キンレイ社長・白潟昌彦が語る「冷凍麺専業メーカーとして冷凍技術を探求して50年」

美味しさ、簡便性、長期保存。「専門店を超える専門店になる」というビジョンを掲げて2024年に創業50周年を迎えた当社は冷凍麺専業メーカーとして、3つの価値を提供してきました。

 もともと1974年に大阪ガスの多角化経営の下、液体で運ばれた天然ガスを気化するときに生じるマイナス162度の冷熱が「もったいない」とされて発案されたものが冷凍食品。近畿冷熱として出発した当社は一流シェフがつくった料理を冷凍し、宅配便で届けていました。すなわち、冷凍食品メーカーというよりは、「冷凍屋」でした。

 しかし、宅配便で冷凍食品を販売するには限界がありました。そこで一般家庭に受け入れてもらおうと、当時、評価が高かった和食の中から「アルミ容器入り鍋焼うどん」に注力していきました。ところが、ここでも壁にぶち当たります。

 当初、つゆの中に麺と具材を一緒にした状態で冷凍していたところ、どうしても麺がのびてしまう。何度も試行錯誤を重ねました。それでもうまくいかず、ある日、余ったつゆが「もったいない」ので、麺と具材と分けて冷凍保存しました。翌日、凍ったつゆの上に麺と具材を乗せて加熱したところ、麺が伸びずにとても美味しかった。

 この偶然から当社の独自技術である「二段凍結三層構造」が生まれ、78年にコンビニエンスストアから発売。今では全国のほとんどのコンビニの冷凍食品売り場で販売されるようになりました。コンビニの拡大と共に当社も急成長し、91年にキンレイに社名変更。2000年には株式上場も実現しました(05年12月上場廃止)。

 しかし、「二段凍結三層構造」の実用新案が期限切れになると、他社が一気に参入。次なるヒット商品が求められました。そこで考えたのはスーパーなどの量販店向け商品です。ご家庭での利便性を追求し、容器をアルミからプラスチックに変え、さらには容器をなくして外袋に入れるなどの試行錯誤の末に、10年に「お水がいらない」シリーズとして生まれ変わりました。

 最初に発売した鍋焼うどんが100万食を超える大ヒット。その後、14年に投入した「お水がいらない ラーメン横綱」の登場により、当社の第2の柱が立ち上がりました。それがラーメン商品です。鍋焼うどんは冬場の商品。春や夏にはあまり売れません。その課題を打破したのが、人気ラーメン店「横綱」が監修した同商品でした。ラーメンは季節にあまり影響を受けずに、需要があったのです。

 当社は14年に月桂冠グループの一員となります。17年には大阪工場・筑波工場の2工場体制になりますが、コロナ禍で冷凍食品の需要が激増し、新たな工場の建設が急務となり、24年4月に3つ目の亀山工場が稼働。

 24年には「お水がいらない 天下一品」も大ヒットしましたが、このシリーズは誰でも手軽に、お鍋に入れて火にかけるだけで美味しい料理ができあがります。さらに長期保存が可能なことからも、冷凍食品はまだまだ大きな可能性を秘めています。

 50周年という節目を迎え、3工場体制を皮切りに、主力の「鍋焼うどん」のだしを刷新したほか、当社初となるプレミアムライン商品の発売など、当社は冷凍麺専業メーカーとしての成長を続けています。

 冷凍麺の年間生産食数は約20億食。これは年に20回しか食べられていないという計算です。これをもっと増やしていくためにも付加価値の高い商品を開発していき、日本の食文化を象徴する食材とし、世界にも発信していきたいと考えています。

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