんな思いでスタートしたのが染めQテクノロジィです。ですから、先ほどのナノ技術の研究も一般的な研究員による研究とは事情が違い、残りの人生全てをかけて世の役に立ちたいという強い思い込みからでした。

三菱総合研究所理事長・小宮山 宏「地域の産業に住民が出資する社会をつくることが日本を強くする一歩となる!」