SAPは2025年11月にドイツ・ベルリンで開催した「SAP TechEd 2025」において、AI時代に向けたデータ戦略を打ち出した。その中核となるのが「SAP Business Data Cloud(BDC)」だ。SAP データ&アナリティクス部門のプレジデント兼最高製品責任者を務めるIfran Khan氏に、BDCの狙いと今後の展開について聞いた。
SAP全体におけるデータ戦略について教えてください
Khan氏: SAPは「アプリ、データ、AIのフライホイール」という概念を打ち出しています。ERP、CRM、人事システムといったアプリケーションは、それ自体が価値を持ちます。しかし、それ以上に重要なのは、これらのアプリが日々生成するエンタープライズデータを有していることです。これらのデータには、企業活動の実態を示すビジネスコンテキストが含まれています。こうしたデータがAIを駆動する重要な要素となります。
信頼性の高いデータ基盤なくして、AIで成功することはほぼ不可能です。そのために、私たちはBusiness Data Cloud(BDC)に巨額の投資を行ってきました。BDCは、すべてのSAPデータと非SAPデータを統合し、AIが理解できる形に整えることで、顧客のAI活用を強力にサポートします。
従来の「SAP Business Warehouse(BW)」とBDCはどう違うのですか?
Khan氏: BDCはSAPの新しいSaaSです。BWは、多くのERPユーザーのデータウェアハウスとして、長年使われてきました。SAPはまた、ビジネスデータファブリックレイヤーとして「SAP DataSphere」も提供しています。これは、企業が構築したデータレイクやレイクハウスと連携し、さまざまな場所に散在するデータを仮想的に統合してアクセスできるようにする仕組みです。
BDCはこれらを進化させたものです。モダンなレイクハウスアーキテクチャを採用し、ストレージとコンピュートを分離。さらに、従来は顧客が管理していたデータを、「マネージドデータプロダクト」としてSAP側が管理する点が大きな違いです。
例えば、“Recruit to Retire(採用から退職まで)”というプロセスで考えてみましょう。従業員を採用する際、財務計画でヘッドカウントを確認し、オンボーディングではIT機器を準備します。このように、BDCにより複数のアプリケーションとプロセスにまたがるデータを統合的に管理できます。
Databricks、そしてSnowflakeとの統合を発表しましたが、その狙いは?
Khan氏: 私たちの戦略は、SAPと非SAPすべてのデータを調和させることです。すでにDatabricks、BigQueryと統合しており、今回Snowflakeも加わりました。
「BDC Connect」という仕組みを使い、ゼロコピー共有を実現しています。これは、データを物理的にコピー&ペーストすることなく、リモートでアクセスできる強力な方法です。データを移動するたびにビジネスコンテキストが失われ、再構築が必要になるという手間を避けられます。
BDCはSAPの「Joule Agent」などのAIエージェントとどう連携し、ユーザー体験をどう変えるのでしょうか?
Khan氏: BDCはJouleが正しくビジネスコンテキストを理解できるようにデータを提供します。例えば「パイプライン」という言葉は、営業担当者にとっては平均取引額や勝率を意味しますが、マーケティング担当者にとってはファネルの進行状況を意味します。Jouleが「2026年第4四半期のパイプライン予測は?」と聞かれたとき、聞いたユーザーに適切なデータを返す必要があります。BDCは、すべてのSAPと非SAPのデータを統合し、セマンティックに豊かなマネージドデータプロダクトとして整理しているため、AIは質問の文脈を正しく理解し、適切なデータを引き出すことができます。
正直に言えば、ユーザー体験はまだ「将来の約束」の段階にあります。現在のエージェントは推論能力に限界があります。しかし、私たちはビジネススイート全体にJouleを展開しており、例えば「アジア展開に必要な人材は何人で、どんなスキルが必要?」と自然言語で質問すれば、Jouleが採用プロセスを起動し、履歴書を探し、面接を行い、最良の候補者を提案する――そんな未来に向けて進んでいます。
そして、BDCとBTP(「SAP Business Technology Platform」)のエージェントビルダーを使えば、より高度な推論ができ、ユーザーエンゲージメントの高いエージェントを構築できます。
BDCがSAPの戦略に意味するものは? SAPはデータ企業とも競合するということでしょうか?
Khan氏: SAPは元々、アプリケーション企業であり、テクノロジー企業でもありました。今、私たちが伝えたいことは、「SAPはアプリとテクノロジーに加えて、データにおいても重要な企業である」ということです。
ただし、データのためのデータを提供しているわけではありません。ビジネスコンテキストを持つデータを提供しています。だからこそ“フライホイール”なのです――アプリ、データ、AIの3つが連動することでメリットが加速する。これがビジネススイートとAIファーストアプローチの核心です。
実際、私たちはBDCを基盤として、「インテリジェントアプリケーション」と呼ぶ新しいタイプのAI搭載アプリケーションも展開し始めています。
「インテリジェントアプリケーション」について詳しく教えてください
Khan氏: 現在、6つのインテリジェントアプリケーションを提供しています。支出インテリジェンス、財務インテリジェンス、サプライチェーンインテリジェンスなどです。これらはエージェント型アプリケーションとして、BDCが提供するSAPと非SAPの統合データを活用し、より高度な分析や意思決定支援を行います。
BDCの方向性は、エコシステム内でパートナーが独自のインテリジェントアプリケーションを構築できるようにすることです。BTP Buildを使ってSAPデータプロダクトを消費し、独自の派生データプロダクトを構築できます。
日本企業はどうすればBDCのメリットを享受できるのでしょうか
--SAPの技術革新の一方で、日本企業の中にはECCなどからS/4 HANAへの移行を最大課題としている企業も少なくありません。BDCのメリットをどのように享受できるのでしょうか?--
Khan氏: その方法は2つあります。
1つ目は「RISE with SAP」です。これはクラウド移行を段階的に進めるサービスで、すでに数千社が利用しています。RISE環境に移行すれば、BDCやBTPのすべての機能がすぐに使えるようになります。
2つ目は、既存のオンプレミス環境を維持しながらBDCを活用する方法です。例えば、現在お使いのBW(Business Warehouse)環境はそのままに、BDCと接続することができます。そうすれば、SnowflakeやDatabricksといったデータプラットフォームと連携し、それぞれが提供するAI分析機能を活用できるようになります。
つまり、「すぐにクラウドに移行する」か「段階的に進める」か、お客様の状況に応じて選べます。

